Tulle&Gungnir-03
* * * * * * * * *
「あーん、もう帰りたい、足疲れたぁ!」
「ねえ、ビアンカそれ毎回言ってるけど……笑うとこ?」
「違う本心! 別に冗談で言ってる訳じゃないし!」
「本心なら本心で問題だろうがよ」
ギリングを出て3日。日差しは強く、厚い雲は見えるがこの一帯の空に掠るつもりはないらしい。
爽やかさを失ったこの季節に、バスターの格好はかなり体力の消耗を促す。
「シーク、ちょっとエアロで風起こしてくれ、暑い……」
「私も魔法が使えたらなあ。あ、どうせならアイスバーンも一緒に唱えて!」
「……2人共、イエティのコールドブレスでも吹きつけられたらいいよ」
魔法が使える世界でも、結局魔法が使えたらいいな、魔法を使えたらどれだけ楽が出来るかと考える思考は変わらない。ビアンカとゼスタに魔法の才能があったとしたら、どんな自堕落な生活を送る気だろう。シークはため息をついて魔法を唱えた。
「アイスバーン! ……エアロ!」
シークの魔法によってその表面が凍り、更にそこに風が吹くことでひんやりとした気持ち良さが駆け抜ける。
「あー、天然の冷気、涼しい~!」
「いや、思いっきり人工だけど。俺の頑張りだけど」
しばらく涼んでは再び歩き出す事を繰り返す。こんなペースだからかイサラ村はまだまだ遠い。
岩石の荒野には時折バジリスクという硬いトカゲ型のモンスターが出る。その他、胴体の模様で岩石に擬態するドットスパイダーなど、乾燥に強いモンスターが現れやすい。
と言ってもシーク達にとっては何の脅威にもならない。バルドルに至っては、とても……個性的な歌を歌いながらモンスターを斬り裂いている。2か月前の戦闘とは全く違う。こんなにも弱いのかとビックリする程に手ごたえがない。
ただ、その中でシークの魔法だけは然程威力が変わっていなかった。
「シーク。僕が思うに、そろそろ魔術書を買うべきだと思う」
「え? あ……うん、そうだね。この魔術書じゃ難しい魔法には耐えられないし。でも、形見で貰った魔術書だよ? 簡単に乗り換えられないよ」
「魔術書にページの継ぎ足しをしてはどうかな」
「継ぎ足し……そうか! ギリングに帰ったらそうしよう。有難うバルドル」
「どういたしまして。天鳥の羽毛クッションをくれた君に『
「……?」
バルドルが何と言ったのか分からず、シークは首を傾げる。
「……ふう、訂正はカッコ悪いのだけれど仕方ない。『一矢報いる』のつもりだったのさ」
「あー……いや、一矢報いるって恩を返すって意味じゃないよ」
「えっ!? アルジュナに教わったのに! 今度会ったら文句を言わなくちゃ」
「アルジュナって炎弓アルジュナか。そういえば、グングニルとアルジュナって何処にあるんだ? メデューサとキマイラの居場所はどこ?」
ここから一番近いのはヒュドラがいるシュトレイ山だが、出来ればビアンカも伝説の武器を取ってからがいい。とすると、次はグングニルを封印に使ったメデューサ、その後でヒュドラかキマイラを相手にするのがベストだ。
「グングニルは東の大陸だね、この大陸じゃないんだ。ギリングでテュールを受け取った後、東の山脈を越えるつもりならちょうどいい」
「なあバルドル。メデューサって、見た奴を石にするって本当か? そんなだったら倒せねえぞ、バルドルとケルベロスは無事かもしんねえけど」
「本当だけれど大丈夫だよ。石になったりはしない。麻痺するだけさ」
「いや、どのみち無理じゃねえか」
メデューサ戦は厄介な事になりそうだ。3人は麻痺にどう対抗すればいいのかと悩みながら、イサラまでの道のりを急いだ。
* * * * * * * * *
目下に広がる荒野、岩だらけの斜面。シュトレイ山に続く山道は以前訪れた時よりも人の往来が多かった。
村の住民の話によれば、レインボーストーン採掘の作業員が護衛付きで山を越えているらしい。確かに、大森林を通るのはあまりにもリスクが高い。
一般の登山や観光の客だけでなく、バスターもイサラ村からレインボーストーンのある洞窟まで何班かに分かれて往復している。おかげで、宿に泊まろうにも部屋がない。3人は肩を落とし、どうやって夜を過ごすかを考えていた。
「困った、また山の中で野宿?」
「暇つぶしに戦いに来ただけだし、ギリングに戻ってもいいんだけど」
「ん~……ないものはどうしようもない。とりあえず戦おうよ」
流石に雪は標高の高い所しか残っていない。そんな中でも少し街道を外れるとすぐに雪男の異名を持つイエティが見つかり、シーク達は武器を構えた。
「久しぶりのイエティだね、前より戦闘時間を短縮できるといいんだけど」
「よし、俺から! 行くぜケルベロス!」
「おうよ! 下から上に斬る事を心掛けろ」
イエティは胸の前で拳を2回合わせて戦意を見せ、ドシドシと走り寄ってくる。
ゼスタは長く白い体毛を揺らして迫る巨体にも怯まない。イエティの目の前で高く跳び、宙でくるりと前転をしながら後頭部をケルベロスで斬りつけた。
「二段斬り!」
「ウオォォォ! グゥゥゥ……」
以前なら、長い毛の斬撃耐性のせいで傷をつけるのも一苦労だった。今はしっかりと皮膚や肉を斬り裂くことができる。ただイエティもやられる一方ではない。頭の白い毛を赤く染めながら、背後に着地したゼスタに振り向き、拳を落とす。
「ガード! 耐えてくれケルベロス!」
「おうよ!」
「ヤァァァ! フルスイング!」
「ギャァァアア!」
「いける! 今度はシークに攻撃を任せなくても打撃を与えられるわ!」
ビアンカが槍を振りかぶり、思いきりイエティの左足めがけて足払いをする。超高速のフルスイングだ。ケルベロスを持つゼスタ程ではなくとも、しっかりとイエティに効いている。
体勢を崩したイエティは、痛む左足と反対側に重心を預けてバランスを取ろうとする。しかし前からゼスタが、背後からビアンカが、そして右側面からはシークが容赦なく攻撃を仕掛ける。
もはやイエティに避ける隙も防ぐ手段もない。
「十字斬! そのままガードする!」
「スパイラル!」
「いくよバルドル! 一刀両断!」
「はいそのまま二撃目で斬り上げる」
「ファイアー……ソード!」
ゼスタが正面から十文字を描くように斬り付け、右拳での殴打をケルベロスで防ぐ。その瞬間にビアンカがイエティの背中を狙う。ビアンカが槍を高速で捻りながら突くと、シークがイエティの右脚を刎ねるため、バルドルを水平に振り切った。
シークは遠心力で一回転しながらイエティの左前方に回り、そこから脇腹を狙う。
「ヴオォアァァァ!」
ファイアーソードによって、イエティが炎に包まれ苦しそうに暴れる。その間にもゼスタが体中を深く斬りつけていく。緩慢な動きで腕を振り回すイエティの攻撃など、全く当たる気配がない。
「調子いいじゃねえか! おっと、左手もうちょい立てろ、顎狙え顎を」
「ゼスタ! おかげで十分溜められたわ……有難う! 破ァァァ……エイミング!」
力と気を込めたビアンカの槍がイエティの背中から胸を貫く。イエティの動きが一瞬止まったところへ、既にバルドルを振り上げていたシークの一撃が襲う。
「これで終わり……エアリアルソード!」
「ブ……ブブッ……」
イエティが音と土埃を上げながら倒れ、3人は後ろへと飛び退いた。倒すための時間は以前よりも大幅に短縮され、僅か2分程しか掛かっていない。
「やっぱ、実力上がってるな! よっし、ゴウンさん達との特訓の日々は無駄じゃなかったぜ!」
「私も、この槍でイエティを貫けたわ! 前は矛先が埋まるかどうかだったのに」
「ん~、無駄なものと言えば、目の前に1つ転がっているね」
「ふう……何か駄目なところがあったかい、バルドル」
「暑いのならイエティのコールドブレスで『寒を取る』チャンスだったと思うのだけれど」
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