Breidablik-13



「シークはパープルのバスター証を貰わなくて良かったの?」


「うん、まだまだ経験が足りないし」


 魔法だけでモンスターを倒した事はない。シークがここまで成り上がる事が出来たのは、殆どが魔法ではなく剣術、とりわけバルドルのお陰だ。それはシーク自身がよく分かっていた。


「やあ、おめでとう。もう俺達が戦闘経験を積ませるというのも十分かもしれない。無茶さえしなければもう立派なバスターだ」


 ゴウンがシークの肩を1回強めに叩いて労う。顎鬚に似合わない少年のような笑みに、シークは頭を下げてお礼を言った。


「俺達は1度、故郷の管理所に戻る。明日の朝5時の船に間に合えば、次の便まで待たなくてよさそうなんだ。それに勲章は自分達の登録した管理所で受け取ることになる」


「あ、えっと……でも、リベラにレインボーストーンを届けに行かないと」


「それは君達でお願いできないかい? ギリングに戻るならその途中だし、俺達の故郷は海を渡った先の大陸にある。君達との旅は、いったんここまでとさせて貰いたい」


「ええっ!?」


 ビアンカの驚きが管理所の建物の中に響き渡る。業務の片づけを行っていた職員達は、何事かとビアンカへ視線を向けた。


「ここでお別れなんですか? 私、まだまだ評価に見合うバスターになれていないのに……」


「もう私達が『育てる』なんて言える程、ビアンカちゃん達はひよっこじゃないわ。あの時は放っておけないと思ったけど、大丈夫、あなたは強いわ。無理だけはしないでね」


「リディカさん……寂しくなります。私、いただいたノートは大切にしますから! また会えますか?」


「ええ、勿論よ。私達もまだバスターを辞める訳にはいかなくなったもの」


 ビアンカがリディカとハグを交わす。歳が離れた姉のように慕っていたリディカとの別れに、ビアンカは笑顔の中にも涙を浮かべる。


「何も今生の別れじゃないんだ。俺達は引き続き4魔の残りと、アークドラゴンの調査で支援する。アーク級モンスターにも警戒をしないといけない」


「有力な情報があれば管理所を通じて連絡する。君達の初々しくも熱く、それでいて楽しそうな姿を2か月も見守る事が出来て、本当に良かった。有難う」


「カイトスターさん、レイダーさん。パーティーの動きやモンスターの偵察、色々教えて下さって有難うございます!」


 ゼスタが2人に感謝を告げると、カイトスターもレイダーも照れくさそうだ。ゼスタの頭をぐりぐりと撫でまわし、羽交い絞めのようにハグをする。


 ゴウン達は長い間4人だけで旅をして、シルバーバスターまで駆け上がった。いつしか目指すバスターの背中はなくなった。そんな自分達が、ただモンスターを倒すだけでいいのかという思いがあった。


 4魔の復活の噂を聞き、ゴウン達は命を落とす事も覚悟の上で、ヒュドラに対峙しようと決めた。いよいよ明日からと思っていた最後の晩……たまたま見かけたのがシーク、ビアンカ、ゼスタの3人組だった。


 その3人と出会った事で、ゴウン達は自分達の存在意義をようやく見出した。


 ゴウン、カイトスター、レイダー、リディカ。


 4人は強い、凄いと称えられあてにされるだけではなくなった。必要とされ、後輩バスター達に背中を見せる事が出来て、心から感謝していた。表彰や報酬、勲章など二の次だ。


 心の内に燻っていた焦燥感を、シーク達が綺麗さっぱり取り除いたのだ。


「俺達はそれぞれ登録した管理所も違うから、いったん別行動になる。この1、2か月で何かあれば、バース共和国の首都メメリにある管理所に手紙を入れてくれ。元気でな」


「はい、ゴウンさん達もお体に気を付けて。本当に有難うございました」


「もしバスターとして悩むことがあれば、ギリングにも知り合いがいる。とても腕のいい鍛冶師だし、色々と相談にも乗ってくれるだろう。ビエルゴ・マークの『武器屋マーク』を尋ねるといい」


 武器屋マークと聞いて、シークとゼスタが顔を見合わせる。


「そこ、俺とゼスタが最初に装備を買った店です!」


「えっ? はっはっは! そうか、そこにもそんな縁があったか! いやあ、出会えたのは偶然じゃないのかもしれない」


「3人共、それじゃ元気でな。弓を覚えたくなったらいつでも言ってくれ」


 管理所のロビーに4人のコツコツと鳴る足音が響き、重たい扉が開かれる。


 シーク達は3人で旅を始めたものの、気づけばここまでの半分以上の時間をゴウン達と過ごしていた。


 一緒にいるのが当たり前だった4人の存在。それがなくなると、シーク達は何かが欠けたような感覚に陥る。


「俺達も、エンリケ公国のカインズ行きの船に乗らねえとな」


「偶数日に出航だったはず。明日乗れるわ、そこの掲示板に運行表が……あった! 12時に乗船開始よ」


 ビアンカが掲示板に駆け寄り、船の便を確認する。


「じゃあ、決まりだな。家にも随分帰ってないし、これからもっと帰れない日が続くことになる」


「そうだね。俺達よりも強いゴウンさん達が前に進むんだから、俺達もゆっくりなんてしていられない」


「あのー。船に乗る前に新しいクロスを僕にプレゼントしてくれても?」


「俺っちも! おいゼスタ、俺っちにそれぞれ1枚買ってくれ!」


「分かった分かった。贅沢な武器だぜ、ったく」


 シーク達は互いに頷き、管理所の正面扉の前に立った。それからロビーと受付の方へと振り向いて横一列に並ぶ。どこの管理所でも殆ど造りは変わらないが、ここは特に色々な思い出が詰まった空間だ。


「俺達、明日この町を出ます! 色々とお世話になりました!」


「有難うございました!」


 大きな声で頭を下げて礼を言い、シーク達は扉を開けて外に出る。ロビーに響き渡った3人の声の後、居合わせた職員が笑顔で拍手し、3人を見送った。





 * * * * * * * * *





 翌日。


 3人は行きと同じような商船に乗り込んだ。モンスターの襲撃もなく、戦う相手は船酔いのみ。ビアンカとゼスタが唸っている間、シークは看病に徹していた。


 バルドルとケルベロスは何もする事がない。良かれと思って歌い始める始末。伝説の武器とは思えない程不揃いで、それでいて節の外れた珍妙な子守唄は、更にビアンカとゼスタを苦しめていた。


 カインズからは更に汽車に揺られ、3人はジルダ共和国の首都ヴィエスに着いていた。


「あーごめん、絶対に迷子になる、俺自信がある」


「そんな自信は捨てろ、ほらこの先に高い建物があるだろ」


「全部高いよ……2階建てより高いじゃん!」


「ほら、あれだよ」


 バスターが装備を着たまま歩くことができる場所は駅周辺と、バスター管理所、それに宿屋の周囲だけだ。必需品を色々と調達した後、シークとゼスタはビアンカにバルドルとケルベロスを預けた。


 今、2人は繁華街に立つ4階建てのデパートにいる。


 白い外壁に色鮮やかな窓。扉を開ければ見た事もないような高級品や、村での生活では一度たりとも必要だと思った事のない日用品などが置かれている。


 案内板によれば1階は主に雑貨や化粧品、2階に婦人服が、3階に紳士服と高級家具、4階には贈答品が置かれている。


 勿論、わざわざ武器携帯が認められない区域まで出かけ、シークにとって人生初となるデパートに立ち寄ったのは、ただの見物でも、服を新調するためでもない。


「あの、天鳥の羽毛を使った製品ってどこにありますか?」


「天鳥の羽毛……4階の贈答品売り場で最上級の品を扱っております。あるとしたらそこだと思いますよ」


 そう、シークとゼスタはバルドルとケルベロスのために、2組3本が欲しがった天鳥の羽毛マットを買いに来たのだ。


 船に乗っている間も、汽車に揺られている間も、バルドルとケルベロスは天鳥の事をずっと話題にしていた。それはもう、絶対に、何としてでも買わせてやる! という固い信念を感じさせる程に。

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