【10】evolution~伝説の勇者、再来~

evolution-01

 

【10】

 evolution~伝説の勇者、再来~



 山に囲まれたムゲン自治区の日の出は遅い。


 平坦に見える礫砂漠には、緩やかな傾斜がある。イース湖の湖面は海抜1000メーテ、北西にそびえ立つアルカ山の頂上は5000メーテ近い。


 アルカ山と自治区を完全に囲む山脈は、低い所でも標高3000メーテ。慣れない者が軽くでも走れば、酸欠を起こすような環境だ。


 10月には山頂に雪が積もり、5月頃まで尾根が白く染まったままになる。南方からの雲が山々を通過出来ず、雪を降らせるのだ。


 その雪解け水は南や東の国へと流れていくが、一部はイース湖にも流れる。イース湖が干上がらないのはそのおかげでもある。


 シーク達はそんな高地の村で、シャルナクが起きてくるのを待っていた。


 いや、正しく言うとすれば、眠れないから起きていた。


「それでさ、300年も経っとるっち言うやん。メデューサも起きとるし、マニーカ……って、あたしの前の持ち主ね? あの子達でも封印するのが精いっぱいやったやん。やけんバルドル達を集めりっち言ったと」


「そこでわたしは旅立ち、人の里で聖剣バルドルの持ち主の情報を得たんだ」


「グングニルが教えてくれたのね、ようやく納得」


「あたしとバルドル坊やとケルベロスちゃんがおったら何とかなる! なんが大蛇ね、メデューサね! 今度こそ倒すばい!」


「バルドル坊や……」


「ケルベロスちゃんって」


「そもそも訛りだか方言だか、時々聞き取れないんだけど」


 グングニルが熱く語り、とても寝られる状況ではなかった。どんなにメデューサに対して闘志を燃やしているのか、獣人たちがメデューサの睨みによって床に臥せている現状が、どれほど悔しいのか……。ビアンカもそれに同調し、眠そうな素振りも見せない。


 ただ1つ言えることは、グングニルは槍としてあり続け、モンスター退治を積極的に行いたいと思っている。


 テュールのように存在意義を見失い、戦線離脱を望む事はなさそうだ。シーク達はひとまず安心していた。


「みんな、おはよう。よく眠れたかい」


「おはようシャルナク。グングニルが一晩中熱く語ってたから、寝る暇がなかったよ」


「僕はしっかり寝させてもらったよ。清々しい朝だと思うのだけれど、なんだか悪いね」


「俺っちは片方だけぐっすり眠ったぜ」


「ケルベロスって、本当に器用だよな」


 反応は様々だ。シャルナクはクスッと笑って皆をリビングへと招く。窓を開けるとお洒落な室内に光が差し込み、高原ならではの少しヒンヤリとした風がそっと肌を撫でる。清潔な室内は朝の雰囲気が心地良い。


「朝食は魚でいいかな。わたしの父は釣りの名人でね、一夜干しにして炭で焼くと美味しいんだ」


「じゃあお言葉に甘えて、ごちそうになるよ」


 半袖シャツにキュロット姿のシャルナクは、尻尾を揺らしつつ魚を焼き始める。凛として可愛らしいシャルナクを見ながら、ビアンカは「ハァ」とため息をつく。


「……私もあんなふうに穏やかでおしとやかになりたい」


「別に止めてねえよ。なれよ、ほら」


「あー酷い! シャルナク、ゼスタが酷いの!」


 皆が騒いでいると、リビングの奥の廊下から男が現れた。シャルナクと同じ猫の耳があり、背が高く、肩幅もとても広い。これは猫ではなく虎耳かもしれないと思う程、その男は屈強に見えた。顔も虎のようにいかつく、目つきも鋭い。


 だが、そんな風貌に似合わず、発した声はとても穏やかだった。鋭い目はとても優しく細められる。


「やあ、皆さんがシャルナクの言う勇者様ですね。よくこの獣人の里においで下さった。私は村長のキビウクと申します。あまりお構いも出来ませんが、どうぞごゆっくり」


「あ、有難うございます……昨晩からお邪魔していますシーク・イグニスタです。隣がゼスタ、その隣がビアンカです。それと、聖剣バルドル、冥剣ケルベロスも一緒です」


「どうもね」


「話はうるさいグングニルから聞いたぜ」


「うるさいっち何ね、文句があるとねケルベロスちゃん」


 事前情報のせいか、バルドルとケルベロスが言葉を発しても、キビウクは驚きを示さなかった。テーブルの上に用意された木製の皿の上に魚をのせ、野菜を鞄に入れて外へと向かおうとする。


「それでは私は診療所に行きますので、みなさんはごゆっくり」


「診療所? どこかお悪いのですか」


 ビアンカがキビウクを心配して声を掛けるが、キビウクは優しい表情を崩さないまま首を振った。一方、シャルナクはやや困ったように俯き、父親の代わりに理由を打ち明けた。


「母が、メデューサの睨みで体の自由を奪われて寝たきりなんだ」


「えっ!?」


「命に別状はないんだ。他にも大勢いて、看病できる者が数人で世話をしている。治しても治しても新たに村人が麻痺し……薬草も底を尽きた。つきっきりの者と麻痺で動けない者に、各家から朝食を持ち寄るんだ」


「シャルナクも大変なのね。……ねえシーク、使えるようになった回復魔法、みんなに効かないかしら」


「……そうか! これでもし効果があるようなら、俺達が戦う時も麻痺は怖くないってことだ。薬草だって、俺達の持っているものが利くなら勝機はある!」


「早速行こうぜ! わるいシャルナク、飯は後でいいかな」


 シークは新しい魔術書のお陰で治癒魔法を幾つか使えるようになった。おまけに回復アイテムもたくさん買っていて、ある程度ならこの村に分ける事も出来る。足りないなら誰かが買ってきてもいい。


 キビウクとシャルナクに案内され、シーク達は朝食を後回しにして診療所へと向かった。


 村には道と呼べるものはない。言うなれば無秩序に建つ家々の間の、広かったり狭かったりする空間すべてが道だ。シーク達に気付いた獣人達が驚き、遠巻きに見つめる。シーク達は数分歩いた所で、木造の集会所となっている平屋へと通された。


 中は入ってすぐの所からベッドが並べられていて、そろそろ外にまで溢れそうだ。


「多いわね……ざっと見て、5、いや70人ってところかしら」


「ああ、あの奥のベッドには母が寝ている。治せるだろうか」


「ゼスタとビアンカは麻痺解除効果のある薬草を。俺は魔法を試してみる」


 シークは魔術書を開き、初めて使う状態回復魔法「ケア」を唱えはじめた。シークの体が淡い緑の光に包まれ、その光が手の平に集まる。やがてその光が目の前のベッドに寝ていた者の体へ放たれた。


「ん? 俺の体に今何かが……はっ、声が出る、それに腕が動く! 何が起きたんだ? いや、治った、治ったぞ!」


 簡素なベッドの上で呻く事さえ出来なかった獣人の男が、突然ガバっと起き上がった。シーク達の姿を見ると、涙を流して拝みだす。


「じ、人族……旅の祈祷師さまか! 有難う、有難うございます……!」


「あ、いえ、俺はただの魔法使いなので、これくらいの事であれば」


「シーク、君は魔法を使う喜びを味わう中毒者になっていないかい? 魔法剣士という大変立派な肩書きを忘れないでもらいたいね」


「聖剣中毒も怖いから、ほどほどにするかい」


「ほどほど過ぎて足りないくらいさ」


「じゃあ君にも手伝ってもらおう。全体化させると効果が弱いかもしれないから、バルドルに魔力を溜めてから発動させてみる」


「自分の能力に横着なことで。君は無いものねだりって言葉を知っているかい」


「これはあるもの探しだよ」


 シークはバルドルに回復術に使う魔力を込める。すると今度はバルドルが淡い緑の光を帯び始めた。光はまるで花の蕾のようなオーラとなって膨らんでいく。


「あるもの探し? あるのに探すなんて……ああ、分かった。物忘れのことだね」


「言葉の勉強はあとで。バルドル、いくよ」


「次はモンスターを斬るための魔力を宜しく頼むよ」

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