Misty Forest-05
世間一般的に17歳、18歳と言えば、まだまだ思慮は浅く反抗期を抜けていない者が多い。他人から諭されることが嫌いで、むしろ大人への反骨心が原動力となっていたりする。
シーク達は違った。多少は反論したい気持ちがあったとしても、欠点や弱点を指摘されると素直に受け止める。むしろ言われた自分を責める傾向にある。
ゴウンはそんな3人の性格を把握し始めていて、だからこそこの場で注意をした。そしてきちんとフォローしてあげなければ萎縮してしまい、せっかくの長所である自由さや勇敢さが失われてしまう事も理解していた。
「君達の中で、線引きをしておくといい。どのようなモンスターには立ち向かう、一定以上の条件が重なれば手を出さない、ってね。そうすれば万が一の時にも意見の食い違いや迷いで判断が遅れる事もない」
「線引き、ですか。確かにとりあえず戦ってみるっていうスタイルは、無理だと思った時点でもう命がないですよね」
「後で管理所の書物庫にでも行ってみる? 私達じゃモンスターを判断するって言っても知識がなさ過ぎ」
「そうだなー、金策と目の前のモンスターに手一杯で、勉強らしいことはやってねえし」
「僕が知っている事なら色々と教えるよ。ただ、君達が何を知らないのか、僕には分からない」
シーク達には致命的なほど知識が不足している。装備更新が追いつかないのと同じように、成長速度に経験とそこからくる知識の習得が間に合っていないのだ。
学校の座学は能力向上や原理原則の講義が多くを占める。モンスター学の授業ではおおよそのモンスターの系統や、習性の話が殆どだ。
一方、実技についてはかなり厳しい。魔術、剣術、槍術などは、卒業のハードルが高いと言われるほどみっちりと叩き込まれる。だが、それはやはり相手が何かを想定した訓練とは違う。
「あ、そうだわ! イサラ村で、ビアンカちゃんに私が持ってるものを色々教えたいって、話したわよね。シークちゃんの目覚めを待っている間に色々追記もしていたの。きっと役に立つから」
リディカが肩から斜めに掛けた鞄の中に手を入れ、1冊の分厚い手帳を取り出す。それをビアンカに手渡した。
深紅の革製のカバーを捲ると、訪れた場所で出会ったモンスターや、その特徴、危ない攻撃やその時の回避方法などがびっしりと書き込まれていた。時々町や村の名産品情報や、良く分からないイラストも入っているが、事前知識は心強い。
「知識は大切だ。イサラ村の北は危険だって話もそうさ。実際飲み水を確保できる川もなく、狭い道でモンスターに遭遇すれば逃げ場はない。俺の弓は得手不得手が極端で、そんな事前情報がなけりゃ死活問題だしな」
「有難うございます……そんなに大切なものを、私がいただいていいんですか?」
「あなた達だから託したいって思ったのよ。出逢った時に言ったでしょう? 今日は町に戻って、この大森林の事を少し調べてみるといいわ」
「はい!」
シーク達は注意深く歩きつつ、陽が沈む前に町へと戻った。バスター管理所でクエストの報告をし、ゴウン達、シーク達それぞれが報酬を受け取る。ゴウン達は幾らかを分けてくれようとしたが、3人は固辞した。
この先どんなクエストを受けようとも、大森林の中ではゴウン達から離れたなら生きては戻れない。ビアンカが握りしめているバスター証の数がそれを物語っている。
ゴウン達にこれからも色々と指導して欲しいとお願いをし、シーク達は回収したバスター証を管理所のカウンターに預けた。
* * * * * * * * *
「なあ、リディカさんから貰ったノートには、他にどんなモンスターがいるって書いてるんだ?」
「ん~、ネオゴブリン、マイコニド、ストーンスパイダー、ナイトカモシカ、アンデッドソルジャー、ウォートレント、ウォーウルフ、ビッグキャット……」
「ナイトカモシカって、バルドルを拭くのに使ってる革のやつだ」
「ナイトカモシカだって!? 明日早速討伐しよう! 皮を剥いでよく洗って、毛を抜いたらしっかり乾かして……」
「革職人じゃないんだから。心配しなくてもちゃんと上等なのを買ってあげるよ」
バルドルをしっかりと拭きながら、シークはバルドルが何本あっても拭き足りないくらい買ってあげると言って喜ばせる。その横ではゼスタがビアンカがめくるモンスター解説のページを興味深々で読んでいた。
「ストーンスパイダーは土の中で気配を消し、バスターの背後から糸を足に絡めて地中に引き摺り込んで捕食する……うわ、何よこいつ怖い!」
「ビッグキャットって、名前は可愛いよな」
「体長3メーテって書いてあるのに? トラのような容姿、牙が大きくて人間が大好物、見つけると必ず襲い掛かってくる……」
「等級……オレンジ!? おいおい、ウォートレントにオレンジのビッグキャット、この森ってシュトレイ山のルートより本当に楽な場所なのかよ」
「ナイトカモシカは……あれ? ホワイトからブルー、オレンジまで幅広い個体がいるわ。この森以外にも生息地があるみたい。戦いを諦めず、草食だが敵と認識すると殺すまでどこまでも追いかける……」
どのモンスターの解説も物騒な言葉が並んでおり、読み進めるにつれ不安になる。ウォートレントやビッグキャットとの遭遇率は決して低くないらしい。
薄暗く視界の悪い森の中で、そのようなモンスターと対峙するのは危険だ。今日の戦いでよく分かっていた。木の上から矢を放つネオゴブリンのように、あらゆる方向へと注意しなければならない。
「悔しいけど俺達だけでレインボーストーンを探し回るのは無理だ。ゴウンさん達が付いてきてくれて本当に助かったよ。バルドルが興味あるモンスターはどれ?」
「僕はキャットという言葉を聞くだけで気味が悪いよ、絶対に遭遇したくないね」
「爪とぎを想像しただけで『剣肌が立つ』って事かい?」
シークはバルドルが言いそうだと思い、先回りして鳥肌を剣肌と言い変える。
「なんだい? 『剣肌』だなんて。剣に肌なんてないよ、知らないのかい」
「……なんか腑に落ちないんだけど」
「人間は自分達に向かって鳥でもないのに『鳥肌が立つ』なんて言うし、本当にどういうつもりなのかさっぱり分からないよ」
「君もどういうつもりなのかさっぱり分からないんだけど」
バルドルとの他愛もない会話はさておき、シーク達は森に潜むモンスターを一通り調べた。それからゴウンに言われた通り、自分達の中での線引きを色々と考える。
今はブルーランク。ブルーランクの装備を完全に揃えているのはシークだけだ。3人はひとまず強敵には挑まなければならない時だけ、それ以外は必ずゴウン達の指示を待つ事で意見を一致させる。
そして、どのモンスターに出会った時に、どのように戦うか。森という地形で自分にどういう動きが出来るのかをそれぞれが意見し、共有していく。何が得意、何が苦手、どういう時にどんな攻撃が出来るのか。振り返ればシーク達はしっかり打ち合わせた事がなかった。
「俺の魔法は目の前に障害物があればそこまでしか効果がない。バルドルを使う技はどうしても動作が大きくなるから、狭い所では防御と魔法に徹する事になる」
「俺は小回りも利くし、木を足場にして動き回る事も出来る。ただ、攻撃の時はモンスターに触れるくらいまで近づかないといけない」
「私の槍は間合いも広いけど狭い所が苦手。木が邪魔で、周囲の状況によっては突き技しか使えないかも。自分の気力を放つって技もあるらしいけど、まだ使える域にはないわね」
「視界に関しては僕も協力するよ。いつか洞窟に入った時と同じように、役割を決めて対処すればいいだけさ」
白夜が始まり僅かに明るさが残る中、3人の話し合いは日付が変わる頃まで続けられた。
朝が来ればいよいよレインボーストーン探索へ出発する事になる。シーク達は消耗品や携帯食料を鞄に詰め込み、昨日よりも強い決意をもって眠りについた。
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