Tulle&Gungnir-13

 

 シャルナクの言葉に、シーク達は一瞬固まってしまった。背の高い草の上を風が抜けていく。


「あの、えっと……つまり君は獣人で、村というのはムゲン自治区にある村の事で、そして俺達にその大蛇を倒してほしいと」


「そうです! 聖剣バルドルの使い手は獣人にも優しく接してくれ、大蛇による被害からの復興にも手を貸してくれたと言います! たとえそれがただの伝説でも、あなた達だけがわたし達の希望なのです!」


「ちょっとちょっと、頭を上げて? 大蛇ってメデューサの事よね。それなら私達が倒さなきゃいけない相手だから、手を貸す事に異論はないわ。でも、詳しい事を聞いて、場合によっては協力を仰ぐことも考えないと」


「それは……」


 その場で話を整理しようとするビアンカに対し、ゼスタが待ったを掛ける。乗船までの時間も限られているからだ。


「その話は一度船に乗ってからにしよう。えっと……シャルナクさん? 俺達はママッカ大陸のモイ連邦共和国にある港から、自治区を目指す所だったんだ。他に目的が無いのなら一緒に来るかい」


「なんと、既にわたし達を救うために動いて下さっていたのですね! ああ、アルカの峰の導きに感謝を……」


 シャルナクは再び深々と頭を下げ、3人に感謝の意を示す。ひとまずはバンガの町へ戻り、シャルナクの乗船チケットを買うことにした。


 ムゲン特別自治区は他所との関りがない。アレキサンドライトが採れた時だけ最寄りの町に売りに行くことがある程度で、外貨を獲得する手段がない。幾ら自治区内でお金が必要ないと言っても、いざという時の蓄えには不安がある。


「すまない。これでも村を出る時、持たせて貰えるだけ用意して来たのだが……」


「物価は変わるからな。それに道案内を1人雇ったと思えば安いくらいだ、気にしないでくれ」


 シャルナクが村から出て「聖剣バルドルの勇者」を探しに出ると決まった時、村中のお金を集めた。道中の宿代と食事代、船代のためだ。


 しかし獣人の感覚では到底足りなかった。とても往復など出来ず、バンガに着いた時点で帰りの金は残っていなかったのだという。


 港で1時間程潮風に吹かれ(バルドルとケルベロスはしっかりと鞘の中だ)海を眺めたのち、乗船手続きが始まると、4人は列に並んで船に乗り込んだ。


 今回の船は客船だ。エンリケ公国の港、カインズからエバンへと向かった際に乗った商船とは様子が全く違った。


「カインズから乗った船よりも豪華だし、丈夫そうだね」


「商船と客船じゃそもそもの造りも違うからな」


「私は揺れないならどっちでもいいわ。本当に船酔いって最悪!」


 最新鋭の客船は防錆塗料が厚く塗られた丈夫な鋼鉄製で、おまけに速度も18ノット(1ノット=1.852キロメーテ/時)とまずまずだ。


 白い船体は全長150メーテ、船内には客室が120もある。薄い鉄板に吸音にも役立つコルク材を張り付けた壁と天井は、山のロッジにでもいるようだ。


 ただ、客室はあまり広くない。2段ベッドが両側に並び、申し訳程度の机と収納スペースがあるだけ。とはいえ、そんな一般客向けの3等船室であっても、ベッドがあるだけ商船の雑魚寝よりマシだ。


 シャルナクは外から室内を覗かれない事を確認し、ようやくローブとコイフを脱いだ。フサフサの長めな尻尾を左右に何度か振った後、扉から見て右側のベッドの1段目に仰向けになって倒れ込む。


「さて……改めて自己紹介をしておくよ。俺はシーク。シーク・イグニスタだ。18歳になったばかりのオレンジ等級のバスターで、一応魔法使い。この隣に『ある』のが聖剣バルドル」


「どうもね。僕の事は呼び捨てでバルドルと呼んでおくれ。聖剣バルドルと呼んで貰えるのは気分がいいのだけれど、仲間としては堅苦しくてね」


「俺はゼスタ・ユノーだ。17歳だけど、年末には18歳だ。こっちは相棒の冥剣ケルベロス。俺も一応伝説武器の使い手なんだけど、まだまだかな」


「俺っちが鍛えてやってる所さ。まあ強さは俺っちのお墨付きだから、心配すんな」


 ケルベロスは気持ちだけ右手剣で二カッと笑い、左手剣で器用に気持ちだけお辞儀をして見せた。


「私はビアンカ・ユレイナス、17歳。ランス……つまり槍使いなの。伝説の武器は持っていないけど、魔槍グングニルを手に入れて、魔王アークドラゴンを討伐するための力を貸してもらおうと思っている所よ」


「……シャルナクだ。わたしは村長ハティの娘で、普段は村の警備と村を襲うモンスターの退治を任されている。歳はあなた達よりも1つ上になるようだ」


 赤い瞳、茶色と黒のメッシュで短めの髪、茶と黒斑の耳、健康的な褐色の肌。美猫……いや獣人なのだから美人という表現で間違いはないはずだ。シャルナクは自己紹介の後、簡単にムゲン特別自治区の現状についての説明を始めた。


 自治区にある村はナンとキンパリの2つ、人口はそれぞれ1600人、1200人。猫人族がナンに、犬人族がキンパリに住んでいて、その混血は「ワント」と呼ばれている。300年前にメデューサが現れた時には人口も減ったが、少しずつ人口が戻ってきたそうだ。


「大蛇が封印されている事は言い伝えで知っていた。しかし詳しい封印の場所などは知らなかった。恐ろしい咆哮、耳が痛くなるような悲鳴、それらが聞こえた後に魔槍グングニルを発見し、わたし達は大蛇の復活を知った」


「山の斜面にある深い渓谷の洞穴だね」


「グングニルは村にあるの!?」


「ああ。その後、大蛇の姿を確認したという者が慌てて戻ってきた。数人は体が痺れたように動かなくなり、担がれるような状態で山を下りてきた。すぐに谷へ下りる道を塞いだのだが……切り立った両側の崖を登って来られたら、わたし達には打つ手がない」


「蛇は斜面を登るのが得意だから安全とは言えないね。それに、メデューサの目を見てしまえば体が硬直してしまう。回復魔法は有効だけれど、放っておくと看病する手が足りなくなりそうだ」


「ナンにもキンパリにも体が痺れたまま動かず、食事を食べさせるのがやっとの者が大勢いる。大蛇は谷を寝床にし、既に谷を出る手段を確保していると考えられる。谷に近い場所にアレキサンドライトの産出地があり、今後も外貨のためには誰かが行かねばならない」


 ゼスタはシャルナクがアレキサンドライトで誘いを掛けた意味を理解した。


 高品質のアレキサンドライトは、アルカ山か、イース湖を挟んで西に位置するゴビドワ側の湖畔に少量が見つかっているだけ。純度やキャッツアイなどの条件に関わらず、この世界ではダイヤモンドよりも高価だ。古くから王家の装飾具に重宝されている。


 そんな貴重な宝石の産地を紹介され、普通の者なら飛びつかないはずはない。シャルナクはアレキサンドライトの産出地の情報と引き換えに、メデューサ討伐を依頼するつもりだったのだ。


「僕は当時を覚えているのだけれど、メデューサの呪いは回復術や薬がなければ、メデューサを封印もしくは討伐しないと解けない。これは倒すしかないね」


「魔槍グングニルが既に見つかっているって事は、メデューサは完全復活しているってことよね。バルドルやケルベロスが喋る事にも驚かないって事は、シャルナクと普段から喋れる状態で保管してあるって事かしら」


「ああ。グングニルはわたしの父、ナンの村長が保管している。獣人は大物の武器を扱うのは苦手でね、グングニルに策を伺いながらロングソードやショートソード、弓矢などで対抗しているところだ」


「その、グングニルをもし使わないのなら、私が村長とグングニルにお願いして、使わせて貰う事は出来るかしら」


「元々は勇者の武器だ。メデューサを討伐してくれるなら、それは約束しよう」

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