Tulle&Gungnir-05
「……」
「え、何か言ってる? こんにちは、テュールさん!」
「ちょっと待て、お前……おい、弱気になるなって!」
「ケルベロス、テュールが何言ってるか分かるのか?」
テュールのすぐ横に置かれたケルベロスが、珍しく慌てている。しきりに宥めるような、努めて優しい声を出す様子は(見た目には何の変化もないが)まるで兄のようだ。
同じく声を聞き取る事が出来たバルドルは、その内容を話して聞かせた。
「封印が解けて目覚めたら、こんな姿になってしまっていた。バスターの役に立てたのは嬉しいけれど、もう盾として存在しているのが恥ずかしいってさ」
「……盾として生まれたのに、こんな使われ方をしたら確かにね」
「まさかバスター証に使われてるなんて思わなかったもんな」
ビアンカとゼスタが申し訳なさそうに、声のトーンを落として謝る。その言葉が届いているのかは分からないが、ケルベロスの宥め方はやや落ち着いてきた。
ランプの灯が照らす保管庫の中、全く動かない盾や武器を相手に、人間4人が話しかけている。とてもシュールなのだが、当人たちはそんな事を気にしていられない。
心配したり、ホッとしたり、謝ったりを繰り返すうち、ケルベロスやバルドルを通じてなら、どうにか話が出来るようになってきた。
「ねえ、何とかして元に戻してあげられるようにするから、一緒に来てくれないかな。バルドル、伝えてくれないかい」
「聞こえていると思う、どうかな」
バルドルがテュールの言葉を注意深く聞き取り、そして1つため息をついた。どうやらあまり良い返事はもらえなかったらしい。
「復元出来ても、回収できない部分があるだろうから完璧には戻れない。守りを司る盾として、妥協や欠損は許されない……だって」
「そんな! 鍛冶師にも聞いてみるし、バスター証に使われたものは出来るだけ回収するよ、どうかな。バルドルとケルベロスの仲間なら、居てくれるだけでも心強いんだ」
伝説の盾の表面だけでなく、やる気まで削いでしまった。女性職員は再度謝る。
「申し訳ございません。テュールさんが意志を伝えられない間、勝手にこのような使い方をした協会の責任は重いですね……。魔石そのものも、もはや伝説となっています。まさか、魔王アークドラゴンが倒されていなかったとは誰も知らなくて」
「あ、そうだ! テュール……アークドラゴンを倒せていない事は知らないんだよね」
シークの声に反応したのか、テュールは再びケルベロスへと何かをボソボソと伝えている。
「シーク、今の言葉でもっとテュールが落ち込んじまった。こんな格好になった上に、当初の目的が果たせていないなんて……だとさ」
「ご、ごめん。でも俺はその時そもそも生まれてないし……もしかして300年経ってるのも、知らないかい?」
ケルベロスにボソボソと伝えたテュールは、通訳のケルベロスによるとそれも知らなかったようだ。
テュールはバスターのために自身の時間を止めたまま、ずっと我が身を削って貢献してきた。同情するビアンカの目からは一筋の涙が溢れる。
「ねえ、テュールはどうしたいのかしら。私達がそれを叶えてあげられるなら、手助けがしたい」
「いい考えだね。テュール、シーク達が君の削られた部分を集めるよう、管理所に掛け合ってくれたんだ。力になれると思うのだけれど」
「俺っちやバルドルもいるからさ! そりゃ今の状態で俺たちといるのは屈辱だろうけど。お前にはいつでも最強で居て欲しいんだ。固い意志はどうしたよ、泣き言なんからしくねえぜ」
ケルベロスやシーク達が親身になって心配してくれている。テュールは人間には聞き取れない程の声で、再びケルベロスとバルドルに思いを打ち明けた。
「えっと、盾として役に立てないのなら、いっそ戦いから距離を置きたいって。残った欠片を集めて、全く別のものになりたい……って言ってるぞ」
「え、別のもの!?」
「戦いから離れるんなら武器や防具じゃなくて……ってことだよな? つっても家具や調度品じゃつまんねえよな」
「いやいや、別のものに生まれ変わるの決定なの!? 盾としてもう一度頑張りたいなら手は尽くすけど?」
「嫌だって言ってんのに、無理矢理連れていく訳にいかねえだろ」
シークが労わるようにテュールを撫でる。それからこんな使い方をしてゴメンと心でそっと謝った。テュールは少し沈黙を続けた後、ケルベロスを通じてシークに語りかけた。
「おいシーク。君には弟がいるんだね、だってよ」
「え!? うんい……るよ。あれ? この場では言ってないはずだけど」
「撫でられた時に感じ取れたんだってさ」
「あ、そっか。君達は触れた相手の考えが分かるんだったね」
シークが一瞬、「弟のチッキーのように、喋る道具を欲しがっている人間がいれば」と考えた事が伝わったのだ。
「喋る
「えっ!?」
「ああ、あれか! シークと一緒にアスタ村を出る時に、チッキーが叫んでいたやつ!」
「うん、あれ本気だからね、もしテュールが本当に盾であることをやめたいのなら応援するけど……」
しかし、再加工されて鍬に生まれ変わるというのは流石にやり過ぎだろう。チッキーなら絶対に大事にするし、畑仕事でテュールがどれだけ汚れようと、やがてチッキーがお爺さんになろうと、毎日一緒のベッドで寝るだろう。
だが、世界を股にかけて大冒険をした伝説の盾を、弟の農具にするのは躊躇われる。
「シーク、テュールは一度シークの弟に会ってみたいと言っているよ。どうかな」
「え、本気?」
「身を粉にして働くのは慣れている……だってさ」
「あ、いや、本当に身を粉にしているから『そうだね』って頷くのはちょっと居た堪れないんだけど……。それに、テュールがあるなんて知れたらアスタ村がとんでもない騒ぎになっちゃう」
「そうね、村に持って帰るのは心配かも。その前に一度武器屋マークに行って、加工が出来そうか聞いてみない?」
「お、そうだな。テュール! 一度鍛冶屋に相談してみようぜ」
テュールはその気になったのか、この保管庫から出て武器屋へと移動する事に同意した。鞄には入らないため、シークが赤い布にテュールを包み直し、胸の前に抱えるようにして持ち上げた。
「じゃあ、テュールはいただいて行きます。その……アークドラゴン討伐の為に譲って貰うって話だったんですけど、大丈夫でしょうか」
「ええ、元々使い道を指定したつもりはありません。何より、今回の話がなければ氷盾テュールは今も削られていたのですから。マスターには私から伝えておきます」
「もし駄目と言われたって、テュールにその気がねえんだから戦いようがないよな。心配すんな、立派な鍬に生まれ変わらせてやるから!」
「気が早いよ……。じゃあ、後は宜しくお願いします」
「残りのプレートが集まったら、またこの管理所で預かっておきますから。時々顔を出して下さい」
3人はオレンジの新しいバスター証を受け取り、保管庫を後にした。テュールが腕の中で「有難う」と言った気がして、シークは心の中でテュールに「助け出すのが遅くなってごめん」と謝った。
「僕よりもテュールに優しいなんて、僕は嫉妬してしまうね」
「堂々としていなよ。俺が君を信頼しているのは分かっているだろう?」
バルドルは飄々とした声で拗ねて見せる。3人は赤い絨毯が敷かれた窓のない通路を抜け、職員用の出入り口へとまわった。
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