Tulle&Gungnir-14


 

 およそ8日の船旅で、流石にゼスタもビアンカも船酔いしなくなった。やがてママッカ大陸が近づいてくると、西部に位置する国、ゴビドアの沿岸が見えてくる。港町のコヨはまだまだ先だ。


 4人は暇になれば甲板に上がり、ボーっと陸地を眺めたり、筋トレをしたり、武器の素振りをして過ごす。戦闘もなく、どこに行く事も出来ず、買い物も出来ない。船旅を全く楽しめずにいた。


「飽きたわね」


「夜に開かれてるパーティーも興味あるけど、俺達の恰好だと浮くよね」


「入場で2000ゴールド、演奏会は追加1500ゴールドで1杯別にドリンクを注文。俺とビアンカはジュース」


「明日は最終日だからとびきり豪華なんですって。もちろん値段もとびきり……今の私達には無理ね」


 雨が降れば甲板に上がる事も出来ない。筋トレや素振りも1日中出来るわけではない。かといって、乗客向けの演劇鑑賞やパーティに参加する程、潤沢な資金は持ってきていない。


 全力でダラダラするしかない。


「『不自由気ままならず』の船旅も、もうじき終わってしまうね。一応尋ねるのだけれど、名残惜しくはないのかい」


「素直に『退屈で嫌気がさす』って言えばいいのに。名残惜しいならバルドルだけ往復してみるかい」


「君がメデューサ退治で困るのは聖剣として本意ではないからね、我慢するよ。お気遣いどうもね」


「……どういたしまして。コヨからモイ連邦共和国に入国した後、そのままイース湖の湖畔のモコ村まで急ぐことになる。全然汚れない名残惜しい退屈をせいぜい満喫していて。俺は今日3回目のお風呂に行ってくるから」


「湖畔まではひたすら礫砂漠れきさばくだよ。全然汚れるから名残惜しいお風呂をせいぜい満喫しておくといい」


 シークとバルドルの会話もいつになくやる気がない。素直ではない発言も、どうでもいい返事も、一通りしつくしたせいだ。


 残り2日間も同じような会話を繰り広げ、船はやっと港町コヨに到着した。




 * * * * * * * * *




 モイ連邦共和国、コヨの町。


 レンガの上から石灰を何層にも塗った白い家の壁と、直射日光の熱を逃がすための円錐状の屋根が特徴的だ。色鮮やかだったバンガの街並みと比べても、これはこれで美しい。


 モイ連邦共和国は降雨量が少なく乾燥している。この日のコヨの町も雲一つない快晴。海もキラキラと輝く空色だ。


「綺麗な町だね。天気が良すぎて暑すぎる事を除けば素敵な町だ」


「その暑すぎる事が全ての良さを帳消しにしてるわね……」


「ナンはもっと暑い。このくらいでまいられては困る」


「うえぇ……」


 シーク達の顔写真の広がりは、まだジルダ共和国周辺に限られていた。船で騒がれる事はなく、街中でも声を掛けられない。


 シーク達は念のためにとコヨのバスター管理所で記帳をし、メデューサについての情報がないかを確認した。


 各地の管理所と全く同じ造りの中、違うと言えば職員が半袖の制服を着ている事くらいだろうか。職員にアルカ山の事を尋ねたが、ここ数年はムゲン自治区への立ち入り記録すらない。


 槍を持つ女の子が珍しく目立つからか、ビアンカだけは数人に気付かれた。けれどそれだけだ。そして、やはりメデューサの情報を持つ者はいなかった。


「情報なし、だね。今のところ、シャルナクの話に全てが掛かってる」


「わたしもバスターではないから、自分の知識が正確であるという自信はない。でも……君達に託すしかないんだ、すまない」


「グングニルが私を認めてくれるといいんだけど。あとは麻痺対策。この麻痺対策にはどうしても解除術が欲しい所ね」


「ゴウンさん達が一緒だったらな、身構えずに戦える気もするんだけど。リディカさんの回復術がなく、遠距離攻撃はシークのグレー等級の魔術書頼み。結構まずい」


 シーク達は、まだメデューサを倒すための有効な作戦を立てられずにいた。


 前回のメデューサ戦は封印が目的だった。対峙する事で死闘は繰り広げられたが、それでもグングニルを刺しさえすれば良かった。当時とは難易度が全く違う。


「麻痺解除の薬、毒解除、回復薬も買い足して……っと」


 ゼスタが雑貨店の店先で腕組みをしながら商品を見ている。が、一向に買う気配がない。実はどのタイミングで魔術書を買おうと言い出すか、悩んでいたのだ。


 そんなゼスタの考えを読み取り、ケルベロスはシークに対して提案をした。


「おい、シーク。言われて困るのを承知で提案だ。その魔術書はギリングに送って、元の持ち主の家族に返せ」


「えっ?」


「万全を期すべきってのは分かってるよな。魔術書がグレー等級品だってことも」


「……それは分かってる。でも継ぎ足しは時間が掛かるからって」


「だ~! だから意地張らずに買い直せってことだよ! 勝算がない段階でその魔術書は不安材料でしかねえんだよ!」


 シークも自覚しているからか、指摘されると反論出来ない。しかし、持ち主の遺族から譲り受けたものを、そう簡単に手放していいものかという葛藤があった。


「シーク、僕もケルベロスに賛成だ。その魔術書に、また持ち主を守れずに冒険を終えさせるなんて、悔しい思いを抱かせるつもりかい。まあ、僕達も一緒だけれど」


「……でも」


「俺とビアンカも賛成だ。どうしても手放したくないならそれでもいい。けど、強い魔術書も持っておこう」


「そうよ、遠距離攻撃はシークに頼るしかないの。その威力を少しでも上げて貰わないと……予め出来る事をやらなくちゃ。私もそんなにメデューサの事を甘く見てないわ」


 シークはビアンカとゼスタからも魔術書を買うように言われ、ため息をついて同意した。


 バスターになってもうすぐ5カ月になろうかという時期に、まだシークは自力で魔術書を買っていない。限界が来ている事はシークが1番分かっていた。


「分かった、それと有難う。次のヒュドラかキマイラを倒しに行く前に、帰りはどこかの町でクエストをこなさないかな。そうじゃないと俺のせいで装備代のツケを払えなくなる」


「だからシークのせいじゃねえってば、気にすんな」


 シーク達は30分程町を歩いて1軒の魔術書屋に立ち寄った。真っ赤に塗られた木の扉を押し開くと、店舗は薄暗く、そして狭かった。


 棚には魔術書ではなく魔法使い向けの消耗品が並び、坊主頭の色黒な店主がカウンターで本を読んでいる。


「あのー、すみません」


「……いらっしゃい。この店に鎧姿のパーティーが必要とするものなんかないはずだが」


「あ、えっと俺、魔法使いなんです。オレンジ等級の魔術書、ありませんか」


「そりゃあ魔術書屋だからな、勿論あるさ。けどニイチャン、あんたみたいな若いモンがオレンジ等級の魔術書なんか買ってどうする。プレゼントであっても買わせる訳には……」


 シークの見た目なら、グレーやホワイト等級だと思われても仕方がない。それが分かったシークは、胸元に下げていたオレンジ色のバスター証を店主に見せた。店主は強面をすっかり崩し、眉を目いっぱい上げて目を真ん丸にして驚く。


「ハァ!? ニイチャン、オレンジか! もしかして、シーク・イグニスタか? 背中にあるのは喋ると噂の聖剣バルドルだな!」


「あ、はい、そうです……」


 店主は丸刈りの頭を自分でペチッと叩いて豪快に笑う。


「ハッハッハ! 俺の店に、巷で評判の新米星持ちバスター様が来てくれるとはな! 俺の店も明日から忙しくなるぜ。さあ、希望する魔法の系統を教えてくれ!」


「攻撃魔法に特化したものがいいんです。でも、欲張りなんですがパーティーに回復や補助魔法を使える仲間がいなくて、そっちも捨てたくありません」


「攻撃と回復の両立は至難の業だ、魔力の使い方が違うからな。学校で習ったかもしれんが、攻撃用の魔力は回復術に回せない。回復用の魔力も攻撃には回せない。攻撃魔力が尽きるのも早くなるし、威力も頭打ちが早い」


「……でもやっぱり回復術と補助術も必要なんです。攻撃と回復7:3くらいの魔術書はありませんか」

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