Tulle&Gungnir-09
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月が替わって7月。この時期のバスターの格好は見るからに暑そうで、そして実際にとても暑い。
シーク達はギリングを出発し、東の湿地を抜け、南北に縦断するエジン山脈を順調に越えていた。
エジン山脈の標高はあまり高くなく、一番高い山でも1500メーテ程度、山道の標高は峠で1000メーテ程。麓のミネア村側に下りれば国境警備隊の詰所、そして一般登山客のハイキングコースもある。
峠やミネアの位置は北緯45度のギリングやアスタ村よりもわずかに北で、この季節でも過ごしやすい位置にある。と言っても、直射日光の下で動いていれば汗も滲む。
おまけにモンスターと戦いながら10日間も歩くのは流石にバテる。暑い時間を避け、昼間は日陰で休憩し、気温が下がりだす夕方から歩く。そしてビアンカとゼスタは時折シークの風や氷の魔法を「おねだり」する。
そうしてなんとか気力を保って歩き続け、3人は予定よりも1日遅れでエジン山脈の東の麓の村、ミネアに到着した。
「ようやくゆっくり休めるね……流石に疲れた!」
「メシ! 美味いメシを腹いっぱい食いたい!」
「足が棒にって、よく言ったものだよね。もう感覚もないし、一度座ったら立てない気がする」
ゴウン達がいた時は、リディカが回復魔法で疲労を取り除いてくれた。睡眠や空腹などはどうしようもなかったが、大森林を歩いていた時、こんなにもきついと思った事はなかった。
「シーク、回復魔法もっといっぱい覚えて」
「回復魔法を使い過ぎると、攻撃魔法の威力がガクッと落ちるんだ。あのリディカさんがモンスターを一撃で仕留められないって、つまりはそういう事。回復や補助魔法だけなら、魔法適性があって武器を扱うような人の方がいい。攻撃魔法が必要ないから」
「それ、まんまお前だろ、シーク」
「魔法って、何でも叶えちゃう夢のような能力って思ってたけど、色々とシビアよね」
「俺は攻撃魔法の方に進んじゃったから、補助魔法はともかく、習った回復魔法はほんの基礎だけ。魔法を本格的に向上させないといけない時期だし、手は考えてみるけど」
シークは軽鎧を上だけ脱いで片手に持つ。そして魔法使いとはおよそ思えない程割れてしまった腹筋をシャツの上からさすって、最近魔法を疎かにしていると苦笑いした。
「さ! とりあえずまだ陽も落ちてないけど、すぐに宿の確保だ。ここまで来てイサラ村みたいに、村の外で野宿とか嫌だぜ」
「そうね、とりあえず行きましょ」
矢切りの壁が村を囲む。木製の大きな門をくぐると、アスタ村のような木造高床の家が立ち並んでいた。登山客も訪れるせいでアスタ村よりは賑やかだ。道端で商いをしている者も多い。
野菜や果物、肉や魚の干物、用途が分からない雑貨、本物か怪しい宝石加工品。それらは土を踏み固めて整えられたメインストリートの両側埋め尽くしていた。
「あ、あそこ、宿屋って書いてある」
シークがメインストリートの角に、宿の四角い置き看板を見つけた。2食付で1人1泊3000ゴールド。ギリングの物価で考えると安い方だ。
2階建てのやや古い木造の建物に入り、薄暗く狭いロビーでカウンターの鈴を鳴らし、従業員を呼ぶ。空いていた2部屋を借り、1部屋はビアンカが、もう1部屋はシークとゼスタ、そしてバルドルとケルベロスが使うことにした。
それぞれが汚れと汗を流すため、防具を脱いですぐに風呂へと向かう。
ゆったりとした湯船の中、シークとゼスタは足を思いっきりのばして疲れを取る。が、バルドル達の姿は見当たらない。あまりにも汚れがひどいため、風呂は諦めたのだ。
シークは先に風呂から上がり、部屋へ戻ってそのままベッドへと倒れ込んだ。
「はあ、サッパリして、もうこれ以上動きたくない」
「あのー、僕はまだ『長旅の汚れ』を拭き取って貰っていないのだけれど」
「長旅の疲れじゃないんだね……羨ましい。ごめん、ちょっともう動けないや。バルドル、こっちまで来て……」
「えっと、あのー、シーク? シークさん? ちょっと、寝ないでおくれよ!」
シークは簡素なベッドに俯せで倒れ込み、シーツも掛けずに寝息を立てはじめる。剣術の素人なのに4か月も他のバスターと遜色ない動きをし、魔法まで使っている。本当は誰よりも疲れが溜まっていた。
4か月前に比べれば明らかに体は引き締まった。やや太くなった腕、細くも逞しいふくらはぎ、そして魔法使いだと言っても信じて貰えないような硬い胸筋、腹筋。
バルドルのお陰と言っても、その体つきを見れば才能や運だけでやってきた訳ではないと分かる。
「おーいシーク、買い物……」
部屋に戻ったゼスタは、シークが微動だにせず枕に顔を突っ込んでいる姿に驚いた。部屋に帰ってくる時間のその差、わずか1分だ。
「僕の主はお疲れみたいだ。何よりも大切な『愛剣』を拭く気力もないくらいにね。だからそっと寝かせてあげて欲しい」
「分かった。シークには無理させてるもんな。魔法と剣、どっちも使ってりゃ単純に2倍疲れる。この10日間は、特に気合入ってたし」
「そうだね、シークは無理をしているよ。これは僕からのお願いなのだけれど、魔術書を売る店があれば、シークをさりげなく、そして強引に店に押し込んでくれないかい」
バルドルの何とも難しいお願いに、ゼスタは小さく「どっちだよ」と笑う。
「シークは魔力もしっかり育っているんだ。戦闘の半分は魔法剣を使っているからね。魔術書が対応できない分の魔力を、強引に溢れさせるような戦い方になっているんだ」
「つまりは、魔術書が弱すぎるってことか」
「その通り。シークは優しいからね、亡くなったバスターの遺族が託してくれた、このグレー等級の魔術書を使い続けたいみたいなんだ」
「それは分かってる。オレンジ等級でグレーの魔術書なんて無理があるし。でもこいつはそういう奴なんだよな」
「その優しさがシークのためになっていないんだ。むしろこの魔術書が『
「そこは素直に
ゼスタはニッと笑うと、バルドルをそっと持ち上げようとする。バルドルはゼスタの考えている事が分かり、おとなしく持ち上げられることにした。
「お、おいおい、俺っちは? ゼスタ、俺っちも連れて行ってくれよ!」
「わりい、実は明日がシークの誕生日なんだよ。いつも一緒にいるバルドルにも贈り物を選んでもらいたいからさ、お前はここでシークを守ってやってくれ。ビアンカが来たら伝言宜しくな」
「えー!? それじゃあ俺っちの片方だけでも! な? いいだろ?」
ケルベロスは犬のようにすっかり懐いている。ゼスタはちっとも困ってなんかいない顔で「仕方ねえな」と呟き、ケルベロスの右手剣だけを革の剣帯に差して部屋を後にした。
「おいゼスタ、買うもんは決まってんのか? 俺っち達が決めてやろうか」
「僕のお薦めは天鳥の羽毛コートだね」
「お前ら、夏ってどんな季節か知ってるか? もう買うもんは大体決まってんだよ」
ゼスタは宿に向かう途中に見つけた1軒の店のドアを開けた。様々な宝石細工が並ぶその店内を、バルドルとケルベロスの鑑定に従ってゆっくりと見て回る。
「お、ゼスタ。ビアンカが部屋に来たぞ」
「じゃあ、伝言宜しく」
「おう、任せとけ」
* * * * * * * * *
一方その頃、宿屋では長湯を終えたビアンカが、シーク達の部屋の扉をノックしていた。
「ねえ、誰かいる? 買い物に行かない?」
『誰もいないぜ』
「……。ねえ、何か『ありますか』?」
『おう、俺っちが片方だけあるぞ! ちょうど伝言を預かってんだ、入ってくれ。鍵は開いてるからよ』
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