Tulle&Gungnir-11
* * * * * * * * *
「ただいま~っと、シークが寝てんだった」
ゼスタが宿屋に戻ってきた。木製の扉はレバーを下げるだけで開き、鍵は掛かっていない。返事もない。
「俺っちは片方部屋にいて片方帰って来たんだけど、こういう場合どう言えば正解なんだ? ただいまか? それともおかえりか? おっと、ついでにビアンカも寝てるぜ」
「『ただえり』でも『おかいま』でも何でも言えよって……えっ!? なんでこいつ俺のベッドで寝てんだ?」
ゼスタはため息をつきつつ、サファイアのペンダントをシークの防具の上に置く。
ケルベロスとバルドルをそれぞれのクッションに置いてやると、自身は椅子に腰かけた。そのまま数分もしないうちに居眠りを始める。
それから2時間ほどが経ち、ケルベロスがとうとう暇に耐えられなくなった。部屋の中には決して見事とは言えない和声が響き始める。そこへバルドルの非常に……個性的な歌唱も合わさったなら、起きない者はいない。
「山ァ~はァ~、陽の照りながらァ~雲は裂けェ~(ハァヨイショッ)」
「土くれェ~のォ~挟間にィ~、緑ィ燃ゆる~ゥ(イヤッサァ)」
「耐え忍びィ~人はァ~、声のォ~木霊するゥ~先ィ~(ハァイヤサッサァ)」
「深雪をォ~踏みィ~祈りをォ~捧ぐ~ゥ(ア~~ハイヤッ)」
「へっ!? な、何? ……? あー……今、何時? わ、19時だ、寝過ぎた!」
まずはシークが飛び起きた。続いてビアンカとゼスタも寝覚めが悪そうに目を擦り、体を起き上がらせる。
「おや、やっと起きたかい? 『山開きの唄』の1番がまだ途中なのだけれど、最後まで歌っても?」
「えっと……部屋の中で歌うのは止めておいた方がいいかな。誰もいないところで宜しく」
山開きの唄とは、一体どこの山開きなのか。聞いたこともないメロディーに、聞いたことのない歌詞。それに良く言えば独特、端的に言えば音痴な歌声が不協な響きで耳にこびりつく。
バルドルの合いの手までもが強烈で、延々と頭の中で終わってくれない。このまま歌わせていたなら隣の部屋から苦情が来そうだ。
「……眠気覚ましにキッツイのを有難う。お陰ですぐにご飯食べられそうよ」
「きつい? 良く分からないけれど、どういたしまして」
「なんなら毎朝歌ってやってもいいぜ」
「ケルベロス、やめろ。捨てるぞ」
船の中でも聴いた「子守唄」ならぬ「子起こし唄」の襲来。ゼスタもビアンカもそれだけはやめてくれと睨む。
しかし『本剣』達は、あまり上手な方ではない……いや、むしろ下手だという自覚などまるでない。選曲がお気に召さなかったのかくらいにしか思っていなかった。
「歌は心のごはんだね。食べた事はないけれど」
「バルドルもケルベロスも、歌うよりもっと聞いて栄養にした方がいいよ」
3人は洗面所で顔を洗い、食堂へと向かう。他にも数組の客がいる中、運ばれてきたハンバーグ定食を食べ始めた。
ロッジのように床、壁、天井一面を木の板が覆い、暖色のランプの灯りが優しく楽しげな空間を演出している。どの客のテーブルにもビールが置かれ、聞こえる会話も陽気だ。
「あ、そういえば……明日出発してからもバタバタするから先に言っておく。シーク、誕生日おめでとう」
「あ、そうだわ! 明日誕生日だくらい言いなさいよね! えっと、18歳おめでとうシーク」
「有難う。そっか、明日からお酒が飲めるのか……ゴウンさん達、毎晩宴会のようだったよね」
「あそこまで飲まなくてもいいと思うけどな」
まだフライングする気はないのか、3人はオレンジジュースで乾杯をする。大人になる実感がないだとか、幼い頃、大人はもっと歳を取ってみえたとか、食事をしながら色々な大人像を語り、大盛り上がりだ。
3人は結局1時間ほど食堂に滞在した。シークがビアンカに「また明日の7時に」と手を振った時、ゼスタはまた「そういえば」と言ってビアンカを引き留めた。
「悪いビアンカ、ちょっと俺達の部屋に来てくれ。話したい事がある」
「なに? 明日の事?」
「それもあるけど、ちょっと気になる事があったんだ」
ビアンカを再度自分達の部屋へと招き、ゼスタはアクセサリー屋で出会ったフードを被った怪しい者の事を告げた。
とても耳が良い事、ロングソードがバルドルだと知っていた事。それにアルカ山に詳しそうな口ぶりだった事。これから警戒すべきかもしれないという思いは2人に伝わったようだ。
「ゼスタの事を俺と勘違いしたって事は、顔までは知られていないのか」
「そうね、やっぱりバルドル狙いかも。何かの文献でバルドルの見た目を知っているんだと思う。金持ちに雇われた刺客かしら」
「その可能性もある。アレキサンドライトを求めるならアルカ山にある。お前らなら……って言ってたけど、俺達の行動をどこまで把握してんのか」
「ひょっとして俺達、何か期待されているのかな」
「えー、アレキサンドライト泥棒だったり? やだあ」
いずれにせよこちらから相手を探すつもりはなく、動向を知られたいとも思っていない。それでもまた目の前に現れるなら、ゼスタは「何か用があるなら言え」と、ハッキリ言うつもりだった。
「俺っちが思うに、あれは俺っち達に何か用があるな。それが悪意かもしんねえけど」
「だよな。だから念のためにシークとビアンカにも伝えておこうと思ってさ。おっと、その時に買ったプレゼントがそれだ。俺とビアンカから」
ゼスタはビアンカにウインクして見せる。ビアンカは一瞬戸惑ったものの、ゼスタの気遣いだと分かり、小さな声で有難うと伝えた。
「ゼスタ、ビアンカ、本当に有難う! これって……えっと綺麗な宝石?」
「サファイアだ。魔力の増幅に効果が高いらしい。少しでも役に立つならと思って」
「サファイア!? 教科書でしか見た事ないけど、魔法使いの憧れだよ! 有難う!」
細工があまり凝っていなくても関係ない。その美しい青に目を奪われ、シークは自身の目をサファイアに負けない程輝かせて喜ぶ。
10段階で濃淡を表すなら、シークのペンダントの色は5にあたる。最も美しいと言われる濃さだ。
サファイアは決して安くない。一般的な生活をしていれば、そう気軽に買えるものではない。おまけにシークにとって、宝石と名が付けばピンからキリまで高級品だ。
「こんな高価なものを身につけるなんて、価値観が麻痺しちゃうよ。旅が落ち着いたら、父さんと母さんにも何かプレゼントしてあげたいな……」
「自分が貰ってすぐに、誰かへ幸せをお裾分けしようと思えちゃうところがホント、シークよね」
「喜んでもらえて何よりだ。さあ、明日はちょっと早めに村を発とう。みんな、6時には起きとけよ。あとバルドルとケルベロスは絶対に歌うな」
「そうね、ちゃんと起きるから静かな目覚めがいいわ。怪しい人がまた居たら教えてね」
「おう」
「みんな、今日は有難う。明日からもっと頑張れるよ」
念のためと言って、ゼスタはビアンカにケルベロスの左手剣を持たせる。ケルベロスはその意図を汲んで素直に連れて行かれる事にし、「番剣」役を引き受けた。
皆、先程まで寝ていたためそんなに眠くはない。特にシークは、魔法使いとしての自分をちゃんと見てくれた2人からのプレゼントに頬が弛みっぱなしだ。とてもベッドで横になんかなっていられない。
シークはウキウキとした気分が治まらず、まずはバルドルをピッカピカに磨き上げることにした。
ゼスタがケルベロスと防具を磨き終え、先に寝てからもシークは磨き続けていた。「さすがにもういいと思うのだけれど」とバルドルもギブアップする始末。
すると今度は眠気が来るまで防具を綺麗に拭いて、更に腕立て伏せ、腹筋を100回ずつこなす。シークはようやく襲ってきた睡魔にすら笑顔を見せ、ペンダントを着けたまま眠りについた。
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