Tulle&Gungnir-02
* * * * * * * * *
管理所に事情を話し、最新の記帳を伏せて貰ってから1週間。
3人は低難易度のクエストを1日1つだけこなして食費にしつつ、武器屋マークの夫妻の世話になっていた。
『ゴウンのボウズと知り合いになったか』
『はい。俺達の防具を作ってくれたのが、まさかビエルゴさんだったなんて』
『うちは鍛冶兼商店だけど、年寄りが作ったとなればやっぱり若い子は……ねえ?』
『余計な事は言わんでいい。それよりお前達、聖剣バルドルだけでなく冥剣ケルベロスも見つけたとはの。追っ手が来るのも当然だ』
『勲章……1つ星バスターになるなんてね。あんた、匿っておやりよ。お金や脅しで若い子から物を取り上げるなんて、大人が守ってやらなくてどうすんだい』
『そうだな、家は狭いが倉庫を使わせてやる。飯も風呂もトイレも心配せんでいい』
ゴウンに言われた通り、困っていたシーク達は武器屋マークを訪ねた。
ビアンカの家には流石に押し寄せなかったが、シークとゼスタの実家には以前から引き抜きやバルドル狙いで時々訪ねてくる者がいたらしい。実家に帰れば更なる混乱を招きかねず、実家に滞在する事はリスクしかない。
しかし宿屋に泊まれば遅かれ早かれ目撃情報が回り、首都のような事になってしまう。ビエルゴ達の申し出は本当に有難いものだった。
シーク達が主に寝泊まりするのは装備が置かれた倉庫だ。装備のための換気も万全。寝泊まりするだけならとても快適な場所だった。
「しっかし勲章持ちのバスターが、倉庫住まいか……」
「ゼスタ、俺……朝起きたら勲章とかレインボーストーンとか、冒険とか、全部夢だったりするんじゃって思うんだ」
「起きたらまだ学生で、普通に学校行く時間だったりしてな。けどケルベロス達は武器に囲まれていいんじゃねえか?」
「別に、武器同士だから何だって事はねえな」
「君は、喋りもせず微動だにしない人に囲まれた時、嬉しくて和むのかい」
「そりゃ……まあ、そうだな」
ゼスタが苦笑いし、そっと倉庫の窓から外を覗く。
ウォータードラゴン討伐の際に居合わせた者達は、シーク達の事を方々で自慢気に語っている。勿論そこに悪意はなく、話はギリングにも誇張が過ぎる程大々的に届いていた。おかげで今は息抜きの散歩すらままならない。
「午後に勲章を貰ったら、一度イサラ方面に行かない? もう周囲のクエストだけやるのも飽きたわ」
「そうだな。行ってみようぜ」
「やったね、ようやく僕達の出番のようだ」
「おう、しかも俺っちは革製のケースまで買って貰ったんだぜ! 楽しみだ」
「その無駄にフッカフカのクッションの上から意気込みを語られても、全然説得力ないんだけど」
シーク達はいつものように倉庫から店に出て、コソコソ管理所へ向かう。勇敢な若者とは思えな程挙動不審だ。普段は顔を隠し、1人だけが管理所に入る。今日はこれでもまだ堂々としている方だ。
「……おい、あれ、あれ! シーク・イグニスタとゼスタ・ユノー! 伝説の武器の奴だぜ!」
「やっぱユレイナス商会の令嬢だ、間違いない! ビアンカ・ユレイナスだ!」
「あいつらギリングに居たのか……、伝説の武器を奪おうと血眼で探してる奴がいるってのに」
今では呼び名が「伝説の武器の奴」である。若干ムッとしながらもシーク達は受付で名乗り出た。
流石にこんな所でシーク達に殺到すれば、バスター協会に目を付けられる。それが分かっているのか、幸いにも聖剣を手に入れたい者も近づいては来ない。ただマスターが現れてシーク達がロビーに一列に並ぶと、その場にいる者も流石に何事かと騒ぎ始めた。
シーク達が1つ星バスターとなった事は、明日以降各地の管理所の掲示板に貼りだされる予定だ。周囲の者は、今から勲章授与があるとは露ほども思っていない。
掲示板に貼られた「全バスターに告ぐ、バスター証回収・交換について」の発端がシークである事も知らないだろう。
おまけにリベラでは2日前に例の記念式典が行われていた。シーク達がいない事で町長や職員に詰め寄る者もいたそうだが、本人同席とは謳っていない。
しかも、エバンもカインズもリベラの動きで察したのか、今度の休日には「あのウォータードラゴンを倒した勇敢なバスター」への感謝祭がある。当然、シーク達は参加しない。
もはや本人がどこにいるか、いないのかの見当が全然つかない。ギリングを探し回る者も2日前がピークだった。
「シーク・イグニスタ。ウォータードラゴン討伐戦に貢献、大森林での人命救助、並びにゴーレム討伐、レインボーストーンの発見。これらの功績を認め、バスター勲章を与える」
「はいっ!」
シークが一歩前に出て少し頭を下げ、マスターから首に勲章を掛けられる。勲章と聞いて周囲がどよめいたのは言うまでもない。
続いてビアンカ、そしてゼスタに勲章が贈られた。3人に1つ星バスターとしての称号が与えられると、驚きながらも拍手が沸き起こった。石の壁や床は音をよく響かせ、外を歩く者は何事かと管理所へと顔を向けた。
「私まだ全然実感ないんだけど……」
「勲章が貰えるって、凄い事なんだよね」
「賞状のメダル版だろ? まあ、貰っておこうぜ」
少なくとも3人の中身は変わっていない。勲章授与を終えたマスターは、いつもの少し頼りなさそうで温厚な笑顔に戻り、周りにも聞こえるような大きな声で話し始めた。
「最近、この3名を勧誘、もしくは武器の譲渡を要求して追い回す者がいるそうです。管理所にも話は入っております」
マスターがあからさまに周囲へ呼びかける。数人がビクリとしたという事は、シーク達を狙っていたか、情報を誰かに伝える気でいたのだろう。
「シーク・イグニスタ、ゼスタ・ユノー、ビアンカ・ユレイナス、3名との装備交換や金銭による譲渡依頼、パーティー勧誘、これらは一切禁止とします」
「えっ!?」
周囲のバスターの中から驚きの声が漏れた。まさか管理所から止められるとは思っていなかったようだ。
「勲章を持つバスターは、バスター協会の名誉職扱いとなります。すなわち、協会本部の職員と同等の身分となります。お分かりですね?」
居合わせた者達はその意味に気付いたようだ。中にはこれが終わればパーティー勧誘や、バルドルをくれと持ちかけるつもりだった者もいる。シークはバスターの規約を思い出していた。
「そうか。職員の人と個人的なお金や物のやり取りをしちゃ駄目なんだ」
「ってことは、少なくともバスターから追われる事はなくなるのね!」
「そうだな。金持ち連中は分かんねえけど、俺達の装備や勧誘を目的とした金持ちに雇われるのも駄目。ハァ、ようやく落ち着けるのか」
エバンの管理所は、こうなることが分かっていたのだ。有名なバスターには個人的な報酬の持ちかけなどが多い。勲章を与えることで、シーク達は管理所側の者となる。そうすれば規則で周囲を牽制できる。それを見越していた。
「良かった、これで逃げ回る日々から解放される! その、有難うございました!」
「シーク、けれどこれで終わりじゃないと思うよ」
「どういう事?」
「バスターを辞めてもいいと思える程の対価を用意されたなら、君達を脅す可能性はあるって事だ」
「成程ね」
素直に称えてくれるバスターと、悔しそうに見つめるバスターに囲まれながら、3人は恥ずかしそうにその場を後にする。
いずれ通達も行き届き、追い回される事はなくなるはず。後はバスター証回収があらかた澄んだ後でテュールを受け取るだけだ。
「じゃあ、ビエルゴさんに挨拶したら、イサラ村まで行こうか」
「おう!」
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