Breidablik-14
店員に会釈をし、シーク達は4階までの階段を駆け上がった。軽々と1段飛ばしで速度を落とすことなく、息もきれていない。
ただ、フロアを走り回るのは流石に躊躇われた。布地や革製品を扱うコーナーを目指す途中は、調度品や宝石、時計などの高級品が飾られたショーケースの脇を通り過ぎる。もし転んで壊しでもしたら……。
「ゼスタ、あった! 天鳥の羽毛を使った極上のブランケット……え、10万ゴールド!?」
「いや、それは違うんじゃないか? こっちの分厚い方のだろ。天鳥スモールフェザークッション、ダウン20%……カバーまでスモールフェザーだってよ」
「ちょっと、これ明らかにバスターが持つようなものじゃないよ! 持ち運びは……専用圧縮袋、ああ、コンパクトになるのか」
「そんなことより値段見ろって。15万ゴールド、2個買ったら30万ゴールドだぜ? シークお前、これ買ったら魔術書買えねえぞ」
2人はまさか、本当に一流ホテルの一泊の半値もすると思っていなかった。バルドルとケルベロスが熱望しているものは目の前だ。しかしポンと出せる金額ではない。
「そうなんだよね。オレンジで流石にグレー等級の魔術書ってのは……いくら頂き物でもちょっとまずいよね」
1メーテ×30セルテ(セルテはセンチメーテの略。1メーテ=100センチメーテ=100センチメートル)で大きさはちょうどいい。
だが、共同で使えと言えばブーブー文句を言うだろうと容易に想像できる。シークは近くの店員を呼び止め、詳しく尋ねることにした。
「すみません、このクッション……」
「はい? ああ、天鳥のクッションですね。お買い求め……ですか?」
半袖シャツ姿の少年2人が買いに来るような代物ではない。シークより5歳ほど年上に見える女性店員は怪訝そうな顔をしたが、それでも説明を続けてくれた。
「それは高い山が連なるマガナン大陸キール地方に住む貴重な天鳥、キールバードの羽毛を使ったものです。天鳥の種の中でも一番羽が豊かで柔らかいのですが、生息域は人間が活動するには空気が薄く、滅多に入手が出来ません」
「そっか、そこで掴まえなきゃいけないだもんね……」
「いえいえ。春に1回、天鳥は暑い羽毛を『脱ぐ』のでそれを集めます。希少な鳥を羽毛の為に捕まえたり殺したりはしません」
「てことは、要するに滅多に売られてない……ってことですか?」
店員は、うっすらと乗せた化粧の上からも分かる程頬を染め、少々興奮気味で2人に力強く頷く。
「こちらの商品、先週7つだけ入荷しまして、ジルダ国内で買えるのはおそらくここだけです。残りの在庫はこの見本を入れて3つ、次の入荷は未定です。おそらく来年かと」
「ゼスタ、お金はまた稼げる。バルドルとケルベロスのあの期待を思い出してよ、今更買わないなんて言えないよ……」
「そうだな、あいつら本当に欲しがってたもんな。金は稼げるし、等級は上がったし、あいつらのお陰でもあるし……買うか! それにあいつらの大合唱を1年聞き続けるなんて御免だ」
シークとゼスタは店員に2つ買いたいと申し出た。驚きを見せる店員に苦笑いし、奥のストックヤードから2つのクッションが届くのを待つ。
「あの、お会計は一緒で宜しいですか? 1つ15万ゴールドですが……本当に大丈夫でしょうか」
「あー……はい。俺達バスターなんです。お金はあります」
バスターがこんな店で高級品を買うことなどあるだろうかと、店員はいっそう訝しむ。風貌は金持ちの子供とも思えない。
おまけに店員の知っているバスターは、若いうちからこんな贅沢などできない。装備のために金を貯め、僅かな蓄えで食いつなぐのが精一杯だ。
「……ごめんなさい、こんな事を訊くのは不躾だと分かっているんだけど、ちゃんと自分達で稼いだお金よね? 未成年には名前と年齢、住所なども確認する事になっているし」
「も、勿論です! あの、これ、バスター証です。バスター証って、分かりますか?」
「ええ、うちの母も若い頃はバスターだった……って、オレンジ!? オレンジって、母が引退した時の等級と一緒じゃない! どういう事……」
多少の知識があるのか、店員は目を見開いて驚く。シーク達は確かにオレンジ等級である事、バスター管理所に問い合わせてもらえたら分かる事などを伝えた。
「アスタ村大字ギアト丙13……それとギリング町ウェイスター通り830番地6……分かりました。シーク・イグニスタ様、ゼスタ・ユノー様。2つで30万ゴールドです、宜しいですか」
「はい!」
店員は念のため管理所へ問い合わせの電話を入れた。そして2つの紙袋にそれぞれ1つずつ、丁寧に麻の布で包んだクッションと圧縮袋を入れた。
「お買い上げ、誠に有難うございました。またのご来店をお待ちしております。その……」
「はい?」
「あの、無理はしないでね。うちの弟、バスターになってすぐ行方不明になって……3か月近く前に遺体が見つかったと連絡があったの。ギリング町近くのオーガの寝床で白骨化していた所を、若いバスターのパーティーが見つけてくれたって」
「もしかしたら、あの時の」
シークは女性を救出した洞窟を思い出した。あの時の遺体の中に、目の前の店員の弟が含まれていたのだ。
「……無理はしません。有難うございました」
シークとゼスタは店員にさようならと声をかけて宿へと戻る。
「……家族が悲しむことなんて、考えてもなかったな」
「そうだね。危険なのは覚悟の上だけど、覚悟しているのは自分だけなんだよね」
店員の寂しそうな顔を思い出しながら、2人は宿へと急ぐ。
そこには多くの客が押し寄せていた。が、いたのはバスターだけではない。
身なりの良い男、モデルのように着飾った女……。2人はおよそ泊まりに来たとは思えない集団に首を傾げながら、階段を上って部屋に入った。
都会の宿で女1人が部屋に泊まるのは心細いため、今回は3人一緒の部屋だ。ビアンカは帰ってきた2人に対し、早く宿を出た方がいいかもしれないと伝えた。
「え、どういう事?」
「管理所にどこからか問い合わせの電話があった時、職員の1人が興奮気味に聖剣バルドルの持ち主の子が来ている、って言っちゃったらしいの。それを聞いたバスターと、騒ぎを知った金持ちが……」
「ああ、そういう事か……え~、困ったなあ、どうしよう」
「装備を脱いでいたから気づかれなかったのか。汽車の時間って分かるか? あの調子だとカウンターのおっさん達じゃ防げねえぞ」
「まさか私達が大森林を拠点にしている間、こんなに有名になっていたなんて」
他のバスターや金持ち達は聖剣バルドルを譲って貰おうと、3人の動向を注視していたのだ。
「ところで袋を持ってるって事は、ちゃんと買えたのね?」
「あ、そうだった。ほらバルドル、ケルベロス、お土産だよ」
「僕たちに? ……まさか! ちょっと、え、本当に買ってくれたのかい!? 至れり尽くせりで申し訳ないのだけれど、早速紙袋から出して、僕の下に敷いてくれても?」
「うん、歩いて来いなんて言わないよ、バルドル」
「ケルベロスのもあるからな。1本ずつに1個って訳にはいかなかったんだ、悪い」
「な、何が悪い事なんかあるかよ! 十分だ、俺っちも早くその上に!」
紙袋の中身に気付き、武器達は本当に飛んだり跳ねたりするのではないかと思う程大はしゃぎだ。シークとゼスタはフカフカのクッションを与え、その上に置いてやる。
「ああ、この『刃触り』ってば柔らかくて気持ちがいいよ! 本当に有難う、僕はこんなに『幸せ剣』でいいのかな。ああ、でももう『柄』放せない……」
「この滑らかな感触と、適度に沈み込むふかふか、堪らねえ! ああ俺っち本当に拾われて良かった! 幸せ!」
「ほんっと、武器って何に重きを置いてんのか、わかんねえなあ」
「モンスターを斬り倒すその身で、クッションの肌触りを語られるとはね」
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