Breidablik-05



 ナイトカモシカの「ナイト」は騎士の呼び名が由来だ。


 好戦的で体が大きく、蹄から角のてっぺんまでは3メーテに迫る。見た目は鹿だが、オス、メスを問わず額から鼻にかけて、鋼鉄のように硬い骨で覆われている。人間が生身で頭突きされると骨折では済まない。


 そのため頭部を避け、体の側面を狙うのが一般的だ。しかし無駄に上等な毛並みは切創に強く、おまけに斬り方にはバルドルが煩い。


「この森と山を拠点に、アークドラゴン退治の準備をするという『手』もある。僕には手がないけれど君にはある」


「専門のバスターに任せて、俺達は完成品を買わせて貰う……っ!」


 シークの存在に気付いたナイトカモシカが、地面の岩を前足で掻く仕草で戦意を表し、すぐに突進してくる。等級は単独での戦いを想定した等級ではない。あくまでもパーティー戦を前提とした等級であるため、1人で戦うとその難易度は上がってしまう。


「後ろから全力……フルスイング!」


 ビアンカの槍さばきは随分と精度が高くなった。空気の壁を裂く音と共に、槍の薙ぎ払いが残像を作り出しながらナイトカモシカの左前足を襲う。柄の部分で強引に叩くようなスイングではない。矛先で切り裂く事も意識された見事なスイングだ。


 鋭い脚の痛みでよろけるところに、シークがすかさず斬り込む。ゼスタがすぐに正面へまわって対峙した。


「キュイイィ!」


「うわっ、耳をつんざくこの悲鳴……きっつい!」


「バルドル、エアリアルソードのままいくよ! ブルクラッシュ!」


「ん~90点! 確かそこはロースだね、ステーキに最適だと聞いたことがあるよ」


「……返し斬り! よしっ入った!」


「ちょっと思い切りが足りない80点。ん~モモか、油がないから唐揚は無理だね、燻製でどうだい」


「っと、君は……いつから包丁になっちゃったのかな」


「食欲を力に変えてもらえるかと思って。ちょっと『思い剣』過ぎたかな。返し斬りは燕返し《スワロウリバーサル》という名前があるよ」


 シークもゼスタやビアンカに負けてはいられない。特にケルベロスを手に入れたゼスタの実力は飛躍的に上がるだろう。


 シークは棒立ちにならないよう常に足を動かしながら、巧みに重心を考えた剣撃を繰り出していく。ファイアーボールで目を潰し、その間に首へ再び一撃を振り下ろす。


 魔法も混ぜた斬新な攻撃を行うシークと、鋭い切れ味のバルドルの会話は、まったくもって状況に不釣合いだ。ナイトカモシカは今、1人と1本の目には食肉としか映っていないのかもしれない。


「ひょっとして思いやり……って言いたい? 『重い剣』って何の事かと思ったよ。槍じゃないからって思って剣に言い換えてる?」


「僕をまさか槍と間違える事はないはずだ。槍より剣を持つことをお勧めするよ。いっそ軽い剣の方がいい」


「いや、もう何の事か分からなくなってる……ファイアーボール! ビアンカ今だ!」


「隙を作ってくれてありがと! 破アァ! スパイラル!」


「シークは前足、ビアンカは首肉、どっちも挽肉にしてハンバーグだ」


 所々でおかしな声が聞こえるが、そんな戦い方をゼスタと共に見ていたケルベロスは、「そうだ、そこだ」と言って真剣に観察している。戦いは途中で抜け、2人に任せるつもりらしい。


「俺っちが見る限りじゃ、あのシークはすげえぞ。剣の一太刀がどれもブレてねえし、迷いがねえ。というより、余計な事を一切考えずに戦ってるぜ」


「あいつ魔法使いだけどな。見ただけで分かるのか?」


「ああ、あの武器さばきは使われていて気持ちがいいはずだぜ。刃全体を使って、入り方も丁寧だ。何よりあの口うるさいバルドルが、ため息も悪態もつかねえからな」


「確かに、シークの動きは遠くから見ていると泥臭さがない。演武でも見ているみたいに綺麗だな」


 体格の差も、長年の訓練も影響し、腕力や脚力では到底ゼスタには敵わない。そんなシークの戦い方は効率を追求して最大限の能力を引き出していた。見ている者が惹き込まれそうになる程に鮮やかだ。


 おまけにリディカのプロテクトやヒールを受ける際、必ずヒーラーの視界に入れるよう、立ち位置を調整する。それは魔法使い目線での行動であり、武器攻撃職が見習うべき所だ。


「比べてビアンカは力強さで圧すタイプだな。全部全力、半端な攻撃が一つもねえ。仲間を信頼している。あいつはランスには珍しく、1人じゃなくてパーティーで輝くタイプだ」


「そうだな。ビアンカは自分が仕留めにいくというより、仲間の動きに合わせるのが得意だ。俺もそうだけど、ビアンカもシークに引っ張られてどんどん力を付けてる気がする」


「胸を張れって、お前は考えすぎなんだよ。つうか、お前の天性もビアンカと一緒で仲間との共闘だ。とりわけ仲間を守ろうとする時に一番力を発揮するタイプだろ。その時のお前には迷いも剣のブレもねえよ」


 ケルベロスの分析は鋭く、どれも当たっていた。ゼスタは咄嗟にガードに入ったり、モンスターの狙いを自分に向けたりして戦いをコントロールする役目が多い。実際にそれが最も輝ける戦い方だと感じていた。


 魔法使いのシークが物理攻撃に秀でており、個人主義で攻撃も大振りなランスのビアンカが仲間の補佐をする。そしてダブルソードのゼスタが戦いをコントロールする。


 おかしな組み合わせだが、実際にそれが3人の最も馴染んだ戦法になっていた。


 こんなにも訳の分からない組み合わせのパーティーは経験したことがなく、ケルベロスは楽しいと思っていた。まだ自信がないゼスタを育てていくのも、双剣冥利に尽きるというものだ。


「ハァ、ハァ……よっし、終わったよ。ゼスタ、手伝って」


「あ、ああ。今日は肉がたっぷり食えるぜ」


 シークとビアンカは2人だけで、少し息が上がる程度でナイトカモシカを倒してしまった。ビアンカはリディカの隣に戻ると、嫌そうな顔をしてその場に座り込む。シークは今からでも早速ナイトカモシカを解体し、食事をしたいようだ。


「おいバルドル、お前はシークに言ってバット(お尻部分の皮のこと)を剥ぎ取れ。俺とゼスタでいいサイズに肉を切り分けてやらあ」


「分かった。という事でシーク、今度は一番良質な所の皮だけを持って帰ろう。高く売れると思うよ」


「男の子って凄いわ。抵抗なくあんなにあっさりと皮を剥いで、肉を切り出して。でも確かにあんな風に見ると、モンスターなのか動物なのか、見分けがつかないわ」


 手際よく石を並べ、どこからか枯れ草や木片をかき集めて来ると、シークがファイアを唱える。一度アクアで綺麗に洗った平たい石を、燃え盛る炎の真ん中に置くと、その上に綺麗に切り分けられた肉を置いていく。


「あー美味そうだ! ビアンカ、要らねえんだな」


「……」


「意地張らなくていいから、食べてみなよ」


「ビアンカちゃん、私達もいただきましょう?」


 ビアンカはリディカに背中を押され、眉間に皺を寄せながら近くの石に座った。木の焼ける良い匂いに混じり、草食獣さながらのグラス臭を纏った肉の香りが漂ってくる。


 食べきれない程ある塊にシークがまんべんなく塩を振っていき、細い木の枝を串代わりにして刺す。シークとゼスタは一気にかぶりついた。


「あ~うめえ!」


「すっごい肉汁! 新鮮な肉ってこんなに上手いんだ!」


「そこはロースだね」


「モモ肉でスープを作るといい。デクスはよく宿の飯で食ってたぜ」


 2人とも口から溢れそうになる肉汁を慌てて指で拭い、目を輝かせている。バルドルとケルベロスも斬った感触で部位ごとの違いを説明しだす。その横ではリディカも小さく切り分けられた肉を口に運ぶところだった。


「おい、腹鳴ってんぞビアンカ」


「な、鳴ってないし!」


「ビアンカ、他のモンスターが匂いで集まる前に出発したいし、後で食べたくなっても遅いんだよ。1口だけ食べて判断したら?」

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