Tulle&Gungnir-12
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サウスエジン国の港町、バンガ。
ミネアのほぼ真東に位置し、東には大洋が広がる。暖流のお陰で北緯50度であるにも関わらず周辺には広葉樹が広がり、冬もあまり氷点下にはならない。南のランザと並んでこの国の主要な港のうちの1つだ。
東洋の街並みは、エンリケ公国の港カインズとは雰囲気が随分と違う。幾何学模様で飾られたガラス、宗教的な建物、宝石の色を連想させる美しいレンガや土壁の家々、全てが色鮮やかだ。
海でさえ宝石のような青に輝く。この国では一般的なグレーや白などの地味なローブ姿が対照的で、風景をいっそう別世界のように見せる。
「2週間も足止めされる訳には行かないよ、とりあえず管理所に記帳して、船の出港まで時間を潰そう」
シークはオリエンタルなバンガの港で船のチケットを買い、空いた時間で魔術書の継ぎ足しをしようとした。だが完成に2週間かかると言われて断念したところだ。
「新しく買うべきじゃない?」
「うん、でもちょうどいい比率の魔術書が置いてなかった」
「魔術書の事は全然分からないけど、納得できるものがいいよね。さ、船にシャワーもあるみたいだし、早く休憩したいわ。海を渡ってから考えましょうよ」
「……にしても、フードの怪しい奴、どこまで付いて来る気なんだ」
3人は商人に紛れてミネアを発ったが、思うように急ぐことが出来なかった。怪しい人物にもすぐ追いつかれ、一定間隔を保って付いてきている。シーク達が戦っていれば後方で立ち止まり、走れば早足で追いかけてくる。
「どうするよ、あれ。絶対隙を見てバルドルを盗むとか、そんな事を考えてるんだって」
「こんなにしつこいなんて。相当な報酬になるんでしょうね」
「近寄ろうとすると離れるし、どうしようか」
いい加減逃げるような旅にうんざりしていた3人は、乗船締切ギリギリで船に飛び乗ろうと決めていた。ビアンカ(と、ケルベロスの左手剣)がチケットを買い、シークとゼスタは魔術書店に入って様子を窺っていたのだ。
その間、まだフードの人物は乗船券を買うような素振りはなかった。
「……ランザまで歩く?」
「絶対イヤ。日差しの中で動くの大変なんだもの」
「僕から提案だ。この際、逆にあの怪しい人物を捕まえて、問い詰めるというのはどうかな。既に乗船券を持っていないとも限らない訳だし」
「でも、近寄ろうとすると離れちゃうじゃない」
「それなら3人で一旦別行動だ。もし怪しい奴が誰か1人の後を追えば、それを残りの2人で忍び寄って確保。どうだい」
「……キャー助けてー! みたいに言われないかしら」
付け回すのは止めろと言って先制すれば、フードの人物には周囲から疑いの目が向かいやすい。3人は芝居を打つことにした。
「じゃあ俺はこのまま。シークは左の路地で店に入るふり、ビアンカは宿を探すふりで右の方へ」
「わかった! じゃあ、また後で」
「2人共、良い所見つかったら教えるから、ちゃんと戻って来てね!」
わざと聞こえるよう、シークとビアンカが声を出して手を振り、ゼスタと別れる。しばらく歩いてから周囲の店を探すような素振りでそれとなく振り返る作戦だ。
「シーク、どうやら君達の予想は当たりだね。僕と君の後ろを付けているってことは、あの人の目的は僕か、もしくは僕とシークってことだ」
「そこで俺だけという選択肢を用意しないってのが君らしいね。俺の顔を知らなかったって事を考えるとそうかもしれない」
路地の店を覗くフリをしている間、フードの人物は少しずつ近づいていた。シークが振り向かなくても、バルドルがしっかりその動向を把握してくれる。
日当たりの悪い路地を歩いているうちに、横道がないしばらくない直線が現れた。辺りに店はなく、土壁で3階建ての真四角な家が両側に続いているだけだ。前後を挟まれたら逃げ道はない。
「……バルドル、ゼスタ達は来ているかい」
「かなり離れているけれど、後ろにいるね」
「ゼスタ達が横道を過ぎたら教えてくれ、振り向いて全力で走る。一応、逆に俺達が挟まれないよう、警戒していてくれ」
「分かった。……あと10秒。……5、4、3……いつでもどうぞ」
バルドルの声でシークは振り向いた。そして全力でフードの人物目がけて走り出す。
「ゼスタ、ビアンカ!」
「任せろ!」
「……!? そんな、バレていたのか!」
フードの人物はバレていないと信じていたようだ。挟み撃ちにされ詰め寄られると、武器を取り出す訳でもなく両手を上げ、降参の意を示した。
「あら、意外と呆気ないのね。激しく抵抗するか、煙玉や魔法でも使って逃げようとすると思ってたわ」
「わたしはバスターではないから町中で武器を振る事は出来ない。あなた達を相手にして逃げられるとは思っていないさ」
黒いフードを被ったままで表情は窺えないが、どうやら敵意がある訳ではないらしい。ビアンカが背後から忍び寄りその腕を掴むと、ビクッとしたものの、振り払おうともしなかった。
「さあ。という訳で、何で俺達を付け回していたのか説明して貰おうか。まずはフードを外して顔を見せろ」
「……訳なら話せる、でもここで……誰かに見られるかもしれない状況でフードを外すことは出来ない」
「どういう事? もしかして、犯罪者? それとも肌を見せてはいけない理由が?」
「外せない理由を言えば、それは外したも同然。ここでは言えない」
顔を見られてはまずいとは胡散臭い。シーク達はどこならいいのかと訊ね、町の外へ出て周囲に誰も居ない所まで連れていく事にした。
腰までの高さの草が生い茂る荒地まで来ると、シーク達は立ち止まる。フードの人物は観念したようにため息をつき、そしてまずは自身の名を明かした。
「……わたしの名はシャルナク・ハティ。あなた達を探すため、モイ連邦共和国からゴビドワへと抜け、この港からギリングへ向かおうとしていた」
「俺達がギリングにいる事までは知っていたって事か。それで途中のミネアで俺達を見つけて、ここまで尾行した、と。どうしてそんな回りくどい事を」
「そ、それは……。それは、わたしに原因がある」
シャルナクはそっとフードを取った。更に頭部を覆い隠すようなコイフをゆっくりと脱ぐ。
褐色の肌、ゆっくりと開かれる目には大きく真っ赤に燃えるような瞳。すっきりとした小さな顎のラインは形も良く、眉は意志の強さと気品を感じさせる。
しかし、美しさよりもシーク達が驚いたのは、コイフを脱いですぐにピョコンと存在を主張した、2つの猫のような三角の耳だった。
「えっ、な、何? 猫人間!?」
「成程、君は獣人だね」
「獣人!?」
ムゲン特別自治区に住むという獣人。彼らは自治区の外には出ることがないはずだ。
顔つきを見る限りでは女の子だろうか。落ち着きのある低い声のせいで分かり辛いが、あまりシーク達と歳が変わらない男が、畏まって「わたし」と名乗るとは思えなかった。
「喋る剣……聖剣バルドルに間違いない。やはり村の言い伝えは正しかった。人族の勇者が聖剣と共にアルカの峰へと登り、暴れ狂う大蛇を魔槍の力で封印した……と」
「魔槍って、グングニルね!」
シャルナクはビアンカの言葉に頷く。
「最近山に登っていた村の者が、耳をつんざくような叫びを聞いた。何事かと洞穴を覗くと……そこには魔槍が落ちていた」
「つまり大蛇の封印が解けていたんだね」
シャルナクはバルドルの問いかけに頷き、腰を90度に折って頭を下げる。
「聖剣バルドルを扱うあなた達にお願いしたい。わたし達の村を……大蛇から救って欲しい!」
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