Tulle&Gungnir-15
リディカの魔術書を例に挙げると、80%が回復魔法の魔力増幅の術式、20%が攻撃術式だ。回復の効果を最大限発揮するには、これ以上割合を減らせない。治癒術使いの常識だ。
「攻防7:3は中途半端だな。あんた攻撃術士だろう、それなら現実的な回復効果は5;5くらいでやっとだ。どうしても7:3がいいなら2週間貰う必要がある」
「やっぱり2週間ですか……」
擦り傷が治る、ちょっと疲れが取れる。その程度なら基礎しか習っていないシークにでも出来る。求めているのは戦闘不能にならないための十分な回復力だ。
即死攻撃から守り、倒れた仲間を立ち上がらせる回復魔法がなければ、メデューサ戦では役に立たない。
「お? それは……グレー等級のまま使ってんのか? 今のあんたには全く役に立たないだろう。それに比べたら5:5の魔術書だって威力が10倍は違うぞ、もっとも、8:2なら15倍くらいにはなるが」
「今のシークの魔法が10倍の威力になるの!? それなら5:5を買って欲しいわ。思い切って攻撃するにはダメージを恐れてちゃ無理だもの」
「シーク、僕があれば増幅効果も十分だ。ゼスタから貰ったペンダントの効果もあるし、バスター証による制限もない。生き延びる事を考えるべきだよ。回復力を見据えた魔術書を買うのは、それが目的なのだから」
「……そうだね、魔法だけで倒す訳じゃないし、砲台のように詠唱に集中出来る訳じゃない。みんなの役に立てる道を選ぶよ」
シークは攻撃術、回復魔法の強化割合が半々の本を準備してもらう。もっとも、回復魔法の専攻をしていないので、回復魔法が得意になる訳ではない。基礎魔法の効果が幾分上がるだけだ。
「あっ。ねえねえ、シークはバルドルに魔力を込めて、魔法を唱えて発動しているのよね?」
「え? そうだけど……何?」
「バルドルにはアダマンタイトが使われていて、それが魔力の蓄積と発動に役立つ、みたいな事を言ってたわよね?」
「うん」
「つまり、ケルベロスでも、多分グングニルでも同じことが出来る……」
「……そうか、確かにその通りだ!」
シークが魔力を予め込めておけば、魔力を持たない者でも魔力を蓄積していられる。術を武器に掛けるだけで、1回分はゼスタやビアンカも魔法を放つことができるのだ。使いどころは難しくても、いざという時の切り札として役に立つ。
「ビアンカ、凄くいい発想だよ! おじさん、魔術書は幾らですか!?」
シークは目を輝かせて魔術書を受け取り、大事そうに鞄にしまう。
「あーあ。僕も最初から大事にされたいものだね。僕を見つけた時のシークなんて、見なかった事にしよう……なんだから」
* * * * * * * * *
何日歩き続けても風景が変わらない礫砂漠。
土や小さな岩が熱せられ、水源もないため日中はとても暑い。気温は40℃を超えていて、バスターや旅人にとっては活動が困難な季節である。ただ水を確保できないためかモンスターの数も少ない。
そんな過酷な道中はシークの氷魔法で時々涼み、水筒に魔法で水を注ぐ。4人はそれとは別に、本来は蒸留酒を入れるために使われる鉄製のスキットルも買った。中に水を入れ、シークがキンキンに冷やして携帯氷枕として使うのだ。
「上位の魔法の発動も可能だね、随分と楽になったよ。エアーブラストじゃなくてトルネード、ファイアーボールじゃなくてフレイムビーム、それに上級魔法のフレア。ライトボールも持続できる」
「回復魔法も全体魔法に出来るんだろ? それにケアライト、ディスペル、プロテクトや他の能力上昇魔法まで! シークの魔術書1つで一気に戦術の幅が上がったぜ」
「僕が恐れているのは、このままシークが魔法を放つ喜びを覚えてしまい、僕で戦う事を蔑ろにするんじゃないかという事だ」
「ごめんよバルドル。もうその喜びは覚えてしまったんだ」
「なんてことだ」
「あ、見えた! ……コホン、あれが湖畔の町、モコだ。着いたらすぐにボートに案内する」
シャルナクが一瞬嬉しそうな声を上げ、すぐに平静を装う。地平線には蜃気楼のようにゆらゆらと揺れる外壁が見えていた。地平線までの距離は4~5キロメーテと言われている。順調に歩けばあと1時間だ。
「よしゼスタ、着いたら俺っちをすぐに綺麗に拭いて、天鳥の羽毛のマットに載せてくれよな」
「急いでんだから、ゆっくりしねえよ」
「え~? お風呂は?」
「おめえな、自分の槍を貰いに行こうってのに、風呂は? じゃねえだろ」
緊張感など全くない。シャルナクさえも3人のペースに飲まれていた。しかし村が見えてからは小さなモンスターが時折現れるようになった。
水源があるせいで、人間だけではなくモンスターにとっても棲み易い。シークはバルドルの不満を聞き入れ、それらを一撃で倒して進み続けた。もちろん、魔法は抜きだ。
モコに辿り着く頃、まだ日は沈んでいなかった。通りの店先にはオアシスならではの果物や魚が並んでいる。家々は白い石灰石を何層にも塗った壁、藁ぶきの屋根のものばかりで、妙な統一感があった。
「いかにもオアシスの村って雰囲気ね。この村だけ輝いて見えるわ」
「俺、オアシスの村のイメージ自体がないんだけど……」
「要するにオアシスって、こういうもんなんだよ」
村はイース湖に沿うように広がっており、湖に近い場所には草木もしっかり生えている。水路も掘られ、周囲に他の村がない辺境にしては栄えている。
4人は土産として、なかなか新調出来ないという衣服、それに干し肉などを買い揃える。湖沿いの低い通りを歩き、やがて船着き場に辿り着いた。
「わたしが乗って来た船はあれだ。小さいが丈夫だから心配はいらない」
「えっ、なんだか……波があるんだけど」
「だ、大丈夫、酔わないさ」
村に2隻しかないという動力付きのボートは、シャルナクの操縦で夜通し湖を渡り続けた。月明かりが水面に映り込む幻想的な風景の中、夜明け前にはムゲン自治区の村、「ナン」の船着き場に到着した。
湖に出てからはフードもコイフも必要ない。月明かりに照らされて久しぶりに外で見たシャルナクの表情は、解放感のおかげか嬉しそうだった。
「はぁ~、地面が揺れているように感じる」
「もうしばらく船はいいわ……」
「どうぞこちらに。わたしの住む家にひとまず来て欲しい」
シャルナクに案内され、道という概念のない村を歩く。
真っ暗な中では様子が分かり辛いが、家々は想像していたよりも立派だ。石造りであったり木造であったり、コヨやモコで見かけた白壁だったり、様式が様々だ。
「ここだ、どうぞ入ってくれ」
シャルナクは村の中でもやや大きめな1軒に3人を案内し、木製の扉を開けた。アルコールのランプに火を灯すと、土間のとても質素なリビングが照らし出される。その横の部屋で、ひとまず夜明けまで休ませて貰うことになった。
「壁に飾られているのがグングニルだ。メデューサの情報はグングニルから直接聞いた方がいい」
「えっ!? グングニル? こんなにすぐ出会えるなんて。緊張するわ……」
ビアンカのため、シークはライトボールを唱えて部屋を照らす。
ビアンカは眩しさに目を閉じたあと、ゆっくり目を開けた。それから手元、矛先を確認する。そこには長い柄が赤黒く、矛先は青みがかって透き通るような、シンプルで頑丈そうな魔槍の姿があった。
「……初めまして、グングニルさん。私はビアンカ・ユレイナスです。槍を使って旅をしています」
ビアンカの緊張で上擦った声に、グングニルは少し遅れて反応を示した。
「ん~、ん……? あら、どしたん、もう朝ね? まぶしっ……は? あんた、誰ね」
「えっ!? いや、あのビアンカ・ユレイナス、です」
「ビアンカ? この村にそんな子おったかね、聞いたことないね。ちょっと、あたしの柄を触ってん、そしたら全部聞かんでも分かるけん、早よ」
「は、はい……」
ビアンカはゆっくりとグングニルの柄を握る。グングニルはふと軽くなり、「そうね、分かった」と呟いた。
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