Breidablik-15
バルドルとケルベロスはとても静かになった。見た目には全く分からないが、本当に気に入ったらしい。
「さて、後は外をどうするかだね」
「汽車は明日の朝6時に出るんだろ。ギリギリで宿を出る、って感じか」
「いや、5時頃にはいったん出て、駅が開くのを待とうよ。またここに殺到しそうじゃない? 別の町からも人が来るかもしれないし」
「ハァ。私達、何と戦ってるんだろう。もし法外な金額や条件を突きつけたとして、達成されたら渡さなきゃいけないよね」
このまま出て行けば付きまとわれる。どんな強硬手段を取られるかも分からない。
シーク達は明日の朝早くにチェックアウトし、早々に首都を立ち去る事を決めた。風呂や食事の際は1人ずつ、勿論バルドルやケルベロスは部屋に留守番だ。
宿の主人は、シーク達は外出していると繰り返している。まだロビーには10人程がいて、入ってくる者をチェックしていた。
宿の内装は表面を茶色い漆で塗られた木の床に、赤レンガの壁。木製の重厚なカウンターは黒く塗られて品が良い。天井の照明こそシャンデリアではないが、その空間に集まった金持ち達のせいで、武骨な雰囲気が一切ない。
「き、君! 同じ年くらいのバスターが泊まっている部屋を知らないかい?」
「へっ?」
ゼスタ、ビアンカがうまく食事を終えた後、最後にシークが食堂へと降りた。そこへ流石に帰ってくるのが遅いと思ったのか、1人の男がシークに駆け寄ってくる。男は血眼という表現が相応しい目でシークの肩を掴んできた。
赤い騎士の正装のような服、腰には貴族にのみ市内での帯剣が認められている細剣。それに長めの銀髪と、髪よりもやや黒いもみあげから繋がる顎鬚。金も地位もあるという事だろうか。
「あの、いや……見てないです。ここに泊まっているんですか?」
「ああ、ここに泊まっているんだ。君もここに泊まっているのならバスターだろう? シーク・イグニスタという若者だ」
「あ、会った事はありませんが……これだけ人が来ていれば、諦めて別の場所に行ったのではないでしょうか」
「確かにこれだけ待って来ないとなると、聖剣バルドルを奪われんよう、我々を避けたかもしれんな……クソッ!」
男の言葉に、他の者も苦虫を潰したような顔をしている。この場にいる全員が同じ目的のようだ。
男は不服そうにシークや宿の主人を睨みつけて出ていく。それに釣られて他にも何人か出ていくと、ロビーの中は少し穏やかになった。
シークは豚肉のステーキとコーンスープ、それに鶏の照り焼きと葉もの野菜のサラダを頼んだ。緊張で味も分からず平らげて食堂を後にしても、まだ数人がロビーにいる。シークは平静を装いつつ、困ったことになったとため息をついた。
* * * * * * * * *
翌朝。
シーク達は打ち合わせ通りに早朝に起き、朝食を断り、5時に宿を出て駅へと向かった。石畳みの道を小走りし、まだ締まっている駅舎の扉の前に辿り着く。
「これ、ひょっとして他の町でも同じ?」
「金持ちが集まるのは首都だけだから、他は多少マシかもしれないな」
「ふう、君達も大変だね。有名になるとどうしてもこんな騒動に巻き込まれる」
「君のせいだよ、バルドル」
「そんな、『剣聞き』の悪い事を」
5時30分を過ぎると駅構内に灯りが点きはじめ、暫くすると重い鉄の扉が開かれる。シーク達は一斉に駆け込み、リベラ行きのチケットを購入するために窓口へ向かった。
コンクリート製の広い空間で、3人のガチャガチャと装備を鳴らす音が構内に響き渡る。
「いたぞ、見つけた!」
「!? え、何?」
誰かが叫ぶ。振り向くと、バスターと思われる5人が誰かに合図をしていた。その合図で数人が集まり、シーク達を視認すると猛スピードで駆け寄ってくる。
「わ、うっそ!? 何よあれ、悪い事なんてしていないのに! 何で追われなきゃならないのよ!」
「知らねーよ! ビアンカ、3人分! 早くチケットを!」
「これならモンスター相手の方がまだ楽だな……」
「いっそ斬っちゃうかい?」
「そうだ斬れ斬れ!」
「『2つ』とも、人間相手に斬りかかったら旅は終わりだよ」
高級なマットの上で一夜を明かしたバルドルとケルベロスは、上機嫌で絶好調だ。が、その上機嫌も絶好調も、今この場で披露してもらっては困る。
あっという間にシーク達は囲まれ、退路を断たれてしまう。チケットを急いで買ったビアンカも逃げられず、誰かがこの3人だと声を発した。
「ハァ、ハァ、お前達が、聖剣バルドルの使い手のパーティーだな!」
「その聖剣を譲ってもらいたい、譲ってくれるなら手荒な真似もしない」
およそ譲ってくれと頼むような態度ではない。シークは背中のバルドルを庇うように正面を向いて首を振った。金持ち、バスター、それに学者のような格好の者……どうやら皆が仲間という訳ではなさそうだ。
「お断りします。バルドルも、俺と一緒に旅をすると決めてくれています。何を条件にされても渡しません」
「お前みたいな若造が何の気なしに使うよりも、もっと価値があるものなんだ!」
「お前らより、パープルの俺達の方が使いこなせる! おまけに魔法使いが聖剣? そんな勿体ない事させられん!」
「いやいや博物館で飾り、未来永劫語り継ぐべき剣だ! 何処で手に入れたかは知らんが、さあ、渡して貰おう」
シーク達は、ギリングで遭遇したミリットのような者を除き、周囲の人間に恵まれていた。優しく協力的な人たちばかりで、すっかり忘れていたのだ。
世の中には悪い人や、目的のためなら手段を選ばない者がいる事を。
「……バルドル、先に言っておく。俺は死んでも渡さないからね」
シークは小さくつぶやき、そして自分達を囲む者達を睨む。
「俺達をどうするつもりですか? 順番に交渉でもします? それとも暴力でしょうか」
「……まさか町中で暴力なんて、ねえ? でも最初に物凄い事を条件にしてくれる人が現れたら、その人に渡しちゃうかも」
「シーク、ビアンカ。……あと10分、10分で汽車が出る。時間を稼ぐ」
「ええ、分かってる。さあ、誰が最初かしら」
まだケルベロスの事は知れ渡っていない。ゼスタはニッコリと笑って「こちらにお並び下さい」と笑顔で誘導する。
「お、俺からだ!」
「待て、俺達が最初にこいつらを見つけたんだぞ!」
「なんだと……この!」
「うぐっ!? テメエ、金持ってるからっていい気になるなよ!」
順番を巡って乱闘が始まり、その様子を駅員が見つけて大声を上げる。慌てて数人の警備が駆け寄り、1人は乱闘の様子をどこかに連絡していた。
「あなたたち! 何をしているのですか! 警察を呼びますよ!」
「今暴れている方は通報しました、他のお客様の迷惑です、外に出て下さい!」
「シーク、ビアンカ、今のうちにホームに!」
ゼスタの合図でシーク達が走りだし、改札で切符を渡す。
シーク達の隙をついた行動に、争っていた者達は慌てて追いかけた。だが皆汽車に乗ることを想定していない。もちろんチケットも買っていない。
窓口に駆け込む者は拒否され、改札を強行突破しようとする者は駅員が見過ごさない。駅員は切符を買わせず、改札も通さない。
「……私の息子がギリングで下宿しつつ職業校に通っているんだ。銃を使用するガンナー志望だけど、3人組の新人バスターに憧れているんだといつも言っている。背格好からしてきっと君達だろう? ここはお任せを」
「あ、有難うございます!」
改札の駅員の男にウインクされ、シーク達は走りながら会釈する。ホームには人もまばらで、事態を知らない客達は何事かと怪訝そうだ。
「ははは、すみません、ちょっと……色々ありまして」
追手がついに強行突破し、汽車が発車するギリギリで駆け込んできた。その者らを扉1枚で退けると、シーク達は定刻で駅を後にした。
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