Breidablik-04


 * * * * * * * * *



 ゴーレムを倒し、ケルベロスを見つけ、そして目的のレインボーストーンを入手。予定以上の収穫に満足した一行は、早めにシュトレイ山脈を去る事になった。


 出発の朝には洞窟横の岩場で呑気に露天風呂をこしらえ、体や衣服を綺麗にする余裕すらあったようだ。


 再び1週間かけて薄暗い森を歩いて抜け(その間にも2度、風呂タイムがあった)今は大森林の中央に連なる山脈へを北上している。


 ……そこから遡る事1週間前、バルドルが真実を告白した夜。


 バルドルが4魔の封印を解くタイミングを判断したという事を、シーク達は責めなかった。


「バルドルが封印出来ていたかも疑問ね。2年くらい維持できている感覚がなかったんでしょ? もう先に封印が解けていたのかもしれない」


「バルドルの感覚で2年って怪しいよな。300年を100年くらいに思ってたり」


 4魔が復活した事による被害がない訳ではない。ヒュドラが遭遇したバスターを襲っている事はリディカ達が確認している。被害に遭った者やその身内からすれば、仕方ないと割り切れるものではない。


 だが、命の危険がある事、モンスター相手に傷付いたとしても誰も補償などしない事は、バスター自身が納得している事なのだ。この世界においては自然の1つに過ぎない。それはバスターの身内や本人が割り切れずとも理解している事だった。


「それに、ゴーレムの封印が半分しか解けてなかったりね」


「む、そう言われるとなんだか自信がなくなってきたのだけれど」


 もしもバルドルが元凶だとして、すぐに「4魔が復活したから僕を使って退治してくれ」と言っていれば、事態が収拾しただろうか。答えはノーだ。


 倒せないから逃げてくれと言ったとしても、恐らくもっと多くのバスターが興味を示し、返り討ちに遭っていた事だろう。


「まだ何か隠してることがあったりしないよね」


「どれがと言われると困るけれど、隠していないつもりだよ。何よりあの場面で君が僕を置いていく可能性もあったんだからね」


 シークの少し先では、ゼスタが鋭い牙と大きな体の狼型モンスター「ウォーウルフ」を相手にしている。ゼスタはケルベロスとの戦闘における相性を確かめるため、率先して戦うと宣言していた。


 ……というのは建前で、ゼスタはレインボーストーンの反応がビアンカより弱かったため、内心悔しかったのだ。強くなりたいと願い、この1週間誰より多くのモンスターを相手にしている。


「左の手首、内側に曲がり過ぎてるぞ。真っ直ぐ振り下ろせ真っ直ぐ! あーほら、刃同士を当てない!」


「くっそ、形は気にしてんだけど……意識すると今度は威力が……双竜斬!」


「左の方が先にウォーウルフを斬り付けたぞ、同時だ同時! あーほら断面は美しく!」


「あーくっそ、悔しい! ……おっと、ガード!」


「刃が自分に向かないように気を付けろよ、樋の部分を額に当てるつもりで押せ。俺っちの切れ味は『刃』加減なしだからな」


 ケルベロスは久しぶりの戦闘が楽しいようだ。はるか遠くのモンスターまで見つけ、ゼスタに教えては倒させている。


 戦闘を眺めているだけでは分からないような癖を指摘し、相棒と言うよりはコーチだ。ゼスタがその1つ1つを意識して修正すれば、驚くほど威力が変わる。ゼスタは今、ようやく手ごたえを感じていた。


「なんだかゼスタが怒られてるだけにも見えるけど、楽しそうね」


「うん。バルドルも口調はそっけないけどモンスターと戦うのは大好きだし、やっぱり武器のさがなんだろうね」


「あの……シーク。そろそろ僕も戦いたいのだけれど……ああ、ほらまた僕が倒すはずのモンスターが1体この世から消えてしまった」


「分かったよ、次は譲って貰おう」


 来る時にはモンスターと出会うことがなかった。けれど今回は幾度かモンスターと戦闘になる。ウォーウルフだけでなくネオゴブリンやストーンスパイダー、それに山ウサギやその他の野鳥も見かけ、同じ山なのかと疑う程だ。


「なんだか雰囲気が違うわ」


「そうだね、普通にモンスターが出るし」


「咆哮が全く聞こえないから、もしかしたら強いモンスターがいなくなったのかもしれない。それでモンスターや動物が戻ってきたのかしら」


「だとしたらこれが本来の姿ってことね。行きに疲れなかっただけ良かったのかも」


「声の主はゴーレムじゃなかったとして、一体何だったんだ」


 1日が経ち、2日が経っても、この山で最初に露天風呂を用意した場所まで着かない。それ程にモンスターとの遭遇頻度が高い。食べる物が底を尽きれば動物を狩るしかなく、余計に時間がかかってしまう。


 何せモンスターを食べるのだけは絶対に嫌という、グルメバスターを1名抱えているものだから厄介だ。


 木の実など生っていない山では、すばしっこいウサギや鳥を狙うしかない。おまけにレイダーのように遠くから狙撃できる者がおらず、それがなかなか難しい。


 シークが1度ファイアーボールで鳥を狙った際には、焼き鳥ならぬ炭鳥になってしまった。リディカがエアブラストで野ウサギを狙った時は、あまりにも細かく刻まれ、見るも無残な状態になってしまった。


 何度か遭遇したナイトカモシカも、ビアンカの猛反対で食べる事ができない。1日1食、それもウサギ1羽を4人で分けるような旅で力など出るはずもない。


「ビアンカ、飢えで死ぬのは嫌だから、次にナイトカモシカに遭遇したら俺達だけでも食べるからね」


「えー!? 駄目よズルい!」


「お前だけ飢えてろよ、それか自分だけでウサギ狩ってこい。山を下るのにこのペースだとあと2日だぜ? 手持ちの食糧もなし、獲物もなかなか獲れない。それでもしビッグキャットが3匹も4匹も出てみろ、俺達やられるぞ」


「じゃあウサギや鳥は何食べてるのよ、ナイトカモシカだって、何かを食べてるんでしょ? それを探したらいいじゃない!」


「馬鹿か。岩にこびりつくように生えた草とか、低い木の新芽とか、お前食う気あるのかよ」


「もしかしてビアンカ、ウサギや鳥がハンバーグや、ホットケーキを食べてるなんて思ってないよね」


 何も言い返せずに頬を膨らませて睨むビアンカに、シークはため息をつく。


 森には木の実のようなものも殆どなく、何もストックが出来なかった。よって皆の鞄の中には本当に食べ物が一切ない。シークが塩などの調味料を若干持っている程度で、あとは回復薬の液体ポーションくらいだ。


「あのー、僕達はお腹が空いたという状態は良く分からないのだけれど、お腹が空いていない僕達も巻き込まれてしまうのは困るよ」


「そうだぜ。お前らじゃないとアークドラゴンは倒せねえんだ。ここで嫌いなもん食うくらい我慢してくれよ」


「だそうですよ、ビアンカさん。そして今、遠くにナイトカモシカの影が見えました。さあ俺はあいつを食べたい。涎が出そう、むしろ涎出す」


「ビアンカちゃん、私もお腹空いちゃったわ。ナイトカモシカは美味しいの、草食だし」


「ビアンカ、おまえ好き嫌い言ってるからその……、何でもない」


「ちょっと、何伏せたのよ!」


 皆、空腹で気が立っている。


 戦いたくないと言うのではなく食べたくない、というのであれば、ひとまず倒してから考えてもいい。シークはバルドルを構え、焼けた肉を思い浮かべながら立ち向かった。


「角は先に切り落とす、いいね」


「分かった。それに頭突きと蹴りに気をつけるんだよね」


「おっと、一番大事なものに気をつけて欲しいね。『ナイトカモシカの皮を傷つけない』が抜けているよ、シーク」


「いや、もう1頭分あるんだけど。重すぎて2頭分も持って歩けないよ、俺にどれだけ君をピカピカに拭かせるつもりだい」

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