Misty Forest-04


 シークがウォートレントの体内で水を生み出していく。


 どれ程で満タンになるのか、時折モゴモゴと聞こえてくるバルドルの声では分からない。地味だが現状他に良い案は思い浮かばなかった。


「アクアソードにする意味って、何かあるの?」


「洞に飲み込まれた右手がバルドルを握っているから、魔法はバルドルを通じてじゃないと発動できないんだ。バルドルを持っていなかったらそのままアクアを使うけどね。右手で発動したら、ウォートレントの中には魔法を生み出せない」


「変なところで魔法って現実的よね。制約が色々あるみたいだし」


「魔法が不思議な力だったのは200年も前の話だよ。魔法理論の勉強をしたら、割と理にかなっている現実的でシビアなものだと分かるさ」


「そうね、バルドルが喋る事に比べたら……現実的かも!」


 ゼスタとビアンカが守りに徹する。3人とも泥臭い戦い方だという自覚はあった。出来る事をやるという姿勢は、他の新人バスターが是非とも見習うべきものだろう。


「ファイアーボール!」


「みんな、耳を塞げ!」


「ギャアアアアア!」



 ウォートレントはリディカの魔法で洞の中が焼け、更にゴウン達の武器による猛攻によって倒されていく。


 死に際には耳をつんざく断末魔を上げるが、シークは片方しか塞げない。リディカのタイミングを合わせた防御魔法によって、なんとか耳が痛い程度で済んでいる状態だ。もしも近くに無防備なバスターや動物がいたなら、きっと失神してしまうことだろう。


「あとはこの1体か!」


 シークのアクアはウォートレントの許容量を超えつつあった。枝を振るウォートレントの幹のいたるところから水が染み出している。そろそろ限界だろうとホッとし、シークがようやく手を放してもらえると思った瞬間……。


 ウォートレントの幹が勢い良く破裂し、大量の水が滝のようにシークへと降りかかった。


「ぶへっ!?」


「うわっ!? 大丈夫かシーク!」


「ゲホッ、ゲッホ、ふー……まさか吐き出さずに破裂する方を選ぶとは、ゲッホ、思わなかった」


「なんだか良く分からない勝ち方だけど、一応、俺達が倒したっつう事だよな」


 樹液のような、やや粘り気がある液体にまみれ、シークは嫌そうな顔をして顔をぶるぶると振る。外気に触れると樹液は臭いを放ち始める。このままでは虫を大量に引き寄せてしまいそうだ。


 しばし固まっていたものの、状況を把握したレイダーが腹を抱えて笑い出す。つられてゴウンも笑い、シーク達に労いの言葉をかけた。


「いやあ、まさかウォートレントを自力で倒してしまうとは思わなかった、お疲れさん。相変わらず型破りな戦い方をするね」


「ウォートレントはシルバーランクでは一番弱い部類だけど、それでも硬くて攻撃が通り難い上、あの悲鳴や洞による飲み込みで苦戦するパーティーもいるんだ」


「まさか内側からの水圧で倒すなんて……ククッ、ぶはははは! だめだ、堪え切れん、前代未聞だよ、いやー面白い!」


 大声で豪快に笑うゴウン達につられ、シーク達にも笑みが戻る。シークがびしょ濡れのバルドルを労わるように拭いてやると、バルドルは一息ついていかに不快だったかをシークへと訴えた。


「僕をあんな粘液まみれにして。君はそんな楽しみ方が好きなのかい」


「ちょっとやめてくれよバルドル。それ、どういう意味だよ」


「僕を粘液まみれにして楽しそうに笑っているじゃないか」


 聞く者によっては勘違いしそうな発言だ。バルドルとシークの会話がひと段落した頃、ゴウンが周囲の安全を確認した。


「さっきの1体は実質俺達が手を出していない個体だったし、君達の力で倒したと言っていい。それは胸を張るべきだ」


「有難うございます!」


 実力を認められるのは素直に嬉しいことだ。


 シルバーバスターは世界で100組足らず、数百人しかいない。現役のゴールドバスターがいない今、シルバーバスターは世界の頂点にいる。そんな憧れの存在から褒められて喜ぶ3人を前に、ゴウンは咳払いをし、厳しい表情になった。


「ただし、君達の行動は軽率だったとも言える」


「け、軽率……ですか」


「もしかして、ゴウンさん達のクエストなのに、私達が倒しちゃったから……」


「す、すみません! そこまで頭が回らなくて」


 状況を見れば、他のパーティーのクエストの妨害、もしくは横取りとも言える行為だ。3人は加勢に入ったつもりが、余計な事をしてしまったと謝る。


 だが、ゴウンが言いたかったのはそんな事ではなかった。彼は顎鬚を触りながら、軽率だと言った意味を説明し始めた。


「自分達がやらなければならない状況ではないのに、明らかに格上のモンスターを安易に相手しようとした。それが危険極まりない行為だって事だ」


「でも、リディカさんを守って、戦えるなら戦わなきゃと……シークもピンチだったし」


「俺達は君達にマイコニドを任せ、ウォートレントは俺達が倒すと決めたはずだ。リディカが何かあれば攻撃ではなく防御に徹しろ、それを絶対に守れと言ったはずだ」


「……確かに、言われました」


「出来る事をしようという姿勢はいい。だが君達は少しずつ戦いに慣れと過信が生まれ始めているんじゃないか。ウォートレントの骸をよく見てみろ」


 ゴウンの言葉にすっかり大人しくなった3人は、言われた通りにウォートレントの死体の1つを覗き込み、折れた幹の隙間を確認した。


「……これ、もしかして」


「そうだ。これが恐らくこの森に入って、行方不明になったと言われていたバスター達だ」


 切り倒されたウォートレントの残骸の中から、樹液に包まれた鎧や武器が見つかる。まさか身に着けていた何もかもを捨てて逃げたとは考えられない。肉や骨は吸収されてしまったのだ。


「……鎧や武器は溶かせないんだな。これはホワイトのバスター証か、こっちはブルー。つまりさっき囲まれた時、俺達だけだったらまず助からなかったって事だ。シークを助ける余裕もきっとなかった」


 シーク達と同等級のバスターが敗れているという現実が、オーガの住処へと行った際に見つけた骨の山をフラッシュバックさせた。


 3人はホワイト等級になってすぐにオレンジ等級のモンスターを倒した。ウォータードラゴンと戦って傷ついても、勇敢だと褒め讃えられた。


 悔しいなどと思う暇もなく、頑張れば頑張るだけ、実力も評価も勝手についてきた。本当の意味での挫折や絶望を感じた事はまだない。


 オーガの住処となっていた洞穴に入った時は、確かに自分達の死を意識していた。けれど今のウォートレント戦では全く意識していなかった。


 頑張れば勝てると甘く考えていた。いや、むしろ考えてすらいなかった。3人にとって結果が付いて来る事は当然だったとも言える。そんな3人を諭すように、再び目の前に他人の亡骸が現れた。


「君達は、まだ誰かが目の前で命を落とす場面を見ていない。その絶望感と恐怖を知っていれば、もっと自分を大事にするようになる。知って欲しくはないけどね」


「言われるまで、自分達が自惚れていたことにすら気づいていませんでした」


「私、強くなる事に憑りつかれていたのかもしれません。評価されたんだから相応でいなくちゃならないって」


「俺は……活躍出来ているって実感に酔ってたのかも。まだまだゴウンさん達に教えてもらいたいから、気を付けます」


 シーク達は決してそんなつもりではなかった。しかし振り返った時、いつの間にか謙虚さや慎重さを失っていたと気付き、反省を口にする。ゴウンは思いが伝わった事に安心し、先輩らしくフォローを入れた。


「そんなに神妙にしないでくれ。俺は君達にこんな事で将来死なれたくないんだ。こうやって一緒に大森林まで来てしまうほど、俺達は君達の事が好きだからね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る