Misty Forest-06
翌朝、森の木々の先から太陽が顔を出した頃、シーク達はもう宿の朝食を食べ終わっていた。
前日に必要なものを準備しておけば、後は旅立つだけだ。管理所でクエストを受けるのであれば8時の開館に合わせる生活となるが、そうでなければ活動を始めるのは早いほどいい。
昨日と同じ南門に向かい、7時には大きな鋼鉄の扉の前でゴウン達を待つ。門の守衛に事情を話して10分程待っていると、7時少し前にゴウン達4人も揃った。
「おはようございます!」
「おはよう、俺達の方が遅かったか。忘れ物はないかい」
「はい。携帯食料も準備しましたし、水も幾らかは」
「食料は尽きたら木の実を採ったり、動物を狩るしかない」
ゴウンの言葉に、ビアンカだけは少々不安そうな顔をしている。そっとリディカの横に並んでローブの袖を引っ張り、小さな声で訊ねた。
「あの、本当に動物ですよね? その、モンスターを食べたりとかじゃないですよね」
「え? ああ、そうね、基本的には動物を優先するわ。私もモンスターはちょっとね」
「基本的にって事は、モンスターを食べる事もあるんですか?」
ビアンカはリディカの返答に少し怯えながら、再度確認をした。熱くもないのにやや汗が浮かび、顔は引き攣っている。
「まあ、人間を食べたりしていないモンスターなら動物と同じだから。ゴブリンやオーガみたいな種族は流石にね」
「モンスターを、食べるんですね……」
ビアンカは力なくシークとゼスタの傍へと戻り、保存食でどれだけ生き長らえる事が出来るかを計算し始める。計算せずともせいぜい3日分程しかないのだが。
「ビアンカ、どうしたんだ?」
「私、絶対にモンスターは食べないから」
「別に、食うもんがなかった時考えたらいいじゃねえか。洞窟まですぐに着くかもしれねえし」
「モンスターはちゃんと『悪抜き』すれば大丈夫だよ。出来るだけ血を抜いて、一度水に浸すのが一番いいね。僕は食べた事がないけれど、ディーゴの話だとナイトカモシカはかなり美味しい部類らしい」
「その時はバルドルがちゃんと包丁代わりになってくれるんだよね? 相手がモンスターなんだし」
「包丁の役目を奪うのは気が引けるね」
バルドルはモンスターの食べ方を説明し、包丁代わりになる事を固辞する。バルドルがプライドを曲げずとも、他の剣がきっと自分の代わりに包丁役をこなすだろう。
森の中に入ると少し霧がかっていて、まだ夜明け頃なのかと思う程暗い。枯葉の少し湿ったような臭いが漂ってあまり気持ちがいいとは言えない。
ビアンカがランタンを取り出して周囲を照らし、皆は昨日のように少し柔らかい地面の上を歩き始めた。湿度が高いせいで髪が額に張り付く。モンスターが出ない事を願いながら、一行はしばらく順調に森を南下していた。
* * * * * * * * *
ネオゴブリン、ウォーウルフなどのモンスターを倒しながら、一行は夕方になると出来るだけ視界の良い場所を探し、野営することにした。
少し小高くなった場所に倒木の破片を並べて椅子代わりにし、地面に落ちた針葉樹の葉を足で払うと火を焚く準備を始める。
シーク達も野宿をした事はあるが、基本的には草原のド真ん中だ。雨宿りできそうな岩の窪みに身を潜めたり、木の上に登って休んだだけだ。勝手がわからず、とりあえず小枝を集め始める。
燃えそうなものを集めてファイアーボール。そういう作戦だ。
「中がスカスカになった小枝は煙ばかり出るから、しっかりと詰まった太い木がいい。小枝は火が点きやすいけどすぐ消えるし煙も多い。やり方を教えてあげよう」
「有難うございます! レイダーさんって、器用ですね」
「ああ、小さい事から木を削って置物を作ったり、自作の弓と矢を作ったりしていてね。それで弓を始めたってのもあるのさ。火打ち石はあるから、こうして……って、まさか君達、ファイアーボールでてっとり早くなんて考えていないだろうね」
「あ、えっと……」
「考えていたよ、考えていた。シークは加減して小さく放てば火が点くって」
「あ、バラすなよバルドル」
レイダーは笑いながらとても綺麗に木を組んで、小さな
「うわぁ! あ、こうすれば一気に全部燃えないんだ」
「あとは崩れたら太い木を1つずつ足していけばいい。君達だけで旅をする時も、覚えておくといいよ」
「はい!」
辺りが暗くなっても、火が点いていれば気持ちは明るくなる。ゴウンとリディカが清流探しから戻ってきた後、シーク達は干し肉を炙りだす。
「こういう所で食べると、心細いけど美味しいよね」
「僕に言われてもね。しかもまだ食べていないじゃないか」
「バルドルに言ってないよ、食べたら美味しいよねって思ったんだ。俺腹減っちゃった」
「ちゃんと寝る前に僕を綺麗に拭いてくれるんだろうね?」
「ウォータードラゴン戦の時以外、君を手入れしなかった事があるかい?」
シークは火の傍で洗うためのお湯も湧かしている。バルドルはそれに気付いて途端に懐き始める。
「もう、そういう君の期待も信頼も裏切らない所が大好きだよ! シークは本当に僕の事が大事なんだなあ、照れて仕方ないよ、まったく」
膝の上に置かれたままビクともしないが、その心を表現するなら、猫のように頬を擦りつけ、ゴロゴロと喉を鳴らして尻尾を絡めているような状態だ。
「勿論大事だよ、俺がバスターとしてやっていけるのはバルドルのお陰だ。武器防具の店に入る度に、君よりカッコイイ剣はないなって思ってるのを知ってるだろ?」
「うん、知っているとも! もう食べ終わったかい? もう拭いてくれるかい?」
「まだ口も付けてないよ」
バルドルはどこかにあるであろう目を輝かせ、シークが食事する様子を見上げている。食事を終えると火はそのまま維持し、それぞれが自分の武器防具の手入れを始めた。
バルドルはお湯まで使って手入れをされ、やや独特な鼻歌交じりでご機嫌だ。パチパチと鳴る焼けた木と、一体何の歌か分からないバルドルの鼻歌のハーモニーは暫く続き、時折皆の笑い声も響く。
白夜のせいで完全には暗くならない。リディカの懐中時計はもう21時過ぎを示している。ゴウンの呼びかけで、見張り当番のカイトスターとレイダー以外の者が寝る体制に入る。
布団がある訳ではない。防具が熱せられない程度に火を囲んでの雑魚寝だ。鞄を枕にし、ビアンカとリディカは薄手のブランケットを敷いている。
3時にはゴウンとゼスタが交代で見張りに付き、カイトスターとレイダーは仮眠を取ることになっている。翌日の見張り番はシークとビアンカとバルドルだ。
次の日の行程も順調で、更に1日が過ぎる。現在地が正しければ、地図では低い山脈が真南に見える所にまでたどり着いている。
「あ、ゴウンさん、あの木、ウォートレントですよね」
「ああ、そうだね。よく周囲を見ているね、感心だよ」
「じゃあ、討伐してくるから君達は……」
「マイコニドを倒して、周囲への警戒に徹する事、ですね」
「その通り。じゃ、始めるぞ!」
1体ならゴウン達が苦戦する相手ではない。すぐに攻撃が始まり、大技がいくつも繰り出される。シーク達は教えを忠実に守り、周囲に現れるモンスターの排除だけに専念した。
ウォートレント幹はカイトスターの一振りで大きく抉られる。そして放たれた矢の毒や痺れの効果で動きを封じられ、更には魔法で傷だらけにされて弱っていく。ゴウンが剣で突き刺し、盾による強力な殴打を浴びせると、幹はミシリと音を立てて割れ、ウォートレントの断末魔が響く。
皆、耳を塞ぐことに抜かりはない。
「はい終わり! マイコニドは居なかったようだな。さ、先に進もうか」
「……すげえ、あっという間に倒した」
「私達がでしゃばる必要なんて全くなかったってことね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます