【9】Tulle&Gungnir~追われる者に新たな武器を~
Tulle&Gungnir-01
【9】
Tulle&Gungnir~追われる者に新たな武器を~
身を潜めるようにして汽車に揺られ、3人と武器達はリベラの町に辿り着いた。
リベラはギリングよりもやや気温が高く、西部から移動してくると晴天の日差しがきつい。
風薫るアスタ村や、山からの風が心地良いギリングとは違い、町の外の大地は草もまばらだ。おかげで歩きやすく、自然災害も少ないが、あまり豊かな土地とも過ごしやすいとも言えない。
と言ってもジルダ共和国自体が世界の北に位置するため、赤道付近の国に比べたら夏だけは随分と楽なのだが。
「あっつ……バスターにとって夏と冬は地獄だな」
「そうね。学校の制服に暑い寒いと文句を言ってた頃が懐かしいわ」
「エバンって、そう考えると今が一番過ごしやすいんだろうね。ギリングの穏やかな季節ももう少しで終わるし、タイミングが悪かった」
「さ、騒ぎになる前に町長にレインボーストーンを届けるぞ」
「うん」
リベラの役場へ向かうメインストリートは栄えているが、首都には遠く及ばない。
主な通りだけに敷かれた石畳、首都より低い建物。比べる対象が出来た事で、シークはどれほど世界が開けたのかを実感していた。
幸いにも嗅ぎまわる者には出会わず、町役場ではすぐに応接室へと通された。シーク達は町長と向かい合ってソファーに座り、レインボーストーンを膝程の高さの低い木製テーブルの上に1組並べた。
「こ、これが……」
「はい、レインボーストーンです。これは勿論お渡ししますが、バスター管理所にも渡しています。近々レインボーストーンを用意して、正確な力を量れるようになります」
「なんと、そうですか! それは良かった、これで無謀な若者が命を落とすことはなくなります」
小太りな町長は、おでこの汗を拭きながらホッとため息をつく。行方不明者があまりにも多ければ、町として独自にバスター志願者を選別するなど、様々な手を打つ必要があると思っていたのだ。
一般的に入学時の選抜試験はない。殆どの職業校は能力がなければ卒業できないという実力主義である。入学時から制限を設けたなら、どんな反発が来るか。町長は頭を悩ませていた。
そんな町長の気持ちを知ってか知らずか、ゼスタが1つ忠告をする。
「あの、町長さん。多分ですけど、レインボーストーンの事がなくても無謀な奴は他の対象を見つけますよ」
「えっ?」
「危ないけど宝が手に入る、見た事のないモンスターが現れた、そんな情報が入れば行きたくなるものです。このところはそれがレインボーストーンだった、それだけだと思います」
「ああ、それはゼスタの言う通りだな。俺っちやグングニルを見つけるために、色んな所を回ってる奴も……」
「い、今の声は」
町長は急に聞こえてきた少し低く枯れた声に驚く。
「ああ、こいつです、冥剣ケルベロス。レインボーストーンがあった洞窟で見つけました」
「冥剣ケルベロス……そうですか! 双剣士デクスの……あなた達はもう伝説の武器を2つも」
「おうよ! んで、さっきの続きだ。あぶねえ芽を摘むのも大事だけどよ、やっぱ適性のねえ奴が何でも出来るって状態に手を打つべきだぜ」
「……そうですね。職業校への入学、授業や卒業の条件を見直すべきかもしれません。分かりました、皆さんの言うことであれば、私も皆や各学校に伝えやすい。有難うございます」
「俺達も、危ない所をゴウンさん達に引き留められました。だから今もこうして旅が出来るんです」
ゼスタの言葉に町長が頷き、応接室の外へと顔を出して職員を呼ぶ。十秒と経たずに女性職員が四角いお盆を持って現れた。
「危ない依頼を引き受け、しかもこうしてお願いしたものを持って帰って下さった謝礼です。どうか、お受け取りを」
「え、こんなに沢山……いいのですか?」
「はい。これは捜索隊の派遣費用と、エバンの管理所へクエストを出すための手数料と報酬だったのです。受け取って下さい」
袋は明らかに厚みがある。シークが受け取った革袋をそっと開くと、そこにはお札の束があった。
「えっと……どうしよう」
シーク達はその報酬額に戸惑いながら、互いの顔を見合わせる。正直な所、お金があればあるだけ助かる。だがこうも無条件に信頼と好意を向けられると、悪い事などしていないのに心が痛む。
シークは少し考えた後、町長に1つのお願いをした。
「あの、このお金……頂けるのは有難いのですが、今ここで使わせて貰えませんか」
「どういう……事でしょうか」
「このお金で俺達の帰還と、レインボーストーンが見つかった事を記念する、式典を開いて欲しいんです」
「式典、ですか」
シークの申し出に、町長は意味が分からず聞き返す。
「そのままの意味です。ただし、俺達はその式典に参加しません。参加するとも、しないとも言わずに小さなもので良いので式典を」
「も、もちろん式典を開くことは賛成です。しかし、そこにあなた達が参加しないというのは何故……」
「えっと、それは僕とケルベロスが追われているからさ。そうだよね、シーク」
「ああ、その通りだよ。数日間だけ追っ手の足止めをして欲しいんです」
「そう、僕達は逃亡の『刀身の上』でね。困っているんだ」
シークはバルドルを狙う者達に迫られた事、首都ヴィエスから逃げるように旅立った事などを町長に話した。
鉄道で1本のリベラなら、追っ手も明日のこの時間にはリベラに着いてしまう。そこからギリングへ向かうとして、結局は1日の差でまた囲まれる。
ビアンカとゼスタはギリング出身、そしてシークはアスタ村出身。このパーティーがなぜエバンを出てヴィエスに寄ったのか。それは帰郷しかないと誰もが思うはずだ。
ただ、シーク達がレインボーストーンを探すためにエバン、そして大森林を歩き回っていた事まではまだ知られていない。そこでそれを利用するのだ。
実はリベラに用があったのだと見せかけ、行方をくらます。あとは勲章授与の日が決まるまで、追手を退ける事が出来ればそれでいい。
「分かりました、ここは皆さんに協力しましょう」
「有難うございます! ゼスタ、ビアンカ、いいよね」
「うん、賛成。それでいいわ」
「そうだな、その間に別の町に行ってもいいし」
シーク達と町長は式典の内容を打ち合わせ、そしてわざと色々な場所からリベラに人が集まれるギリギリの日程を確認する。
その式典の当日、シーク達はギリングにいるだろう。勲章授与の日が決まれば、それまではイサラ方面へ、まだ決まらないようなら東の山脈を越えて別の国へ。
一通りの話が終わると3人は役場を出た。そのまま馬車を拾い、早々にギリングへと向かう。3人にとって、約2か月ぶりの帰郷である。
「シーク、よく考えたな」
「ほんと。お金は正直惜しかったけど……暫くバスター稼業に専念すればいいのよね」
「おとり名人はビアンカじゃなくて、おとりを使うシークの方だったんだね」
「その嬉しくない称号はそろそろ返上するよ」
ギリング周辺は草が生い茂り、木もまばらに生えている。懐かしい町の外壁が見え始めると、3人は馬車の幌の横から顔を出し、進行方向を見てはしゃぐ。
「久しぶりだわ! 家に帰る余裕あるかな」
「まだ追手が来てはいないから、明日の午前中までならなんとかなるだろ。シーク、明日の昼に管理所に集合でどうだ?」
「そうだね。リベラで式典があるって告知されたらそっちに注意も向くだろうし、ギリングに着いたらいったんみんな家に帰ろうか」
「えっと……僕はシークの家に遊びに行っても?」
「俺っちはゼスタの家に着いてくぜ、いいよな?」
一応の礼儀だと思ったのか、武器達は律儀に確認をする。バルドルとケルベロスの今更な言葉に、シークもゼスタも笑って招待すると伝えた。
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