Breidablik-12



 * * * * * * * * *



『ちょ、ちょっとお前! 何すんだよ! やめろ、おいやめてくれ!』


 陽が沈めば管理所の中にいる人の数も少なくなる。人がいない中で声を発すると案外響く。


『悪かった、悪かったあああ針! 針だ! ああ駄目だ駄目だ! ぎゃああああ! 助けてくれ!』


 しかし、今日だけは様子が違った。ロビーにバスターがいないのは、皆が地下にある研究設備へと通じるドアの前で、ケルベロスの絶叫に耳を立てているからだ。


 ケルベロスは検査の真っ最中だ。分析用の針や光線、それに強度検査の超音波、その全てに拒否を示す様子が、本剣の実況でしっかり伝わっている。


 バルドルが日頃聞いたこともない絶叫で嫌がった、いつかの検査と全く一緒の状況だ。


『俺っちに向けんな! ヴォエェ……っう、ヴォェェ、や、誰か、もう止めさせてくれ、ぎゃああゾワっとした!』


 一体武器を相手にどんな拷問……ではなく検査をしているのか。とにかくケルベロスの拒否の仕方はバルドルに劣らず激しい。


『ゼスタ、ゼスタ! あああ針当てんな! うわああ嫌だ嫌だ、嫌だああああ!』


 こうなると分かっていたシーク達も、扉の前で苦笑いをしている。


 バルドルはケルベロスの絶叫を聞いて、自身の経験を鮮明に思い出していた。時折「うわぁ」「うっ、気分が悪くなってきた」「ああ、あれだ、あれは駄目だ」などと、出来ない身震いが呟きになって漏れている。


「……許せケルベロス。首都に寄ったらとびきり上等な手入れ道具を一式買ってやるから」


「武器にとっては拷問なんだってね。ほんと、基準が分からないよ」


「あんな拷問を苦痛と思わないって、人間って生き物は鈍感で幸せだね。おめでとう」


 耳を塞ぎたくなるような叫びは断続的に30分ほど続いた。検査が終わると地下から威勢のいい男泣きが聞こえて来る。


 扉が押し開かれ、ケルベロスがキャスター付きの台に乗せられて出てきた。ゼスタがそっと持ち上げると、安堵のせいかその泣き声はいっそう大きくなる。


「うああああもう嫌だ、もう検査なんてしねえ、っく、拷問だ、こんな恐ろしい事が……うああああん!」


「お疲れさん、結果出たら帰れるから、な?」


「ううう、っく、俺っちを、しっかりぎゅって握りしめていてくれ。絶対手放すんじゃねえぞ!」


「はいはい、分かったから」


 いつもの悪ぶったような口調はそのままだが、今は怖さを必死にこらえて強がる子供のようだ。ケルベロスを運んできた拷問係……いや検査員は、逃げるように別の部屋へ駆け込む。


 10分後、女性職員が分析結果の紙を1枚持って、ロビーの長椅子に座るシーク達の許を訪れた。


「お待たせしました。検査結果が出ていますので、ご確認下さい」


「おい、何て書いてあんだ? 俺っちはどうなんだ?」


「……お、要再検査って」


「や、嫌だ……もう、もう嫌だぞ! 俺っちをまた拷問してみろ、冥剣の名において……」


「冗談だよ、安心しろ」


 ゼスタがケルベロスを撫でて宥める。ケルベロスに目が合ったなら、さぞきつく睨んでいた事だろう。


「結論から申し上げますと、ゼスタさんはこのまま冥剣ケルベロスを所持する事が出来ます」


「本当ですか! ああ、良かった!」


 手渡された分析結果には、アダマンタイト80%、オリハルコン6%、魔鋼3%、ブルードラゴンの鱗3%、その他8%と書かれている。


「あの、その他というのは……」


「管理所の検査では判別できない成分です。魔鋼……つまり魔石の事ですが、その魔石が吸収した魔力の影響だと思われます」


「魔力? おいケルベロス、大丈夫なのか」


「それは俺っちが手に入れた『魔力』だ。それよりもう帰ろうぜ、な?」


 ゼスタは正式に武器登録を行った後、皆に今日は帰ろうと声をかけた。大森林の調査が終わり、ようやく見張りなどもせず一休みできる。


「ねえ、その前にレインボーストーンで測っておかない?」


「あ、そうだったわ、ケルベロスの絶叫ですっかり頭から飛んじゃってた」


「よし、やるか! バスターになって約3か月、まさか自分がここまで異例なバスターになるとは思ってもいなかった」


 ゼスタガ先程譲ったレインボーストーンでの測定を申し出る。今度は管理所のマスターが対応し、滑らかで冷たいカウンターの上に、7つの石が並べられた。


 左からグレー、ホワイト、ブルーと続き、一番右にはゴールドが置かれている。


「えっとこれって……バスター証を外していた方がいいのか?」


「一応、外して検査受けようか」


 職員が大昔に書かれたレインボーストーンの記述から、色の変化に対する評価の欄を読み上げる。ゼスタは手を放さないでくれと煩いケルベロスをカウンターに置き、グレーから順番に掴んでいく。


 オレンジのレインボーストーンが淡く緑色に変わり、パープルの石には変化がない。


「ゼスタ・ユノーさん。あなたはオレンジ等級への昇格、という事になります。おめでとう」


「よし! 有難うございます! 次は誰がいく?」


「私! 次は私です! ビアンカ・ユレイナスです!」


 ビアンカは目を輝かせながらグレー、ホワイトと石を掴んでいく。オレンジの石を掴んだ時は、ゼスタよりもやや濃く緑色に変化した。パープルの石では何も変化が起きない。


「まさか、伝説の武器も手にしていないのに……! ビアンカ・ユレイナスさん。あなたはオレンジ等級に昇格です。おめでとう」


「やった! 山で測った通りね、有難うございます! 次はシークね」


「うん。あ、えっと……シーク・イグニスタです」


 シークはケルベロスの隣にバルドルを置き、グレーから順に石を掴んで持ち上げていった。1つ1つ、ゆっくりと置かれる石がコツッと音を立て、黒く変色していた色はすぐに元の色に戻っていく。


 そうしてオレンジまでが真っ黒に染まった時、シークは一旦ふうっと息を吐いた。ここまではレインボーストーンを見つけた時、既に調べていて結果が分かっている。


「黒くなる場合は魔法使いですね。レインボーストーンのそれぞれの石は、単体ではランクストーンと呼ぶそうです……あ、続きをどうぞ」


 職員が色の変化の結果をシークに告げながら、次の石の変化を待っている。シークは深呼吸をしてから、パープルの石に手を伸ばした。


 掴んだ感じではどの石も違いはない。その中でパープルの石がどのような変化をするのか。薄目を開けて確認する前に、ゼスタやビアンカの歓声が聞こえた。


「え、これ、変わってるよね? シーク、シーク、パープルよ!」


「えっ!?」


 シークが掴んだ石は僅かながら黒く変色していた。しっかり見ていないと分からない程度だが、手を放すと鮮やかな紫色に戻る。


「やった! 俺、魔法の力がそんなに育ってたんだ!」


「納得だわ。バルドルに魔力を込めて、毎日毎日、何十回も魔法と一緒に剣を振っていたんだもの」


「そっか、シークは魔法を撃つタイミングとかを気にしなくていいから……」


「くそ~! つうことは、俺とビアンカはシークと同じ動きをしてちゃ駄目ってことだ。技を磨いて、威力を出せないと上にはいけない」


 ゼスタが早速帰ったら筋トレだと意気込み、ビアンカもそれに頷く。2人はシークを羨みながらも嫉妬などしていない。拍手が沸き起こる中、オレンジ等級のバスター証を渡された3人は照れくさそうに笑みを浮かべ、俯いたままお辞儀をする。


 3か月でグレー等級からオレンジ等級へ。そんなバスターなど前例がない事は、最早皆が分かっている事だった。


「やれやれ、聖剣の使い手ともあろうお方が、魔法使いとして褒められ満足するとはね。剣の実力は如何ほどやら」


「俺は魔法使いなんだってば。剣の実力はバルドル次第。ゼスタにはケルベロス……となると、ビアンカにも伝説の武器が欲しい所だね」


「そうだね。早めに技の完成や威力向上を図るべきかもしれない」

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