Tulle&Gungnir-08



 

「バルドル」


「何だい? 当ててみようか」


「じゃあ君に触らないけど、どうぞ」


「えっと……ごめん、続けてくれると有難い」


 シークはバルドルの扱いが随分と上手くなった。それは剣術としてだけでなく、付き合い方という意味でもある。バルドルは早々に降参して話の続きを促す。


「300年前、ディーゴ達と出会う前、バルドル達は何をしていたんだ?」


「……その問いの真意を訊ねても?」


「ん~、バルドルはアークドラゴンを討伐するために造られた訳じゃない気がして」


「確かに、僕は300年前にアークドラゴンの被害が広がった時、既に存在していたよ。アークドラゴン討伐のために造られた訳じゃない。何をしていたかと言われると……並べられていたとしか」


 バルドルが勇者ディーゴと出会う前に何をしていたのか、バルドルは自分から語りたがらず、シークもあまり考えようとはしなかった。けれどバルドルは嘘をつくつもりがないのか、訊かれた事は話すらしい。


「という事は、君達はアークドラゴンを倒す、という役目を後から与えられた事になる。アダム・マジックの魔法と連動して封印に使われることになっただけ」


「その通りだよ。アダマンタイトは魔法の伝導性と保持性が高い。封印の触媒にするには最適だった、それだけの事なんだ」


 シークはベッドに座り、バルドルを天鳥の羽毛クッションごと膝に置く。シークはバルドルの言葉で確信していた。


 バルドル、ケルベロス、グングニル、アルジュナ、アレス、そしてテュール。この5つの武器と1つの盾は、必ずしもアークドラゴン討伐に必須のものではない。


 封印や討伐になくてはならないのであれば、テュールが役目を放棄することを簡単に許すはずがない。


「という事は、アークドラゴン討伐に君達が必須ではない、ってことだよね」


「……そうだね」


「じゃあ、今俺達がグングニルとアルジュナとアレスを探しているのは……ひょっとして無駄?」


「無駄じゃないよ。強力な武器は必要だ。君がそんなに察しがいいとは、ちょっと驚いたよ」


「驚いて見えないから、心配しないで」


「僕は平静を装うのが得意だからね。いいよ、僕は君に命を託した刀身だ。君には少し昔話をしようか」


 バルドルは自分がどのようにして勇者ディーゴの手に渡ったのか、何故アークドラゴンと戦うことになったのか、それ以前に何をしていたのかを静かに話し始めた。


「僕がディーゴの手に渡ったのは彼が19歳の時だった。僕は元々喋れた訳じゃない。ディーゴの手に渡った時は、まだ僕は言葉の発し方が分からなかった」


「ただの剣だった……ってこと?」


「そうだね、でも記憶はある。アダム・マジックの魔法のおかげなのだけれど、何故武器である僕に意思があるのか、何故喋れるようになったのかは未だに僕自身も分からない」


 シークは自分から根ほり葉ほり他人の詮索をしない。シークの性格は当然バルドルも分かっていた。話したくない過去もあるだろうという、シークの思いやりに甘えていた。


 けれどバルドルは昔話をするにあたって、必要な情報は隠さない事に決めた。バルドルの昔話は、信頼関係がなければ受け止められない内容だからだ。


「アダム・マジックはモンスターの研究をしていた。モンスターが火を吐いたり自身の力を漲らせる方法を、人間に応用する術を編み出した」


「魔法の始まりはモンスターの研究って伝説は本当だったのか! そうか、イエティのコールドブレスのように……。そういえばバルドルは、アークドラゴンを倒すために魔法を掛けられたよね、術式によって」


「そう。封印する術式を柄の部分に刻まれ、僕はアークドラゴンに対抗する魔具となった。ディーゴはとても強かった。けれどディーゴ達は、単純にモンスターを倒せる人間ってだけだった」


「え? どういう……事?」


 300年前、最強のバスターである勇者達が魔王アークドラゴンを討伐した。その力は神の如く強大だった。シーク達はそのように教えられてきた。歴戦のバスターが散った無念を晴らすべく、伝説の武器を手に入れて平和のために戦ったと。


「僕がアークドラゴンと戦うのは、今回で3度目になる」


「なんだって!? バルドル、君は一体」


 シークの知っていた伝説や歴史が、バルドルが言葉を発する度に粉々になって崩れていく。一体バルドルは、勇者とは本当は何だったのか……それが分からなくなっていく。


「アークドラゴンは定期的に蘇る、それを突き止めたのがアダムだ。おびただしい数のモンスターから自分やみんなを守るため、ディーゴが町の貯蔵庫から持ち出した剣、それが僕だよ。アークドラゴンとの戦いに使われた僕だ」


「そんなに前から君は……バルドル、君は3度も人間のために」


「剣として本望さ。ディーゴは、町の記念館に僕がある事を知っていた。必要に迫られて握らざるを得なかったんだ。本当は……彼は戦いたかったわけじゃない。そんな彼に聖剣を持たせなければならない世界だった」


「前に言っていた共鳴の精度って、まさか今の話に繋がってる? ディーゴは君に選ばれたんじゃない、他にちゃんと扱える者がいなかっただけって事?」


「当たり。ディーゴの素質は、例えるなら君の半分だった。その更に前のアークドラゴンの討伐が出来なかった経験から判断して、最初から再封印を選ばざるを得なかったくらい300年前のバスターは弱かった」



『平和である間は戦いの事なんて忘れてしまう。けれど、平和が終わった時、戦いを知らない人間に何が出来るかな。力がない人間が十分育つまで、果たして厄災は待ってくれるかな』



 シークは、いつかバルドルが放った言葉を思い出す。その言葉は、まさに300年前の後悔から生まれたものだった。


 バルドルの感情は分からない。シークが見る限り、その姿はいつものバルドルだ。けれど、バルドルは過去を悔やんでいるのかもしれない。シークはバルドルの柄を撫でながら声を掛けた。


「バルドル」


「何だい? 今度こそ当ててみようか」


「じゃあ、どうぞ」


「……あーえっと、心配ご無用。生憎僕は泣くことはできないのでね。でも、少しの間でいいから天井のシミでも見上げていてくれると有難い」


「素直じゃないね。これじゃあ君に『役剣』は無理かな」


 シークはバルドルが悔し涙を流しているような気がして、問いかけた後で素直に心の内を読ませた。バルドルは当たりとは言わない。けれど本当つきだから、嘘もつかない。


 シークは、少し震えるような声色で平静を装うバルドルに従い、しばらく天井を見上げていた。


「テュールは戦う事を止めた。グングニルがどう考えるか、アルジュナやアレスがどう考えているのかも分からない。けれど、僕は君が今度こそ……アークドラゴンを仕留められると確信している」


「俺は生憎魔法使いで、剣術は素人からの出発だ。ただ君を信じて動くだけ。だからもう隠し事をしないで全部伝えてくれ。どこを斬りたい、どう動く……君が全て伝えてくれたら、俺がそれを全部実践して見せる」


「君の愛剣としてこの上なく嬉しいね。じゃあ明日から早速宙返りの練習を宜しく頼むよ」


「う……うん」


「それは2割ほど冗談だとして、バンガに着いたら魔術書の継ぎ足しをお薦めするよ」


 魔術書の事をすっかり忘れていたと笑いながら、シークはバルドルを天鳥の羽毛クッションごと枕元に置き、部屋の明かりを消す。


「おやすみ、バルドル」


「おやすみ、シーク。そういえば人間は恋人と一緒に寝たりするんだったね」


「……その言葉は恋人がいない俺の心にとても深く刺さる」


「恋より愛の方が上だという事は僕だって知っている。君は愛剣と一緒に寝ているんだよ? 人間で言う所の『愛人』だなんてちょっと恥ずかしいのだけれど……そんなに想って貰えるなんて光栄だ」


「バルドル」


「なんだい、シーク」


「愛人ってどういう意味なのか……俺が考えている事、当ててみようか」

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