Breidablik-03

 

 バルドルの話は、その気になっているディーゴ達を利用した、と言う意味にも受け取れる。倒せないと思われながら討伐に全力を尽くし、武器でしかないと認識されて扱われる。そこに共鳴などあるはずがない。


 勿論、バルドルは勇者ディーゴの事を嫌っていた訳ではない。大事にされ、頼りにされた日々は中々心地の良いものだった。他の者に持たれたいとも思わなかった。


 けれど、シークとバルドルのシンクロ率を100とした時、振り返ってみればディーゴとはせいぜい60%程度だった。


「倒せないからって諦められちゃ困るから、か」


「そういう事。勿論、倒すために出来る事は全てやった。ケルベロスやグングニルを封印に使ったのも、4魔を抑え、アークドラゴン1体だけを相手に出来る状況を作るためだった」


「俺っちはその辺の結果を知る術はなかったからな。本当に倒せていなかったなんて、ガッカリだぜ」


「で、でも! 出来る最善の結果を残したんだから、いいんじゃないの? 私、バルドルが間違った事をしたとは思わないわ」


 バルドルが倒せないと判断し、作戦を変更したのは当然の事だ。だがバルドルが隠していた話は、そんな話など吹き飛んでしまうような、もっと衝撃的な事だった。


「そう皆が言ってくれるのに申し訳ない。……非難を覚悟で言わせて貰うよ」


「え、何かまだあるの?」


 何か良くない事が告げられるのは間違いない。皆の動きが止まり、視線がバルドルに集中する。


 焚火の中で乾いた木の枝の鳴る音だけが聞こえる。バルドルは少し間を置いてからゆっくりと言葉を続けた。


「……冥剣ケルベロス、魔槍グングニル、炎弓アルジュナ、そして氷盾テュールと炎剣アレス、その順番でゴーレム、メデューサ、キマイラ、ヒュドラの4魔を封印していった。そしてアダムの特殊結界によってアークドラゴンを封印した。そこまではおおよそ把握して貰えていると思う」


「うん、それは分かってる」


「……そして僕はアークドラゴンが復活した際、再び封印するために残された、そう言ったよね」


「うん」


 シークはバルドルのペースに合わせて頷き、本題に入ってくれるのを待つ。


「それは、嘘ではないんだ。僕はアークドラゴンを封印する役割を担っている。でも」


「バルドル、君を責めたりはしない。悪くても1日野ざらしにするくらい」


「その『無慈悲深さ』に感謝するよ。えっと……封印を担う一方で、僕はアダムとディーゴ達から、別の役目も与えられたんだ」


「別の役目?」


「4魔の封印を解く役目だよ。……ゴーレムたちを目覚めさせたのは僕なんだ」


「えっ!?」


 バルドルの説明で皆の目がまんまるに見開かれた。封印する武器が封印を解いてどうするのか。焚火の太い木片が倒れ、一瞬火の粉が舞い上がる。


「バルドル、何故解いたんだい」


「そうだぜ。封印したままだったら平和が続くじゃないか」


 バルドルは気持ちだけ首を横に振り、シークとゼスタの言葉を否定した。


「1つずつ説明するよ。まず、4魔が封印されたままなら、倒さなくてもそのままでいい、という話になる。まさに今の君達だ」


「まあ、そうだね」


「次に、4魔を相手に出来ないバスターは、アークドラゴンなんて到底倒せない」


「まあ、そうだね」


「最後に、僕達は求められなければその力を失ってしまう」


「まあ、そ……えっ?」


 最後の1つの説明の意味がよく分からず、シークは眉間に皺を寄せる。


 封印を解いた理由に、何故武器を求める事が関係するのか。確かにバルドルは戦うからこその武器であり、バルドル自身が求められなければ存在意義がない……という旨の発言をした事もあった。


 しかし、それと封印を解いたことに関連性があるとは思えない。


「ねえバルドル。力を失うって、もしかして普通の武器になっちゃうってことかしら?」


「簡単に言えばね。シークが最初にバスター管理所へと僕を連れて行った時、僕を見て誰も聖剣バルドルという名を口にしなかった」


「……確かに、俺達は伝説の勇者の事だけは学んだけど、武器やその行く末は知らなかったよな。人物以外に興味すらなかった」


「聖剣の力が長らく必要とされなかった。つまり封印する力も、威力も、失われちゃうってことかしら」


「それよりも人間の弱体化だね。共鳴は持ち主の潜在能力に左右される。平和である間は戦いになんて備えない。けれど平和が終わった時、戦いを知らない人間に何が出来るかな」


「力がない人間が十分育つまで、果たして厄災は待ってくれるのか……まずいわね」


「そうか、バルドルの強さは人にも依存するって事なんだ。バスター証の件でも明らかだけど、強さを持たない者が扱っても真の力を発揮できない、と」


 シークはバルドルの言葉1つ1つ頭の中で確認していく。バルドルは答えを与えたいのではない。シーク達に答えを言って欲しいのだ。


 バルドルが意味もなく封印を解くはずはない。何もしなくていい世の中で、4魔を倒す力が失われた時……それは、つまり。


 シークは粗削りながら1つの推論を導き出した。


「……俺の推理、聞いてくれる?」


「うん、どうぞ」


「4魔の封印は、もうこれ以上維持できないと判断して解いた。その判断はバルドルに任せられていた……合ってる?」


「おおよそは」


「それにこれ以上維持したら人間の戦う力が衰えて、4魔やアークドラゴンに対抗できなくなる」


「うん、だいたい正解」


「つまり、今倒さなきゃ、人間が再び強くならざるをえない程の厄災……アークドラゴンによる蹂躙を経験する羽目になる。だから4魔を踏み台にして、目をつけたバスターを強く育てる。期限付きじゃない平和のために」


「うん、流石はシーク。僕の言いたい事をどうもね」


 4人はここまでの旅路がバルドルの計画通りだったことにようやく気付いた。


「ヒュドラの復活で私達みたいなバスターが動き出す事、そんなバスターなら聖剣バルドルの名を当然知っている事。聖剣の持ち主を守るため、私達がその子を育てる事……全部計画通りだったのね」


「そうなるといいなと願っていたよ。実際はもう2年くらい4魔の封印を維持できている感覚がなかったんだ」


「だからこの1、2年でヒュドラの目撃情報が上がっていたのね。そうだとしたら、もう倒すまでの時間の余裕はない。そうよね、バルドルさん」


「うん。最後の砦はアダムの封印魔法だ。その魔法すらお遊びになる時代が訪れた時、アークドラゴン討伐は不可能になる。バスターそのものを目指す人間も、かなり減っているそうじゃないか」


 数十年前には毎年300名程のバスターが毎年誕生していたギリングも、ここ数年は人数、質、共に低調だ。今年で言うと新人バスターは150名弱。10年前にはついに2つ廃校になった。その流れはギリングだけではない。


 ドラゴンなど見た事もなく、実際に探しに行こうとすら思わない。そんな日銭稼ぎのバスターばかりになれば、強力な武器や魔法など必要なくなる。いや、実際にもう必要としなくなった者が増えている。


 昨今、バスターは憧れの冒険職ではなく、ただの傭兵や退治屋になりつつある。


「あっ! ……それって、バルドルがシークを選んだ事と、関係あるわよね」


「えっと、『それ』とは?」


「シークが魔法使いってことよ!」


「あ、そうか! 俺も分かったぜ。アダム・マジックの魔法……魔力とも合わせてアークドラゴンを封じるってことだな!」


「うん。僕は、魔法使いに出逢う必要があったんだ。僕にしっかりと魔力を流してくれて、更に剣を使い、肌身離さず持っていてくれる魔法使いが」


「あー、今のシークの戦い方がまさにそうだ、そういう事か!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る