Tulle&Gungnir-10


 ビアンカが室内に入ると、ベッドの上のクッションにはケルベロスの姿があった。隣のベッドにはシークが寝ている。


 ケルベロスはゼスタがシークの誕生日プレゼントを買いに行っている事を告げた。


「そういうことね。誰もいないって、シークがいるじゃない」


「起こしちゃまずいと思って居留守使ったんだよ」


「……まあいいわ。それより私も連れて行ってくれたらよかったのに。あげた軽鎧もすぐ着替える事になっちゃったし、私も何か用意したいな」


 ビアンカはゼスタのベッドに腰掛けた。クッションをケルベロスごと膝の上に乗せ、足をパタパタと交互に動かす。


「軽鎧を毎日綺麗に磨いてたし、よっぽど嬉しかったんだろうさ。それに大森林ではあの鎧がなけりゃ死んでたかもしれねえ。防具が良ければ思い切った攻撃も出来る。役に立ったんじゃねえかな」


「そうだといいな。私も攻撃を避ける事に集中しなくて済むし、防具の役割って確かに大きいわ」


「それは当然だ。それにこいつは優しいからよ。武器屋のじーちゃんが押し付けるように今の装備を薦めなけりゃ、貰ったばかりだからって断ったはず、だろ?」


 シークの性格はケルベロスにも見抜かれているらしい。


 エバンでビアンカがどうしてもプレゼントしたいと思い、親に送金までお願いして購入した装備。それはとても高価な買い物だった。シークに金額は伝えていないが、安くはない事を分かっていたはずだ。


 彼の性格なら、ウォータードラゴン戦がなければグレー等級の装備でゴーレムに挑んだかもしれない。自分の事を後回しにするシークに対しては、ビアンカやゼスタが上手くその辺を見てあげなければならない。


「そうね、絶対遠慮したわね」


「バルドルを拾ったって話もそうだけどよ。流されちまう事に抗ったりはしてねえんだよな」


 シークは物欲がないとか、向上心がないとか、決してそういう訳ではない。剣術はバルドルの指導の下、よく訓練をしている。魔法を放つスピードも上がって戦況もよく見ている。


 けれどシークは自分の事をあまり高く見ていない。魔法使いにとって最も重要なはずの魔術書すら、欲しい素振りを見せない。


「ウォータードラゴンの時は、私達の装備を優先して怪我しちゃったし……私もゼスタも、せめてゴーレムからは守ってあげられたのかな」


 ビアンカがそっと立ち上がった。寝ているシークの邪魔をしては悪いと思ったのだろう。


「ん~、出来ればこの部屋に居て欲しいんだけど。何か用事があるなら無理とは言わねえ。生憎、俺っちは部屋の鍵を閉められなくてな」


「あーそっか。じゃあ、私もゼスタのベッドを借りてお昼寝しようかな。帰って来たら起こしてくれる?」


「おう、任せとけ。2人きりで同じ部屋で寝ても、俺っちは変な誤解はしないから安心しろ」


「……ちょっと待って、変な誤解って?」


 ビアンカはケルベロスを枕元に置き、一度ベッドに横になった。だがパっと顔をケルベロスに向けて上半身を起こす。


「そりゃ、恋人だとか、愛人だとかってやつだよ」


「こ、恋人だなんて! 誰も信じないわそんな事! それより何よ愛人って」


「オメ―そりゃあ恋より愛の方が上なんだろ? 大丈夫、愛人同士になったなんて言わねえから」


 どこかで聞いたような会話である。


 剣には恋愛感情が存在しない。武器は自分達に備わっていないものを表す際、言葉を読み聞きしたそのままで理解する傾向があるらしい。


「あんた、愛人ってのはね……」





 * * * * * * * * *





 ビアンカがケルベロスに言葉の意味を丁寧に教えている頃、ゼスタは宝石店でシークの魔力増幅の足しになるアクセサリーを探していた。


 小手をしていると装備出来る腕輪も限られ、指輪などの類も邪魔になる。かといってシークがイヤリングを喜ぶだろうか。気を使って着けてはくれるだろうが、シークの性格をふまえた上で、あえて贈るべきものでもない。


 そもそも、ゼスタはどれが宝石でどれがそうではないのか、区別することができない。ゼスタは綺麗なものは全部宝石……程度にしか知識がなかった。


「ゼスタ、代わりに僕が選ぶとしよう。君は多分アメジストと色ガラスの違いも分からない」


「……悪かったな」


「おめーが友達のために動くって言うなら、俺っちも鑑定してやるぜ」


 バルドルとケルベロスはカウンター横のショーケースに「宝石」として置かれているものを薦める。


「綺麗な石が付いていれば、もう全部宝石に見えるんだよな」


「ハァ、冥剣の使い手が聞いて呆れるぜ」


 むしろ店も宝石として売ってなどいないものまで、全て宝石に見える。ゼスタがデザインだけで選ぶのも時間の問題だ。


「魔力にはラピスラズリが定番なのだけれど、扱いに注意が必要だ。寒暖の差や超音波にも弱い。サファイアかアレキサンドライトの方が使いやすいよ。アレキサンドライトは特に高品質になるとその効果も絶大だ」


「宝石って……うっわ、結構するんだな」


「アレキサンドライトは小さな粒でしか採れないからね。僕は高いか安いかの判断が出来ないから、あとは買えるか買えないかで判断しておくれ」


「変彩効果がありゃあもっと高いぜ。おまけに3カラットより重くなると、ダイヤモンドもおもちゃと思える値段になるって話さ」


「そんなもんを誕生日プレゼントに薦めんなよ、つか、アレキサンドライトねえし」


 無いものは仕方がない。ゼスタはサファイアのペンダントを選んで会計を済ませると、扉を外に開く。


 その時、近くにいた客がゼスタへと話しかけてきた。


「……アレキサンドライトをお探しかい? それに、今さっきの会話……もしや聖剣バルドルの使い手かな」


「えっ……」


 ゼスタは買ったばかりのペンダントをズボンのポケットにしまい、客へと振り向いた。客の背丈はシーク程。声は落ち着いていて、女にしては少し低く、男にしては少し高い。


 黒いフードを深く被っているため、その表情は良く分からないが、宝石にもバスターの間の情報にも通じているらしい。ただ、シークの顔は知らないようだ。ゼスタの事をシークと間違えている。


 ただ、ゼスタはその事以上に驚いていた。かなり小声で話していたというのに、入り口付近にいたこの客がそれを聞き取っていたからだ。


「……あんた、何者だ」


「……アレキサンドライトが欲しいなら、アルカ山にでも行かないと手に入らないよ」


「アルカ山って、それ」


「ムゲンの霊峰だ。アレキサンドライトは気高き峰アルカでしか採れない。勿論困難な道のりだが……あなた達なら」


 アルカ山はこれから向かう場所だ。そのアルカ山に詳しいという事は、麓に獣人の村がある事も知っているかもしれない。


 けれどアルカに向かうと答えれば、罠に嵌められるのではないか。そう疑う気持ちもある。ゼスタは一旦この場を去る事にした。


「……いや、俺達はアレキサンドライトが欲しい訳じゃない」


 フードを被った客は、ゼスタがアレキサンドライトに食いつかなかったため、驚いてビクッと肩を震わせた。


 宝石の採掘の護衛でも探しているのか。いずれにしても正体の分からない相手に、これからの行動を話してやる義理はない。


「それじゃあ、俺はここで」


「えっ! あっ……いや、何でもない」


 何か言いたそうな客に見て見ぬふりをし、ゼスタはこれからの行動を詮索されないうちにと、扉を閉めて足早に宿へと戻った。


 ゼスタは気づいていないが、フードを被った客は、ゼスタの後ろ姿を店先でずっと見つめていた。


「聖剣バルドルの、勇者……やっと見つけた。何としてでも連れて行かなければ」

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