Tulle&Gungnir-07
宿に着くと、シーク達はこれからの動きを話し合う事にした。
シークとゼスタは木板の床に、靴のまま足を投げ出して座る。ビアンカはベッドに腰掛け、バルドルとケルベロスはもう天鳥の羽毛の柔らかさを楽しんでいた。
「東の大陸を目指すって言っても、具体的な場所は何処なんだろう」
「ゴウンさん達も、メデューサとキマイラの目撃情報は知らないって話だったよな」
「俺っちはメデューサと戦う前にゴーレムの封印で使われてたし、何も言えねえな」
シーク達は地図を取り出し、バルドルから見えるようにしてどの辺りかを確認させた。東にあるママッカ大陸は東西に細長く、過酷な場所も多い。徒歩で換算すると横断するだけで3ヶ月以上かかる計算だ。
横断鉄道か船、それ以外の選択肢は現実的ではない。
バルドルは過去の記憶を頼りに、大陸中央に位置する高峰アルカ山の西を見ていた。
「アルカ山の南西に大きな湖があるよね。イース湖というのだけれど、その湖を渡った後、赤い屋根と白壁の家が特徴的な村に着いた。村から北を目指してアルカ山へと登り、大きな谷を下りていった記憶がある」
「地図では谷の位置も村も分からないね。でも、北にアルカ山が見える位置って限られるはず。このムゲン特別自治区の方かな」
ムゲン特別自治区と聞いて、ビアンカの顔色が一瞬で険しいものになった。ゼスタもビアンカの言いたいことを察し、「不味いな」と呟いた。
「シーク、ムゲン特別自治区の事、知ってるか」
「全然。でも特別自治区ってことは、国じゃないってことだよね。エバンやシュトレイ大森林みたいな」
「まあそうなんだけど、ムゲン特別自治区は簡単に入れないぜ。つうか、行く事を推奨されてない」
「どういう事?」
ムゲン特別自治区は学校でも教わることがない場所だ。公に話していはいけない場所という暗黙のルールがある。
しかし行かなければならないのなら仕方がない。ゼスタはため息をついた後、やや小声でシークに自治区の実態を説明する。
「一言で言えば、亜人の国だからだよ」
「亜人? え、亜人ってゴブリンとか、オーガみたいなモンスターの事だよね」
「ああ」
シークは目を大きく見開いて驚く。余程強くて歯が立たないモンスターが牛耳っているのか。シークはこれから向かう事に不安を覚える。
「モンスターが沢山いるって事じゃないんだよね? モンスターが統治しているってことだよね。それをバスターが黙認しているのは大丈夫なのかな」
「あー、モンスターとは違うんだ。彼らは『動物から進化した
「この地図で北にアルカ山……。イース湖の東の湖畔にあるってことか」
「多少の訛りはあっても人間の言葉を喋り、見た目は動物の名残があるって話だ。噂でしか聞いたことがない種族が突然現われたら、そりゃあもう村はパニックさ」
「モンスターが襲ってきた! って話になるよね」
ゼスタは知っている範囲で説明を続ける。驚きと恐怖で村人が逃げ、無人となった村に獣人が住み着いたのが、ムゲン特別自治区の始まりだと言う所までを話した。
シークは人間以外の「人」がいる事を知らなかった。ゼスタの話が終わると、その後の補足として、商人の事情に詳しいビアンカが説明を交代した。
「昔、北にあるモイ連邦共和国が村の奪還に向かったらしいの。でもみすぼらしかった家々は綺麗に整備され、村はとても豊かになっていた。モンスターだと思っていた相手が、人間よりもしっかりとした生活を送っていた……流石に討伐しようとは思えなかったって」
「それで村を譲った、ってことなのかな」
「ええ。互いに干渉しない、獣人は自治区から出ない、それを条件にして彼らに土地を与えた……って話。西は湖、南北と東を山に囲まれていて、実質鎖国状態。わざわざ立ち寄る事もない場所よ」
「でも話を聞く限りでは攻撃的な種族じゃないんだよね。だとしたら人間と一緒に生活しても問題なさそうなのに」
人間を食べる訳でもないなら、何を警戒する必要があるのだろうか。不思議そうに首を傾げて考え込むシークに、今度はバルドルがその理由を説明した。
「その辺りの話は詳しくないのだけれど、彼らは身体能力が高過ぎるんだ。そんな彼らに悪意があり、もし武器を手に反乱を起こしたら、人間側は無事では済まない。人間は恐れているのさ」
「仮に俺っちやバルドルが自分で動けるとしたら、人間は危険だと思うだろ? それなら一定の『剣権』を認めて出てこないようにするのはアリだろうな」
シークはバルドルとケルベロスの言葉に、今度はしっかり分かったと頷く。
「でも行くしかないよね。メデューサの事も教えてもらえるかもしれない。彼らに悪意があるなら今頃大変な事になっているだろうし」
「そうね。どこまで本当か分からないけれど、本音を言うなら魔槍グングニルを諦めきれないわ」
「心配しても仕方ねえよ。現地まで行って、自治区に入れる手段探して、んでメデューサ倒してグングニル手に入れて、早々に立ち去る。それ以外に出来る事はねえだろ」
計画を練るのは結構だが、どちらにせよバルドルの情報提供に従うなら、ムゲン特別自治区に入る以外に道はない。
「んじゃ、ママッカ大陸の、とりあえず一番湖に近い町まで、船で移動……かな?」
「私、希望を聞いてもらえるなら……船酔いしたくないから船旅は最短距離がいいんだけど」
「ああ、俺もそれに賛成。鉄道に1票」
ゼスタとビアンカは船酔いしてしまう。そのため船で一番湖の西に近い港町「コヨ」を目指すのではなく、西端の町「ロッシ」から鉄道で最寄の町まで行きたいと主張する。シークは地図上にペンで予定の経路を書き込んでいった。
「ギリングを出て縦断する山脈を越えて……サウスエジン国との国境を越えたらミネア村に到着。ここまでで10日かな。ロッシとランザの定期便に乗るには、ミネアの東のバンガまで街道を4日歩いて、それから南東の半島にあるランザ港まで……5日以上歩くね」
「つうことは、ランザに向かってママッカ大陸を鉄道で縦断するためには、このシュトレイ大陸を出るだけで3週間かかるってことか!?」
「3週間歩きっぱなし!? 流石にそれは無理かも……しかもバンガからランザまで、町も村も1つもない。こう見ると、ジルダ共和国って全体的に村や町同士がとても近いのね」
「流石にこれならバンガの港からママッカ大陸の北に直行した方がいい。反対のエンリケ公国のカインズ周りの船だと……鉄道だけでカインズまで5日、カインズから船で約1か月。うわー時間も距離も無駄だな」
「……バンガからランザまで船で2日、そこから2日でロッシ。多分乗り継ぎの日数を考えると、船での移動が数日短くなるだけで無駄も多い。バンガからママッカ大陸に直接向かうのがやっぱり一番いいね」
「やっぱりそうなるか。仕方ねえ」
次に具体的な行程を打ち合わせるのは、ミネア村に着いてからとなる。3人は持ち物も全てノートに書き出して、万全の準備を整えて解散した。
* * * * * * * * *
「ねえ、バルドル」
「なんだい、シーク」
シークは自室でベッドに寝そべり、バルドルと就寝前に何気ない会話をしていた。
「グングニルは……武器であり続ける事を望むかな」
テュールは盾であり続ける事を望まなかった。そしてアークドラゴンを倒すことにも執着していなかった。
アークドラゴン討伐のために作られたのなら、その目的を果たそうとするはずだ。しかしテュールはガッカリしただけで、使命感は言葉にしなかった。
グングニルも、もしそうだとしたら。
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