Tulle&Gungnir-04



 * * * * * * * * *




 シーク達がギリングを経ってから4日。


 彼らがイサラ村の北でイエティと戦っている頃、各地のバスター管理所には既に新しいバスター証が届いていた。事前告知を見ていたバスター達は、続々と交換に訪れている。


「等級、等級測らせてくれ!」


「いつまで確かめてんだ、未練がましいぞ!」


「なんだと?」


 それと同時にレインボーストーンが交換窓口にも置かれた。今回に限り等級を引き継いでもいいし、「ランクストーン」の結果を採用してもいい。


 自分の実力が分かるだけではない。力や魔力、そして技の精度に頭打ちを感じていた者は等級が上がる可能性が高い。もし実力以上の等級を与えられている事が判明しても、現在の等級は特例で下がらない。


 となれば、殺到するのは当たり前だ。


「ちゃんと並んで下さい! ほらそこ!」


 バスターを稼業としていれば、数ヶ月も管理所に寄らない事はまずない。もっとも、1年に1度は最寄の管理所で記帳をしなければ、資格は一時停止となってしまう。


 3週間以上の告知期間プラス、交換猶予1ヶ月が設けられ、訪れる事が叶わないバスターはそうそういない。


 情報はバスターにとって特に重要な糧だ。それを定期的に仕入れず、仲間内からも手に入れられないとなれば、そもそもの適正を疑われる。バスター自体もそれをよく分かっていた。


「やったわ! 私オレンジよ!」


 新しいバスター証も魔具となっている。だが今度は制御ではなく、能力の付加に特化したのだという。


 力や魔力、俊敏さを向上させる魔法が付与されていて、それぞれが今までよりも若干強くなれる。強化系の魔法が常時弱く掛けられているようなものだ。


 その話が広まると、更に皆が早く交換したいと管理所を訪れるようになる。交換作業は数日で半数以上のバスターが交換を終える程に順調だった。


「やだあ、私変わってなーい!」


「俺もブルーのままか、悔しいぜ……ほらクエストだクエスト! 上目指すぞ!」


 昇級出来る者も出来ない者も、今は一様にやる気に満ち溢れている。レインボーストーンの無形効果は計り知れない。


 シーク達がイサラ村を旅立つ頃、管理所は交換のピークを迎えていた。


「ギリングに戻ったら氷盾テュールとご対面か。まさかテュールを使ってバスター管理をしていたってのは考えもしなかったけど、どれくらい原型を留めているんだろう」


「大森林みたいな所でバスターが亡くなって、回収できない部分もあるのよね。また盾として活躍させてあげられるかな」


「そうだな。それにしてもテュール自身は嫌がったりしなかったのか? バルドルやケルベロスはちょっと針が触れただけで、ギャアギャア騒ぐってのに」


「拷問にちょっともたくさんもないんだ。君達も拷問を受けてみてはどうかな」


「まあ俺っちがそうだったように、4魔の封印が解けているなら喋ると思うぜ。ただあいつは献身的だから納得してるんじゃねえかな」


 このパーティーで盾を使う者はいないが、仮にテュールが納得していたとしても、放ってはおけない。新しく仲間を募る事も視野に入れながら、シーク達3人はギリングの門をくぐった。


「はあ、私緊張してきちゃった。それと、削られ過ぎて無残な姿になっていたら……私泣くかもしれない。考えただけで可哀想」


「バスター証は使いまわしているとして、全世界で何千人ものバスターが毎年誕生してるんだ。半数以上が3年以内に辞めてると言っても……現役バスターが何万人もいるんだよ? 殆ど原型は残ってないんじゃないかな」


「わー駄目だ、俺もそういうの聞くと泣きそうだ。なんとか元に戻してやれねえかな」


「仮にバスターの数が5万人として、この白いプレートは……3ミリ(ミリ=ミリメーテの略)の四角、多分凄く薄いから0.1カラット(1カラット=0.2グラム)もない。テュールの重さは分からないけど、2キログラムくらいあったとしたら半分は残っているかも」


 馬車が管理所の前に着いた所で3人はお金を払い、駆け込むように管理所の開きっぱなしの入り口から受付に向かった。


 交換が始まってから1週間。早くも世界で7割程のバスターが交換を終えている。ギリングの管理所は想像よりも人が少なかった。


「あの……すみません」


「はい……あっ! イグニスタさん、ユノーさん、ユレイナスさんですね! ようこそ、お待ちしておりました。念の為、バスター証の裏の番号を確認させて下さい」


「あ、はい」


 若い女性職員が番号をノートで確認した後、3人を職員しか入る事が出来ない扉の向こうへ案内する。シーク達の登場にざわつく管理所内の者達も、流石にそこまでついてはいけない。


 赤い絨毯が敷かれた窓のない通路の先には、とても重たそうな鉄の扉があった。ギギッ……キキッと鉄が擦れるような音がしてレバーが下がり、扉が内側に押し開かれる。


 職員は中へ入り、暗いその部屋に3人を招き入れた。


 中は防虫のためか、薬草や木の香りが漂っていた。窓がない部屋にしては空気も澄んでいる。職員が近くのランプをつけると、中の空間は結構な広さだった。


「あの、ここは……」


「当管理所の保管庫です。こちらの木箱の中に、氷盾テュールが入っています」


 職員が大きい木箱の蓋を開け、赤い布に包まれた物体を取り出す。木箱の蓋を閉めてその包みを上に置くと、丁寧に布をめくっていった。


「わぁ、綺麗……! 真っ白、真ん中の赤い宝石は何かしら」


「見たところ、そんなに削られてねえ……よな」


「これが、氷盾テュール……」


 包みの中から現れたのは、真ん中に赤くまるい宝石が埋め込まれ、上半身程度ならすっぽりと隠れそうな大きさの盾だった。真っ白な下地に蔦のような彫刻がなされ、その部分が水色に輝いている。


 削られた端の方が幾分ギザギザになっているが、それでも美しいと思えるデザインに、3人は見とれていた。


「これなら修復できるんじゃないかな、すぐにでも使えそう」


 シーク達が思っていた以上にしっかりと原型を留めている。しかし、バルドルとケルベロスはそう思ってはいなかった。


「いや、もうテュールは本来の頑丈さを発揮できないと思うよ」


「ああ、裏返してみろ、裏を削られてやがる」


「えっ、裏?」


 シークが職員の許可を貰い、テュールを裏返す。すると持ち手の部分を除いて裏はかなり抉られていた。


「こんなに薄くなっては使えない。僕の刀身よりもうんと薄くなっていて、これじゃあガードは無理だ」


「おまけに、削られた部分がある程度戻って来ないと喋れねえみたいだな。おいテュール」


「そんな……。あの、テュールは喋りませんでしたか?」


「いえ、協会本部は言葉を聞いたことがないとの事でした」


 シーク達はガッカリしたように肩を落とす。バルドルは肩を叩いて慰める代わりに「ぽん、ぽん」と叩く音だけを声で真似して励ました。


「アダマンタイトを扱える職人に預けよう。削られた部分をある程度集めて再度作り直して貰えば喋ると思う。術式が彫られた部分が無事だからね」


「ほんと? 良かった……扱える人を見つけて活躍して貰わないといけないもんね」


「あの、ギリング、リベラ、首都ヴィエスで交換された分のプレートがありますので、宜しければその分だけをお渡ししましょうか」


「あ、はい!」


 女性職員が近くの棚から小さな麻袋を取ってシークへと渡した。中には白く小さいプレートがぎっしり詰まっている。


「100グラムくらいかな。全然足りないけど……ひとまず復元に1歩前進だね」


「待った! ……その袋をもっと近づけろ、テュールが何か言ってるぜ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る