New World-14


 ビアンカは店主に連れられ、軽鎧のコーナーに向かった。そこで幾つか店主お薦めの防具を出されるが、肝心の良し悪しが分からない。ビアンカが悩んでいると、全く喋らなかったバルドルがようやく口……か何かその代わりを開いた。


 バルドルは、出来る事をやると決めたビアンカの決意に負けたくなかったのだ。


「その一番右の灰色のプレートメイルがいい。ゾディアック合金製で、職人の目利きもいいんだ」


「やっと喋ってくれたわね。説明をお願いしてもいいかしら」


「材料の不純物が殆どないんだ。青い縁取りが黒髪で色白なシークにも合う。何より艶消し処理で目立たないから、モンスターを過度に刺激しない……」


「ちょっと待った、今の声、その剣か!」


 バルドルの声を遮るような店主の声に、バルドルは一瞬悟られないようにムッとしながらも素直に答える。


「そう。でも色々と説明する暇がなくてね、早く戻らないと。シークの目覚めの一番に声を掛けるのは僕だ」


「聖剣だな? 噂通りだ、本当に喋るとは」


「どうして喋るのかは分からないけど、確かにバルドルの声よ。おじ様、そちらの防具はお幾らかしら。背の高さは170セルテ(センチメーテの略称)ちょっとありそう」


「足具、と小手も必要なら全部で……30+10+6+8で……54万になる。だがお嬢さんが仲間のために買いに来たとなれば、店頭価格そのままなんて無慈悲な事はできん。そうだの、47万ゴールドでどうだ。最新モデルにしては破格だと思うが、どうかね」


「47万……そうね、ブルー等級だもの、そうよね」


 ビアンカは送って貰った支度金の額を考え、とても悩んでいた。バルドルも認めた装備なら間違いはなく、新作装備が1割以上値引きされることはまずない。量産型でない場合は尚更だ。


 だが、ビアンカが今受け取っている支度金は40万ゴールド。勿論新人の旅立ちの為に準備したにしてはかなりの金額だ。とはいえ、移動費で殆どなくなった個人のお金を足しても、あと2万ゴールド足りない。


「どう、しよう……」


 ビアンカが2万ゴールドを後払いできないかと口を開いた時、店の扉が開き、チリンチリンと鈴が鳴った。他の客が入ってきても、まさか欲しい物が被ることはないだろう。しかし明日まで残っている保証もない。


「ビアンカか。何してんだ」


「……えっ、ゼスタ!?」


 驚いて振り向いてみれば、入って来たのはゼスタだった。


「お前それ、まさかシークの? あーもしかして、同じこと考えてたか」


 ゼスタもビアンカと同じように、シークへのプレゼントとなるものがないか、管理所に一番近いこの店にやって来たのだ。


「……そうよ、あの防具はもう使えないでしょ? 私、どうしても新調してあげたくて」


「幾らするんだ」


「……47万ゴールド」


「47万!? 足りるのかよ」


「……お願い、あと2万ゴールド出して貰えないかしら!」


 ビアンカはシークのために装備を買いたい事、めいっぱい値引きして貰ってもまだ2万ゴールド足りない事を話した。自分の金で買うというビアンカの意志は固く、ゼスタは全て聞いた後でその思いを汲んだ。


 ゼスタは魔力増幅効果のある装飾品を買うつもりだった。その資金を防具に充てるためビアンカに渡し、ビアンカは店の主人に支払いを済ませる。


 麻袋にシークの装備を入れた2人は、急ぎ足で病院へと戻ることにした。


「あっ」


「どうしたんだ? バルドル」


「シークが目覚める、急いでおくれ」


「え、分かるの!?」


「僕を何だと思っているんだい。主の気配はすぐに分かる」


 病院のロビーに着いた時、バルドルがシークの気配の変化を感じた。にわかに信じがたいが、バルドルははっきりと言い切る。ゼスタは装備を大事そうに抱えており、急ぐことが出来ない。


「先に行け、俺は装備を揺らさないように歩いていく」


「ごめん!」


 ビアンカはバルドルをしっかりと両手で抱え、病院の廊下を走り出した。


「こら! 病院の中では走らない!」


「ごめんなさい! でも緊急なんです!」


 行きと同じように怒られながら、ビアンカは2階へと駆け上がる。若干足を滑らせながら、シークが入院している南向きの病室の扉を勢いよく開いた。


「シーク!」


 ビアンカは部屋に入るなり大声でシークの名を呼び、ヒーラーの間に分け入ってバルドルをシークの枕元に置いた。1組目の番だったのか、老婆が顔中の皺を深く刻みながらニッコリと笑う。


「体内の魔力が流れ出した。もう目覚めるだろうよ、この子もよう頑張ったわい」


 ビアンカがもう一度発しかけた声を飲み込み、ちょうどゼスタが病室に着いて扉を閉めた時、バルドルがゆっくりとシークへ話しかけた。


「おはよう、シーク。気分はどうだい」


「ん……バルドル? あれ、ここは」


 シークのまぶたが動き、静かに開く。光が眩しいのか一瞬目を閉じるも、顔色は良くなっていく。覚醒していく中でシークはまたゆっくりと目を開ける。南向きの窓がある左側へと首を傾け、バルドルの姿を確認した。


「ここは、ベッド?」


「あんまり眠りこけて起きないものだから、病院に連れてきたのさ」


「眠り……そうだ、ウォータードラゴン! みんな無事か!?」


 意識を手放す直前まで戦っていたウォータードラゴンを思い出し、シークは勢いよく半身を起こす。


 ヒーラー達は上手くいったと喜び、ビアンカは溢れる涙も声も抑えきれずにシークに抱きつく。ゼスタも後ろで静かに涙を拭っている。


「えっ、あれ? ウォータードラゴンは」


「ゴウンさん達が手伝ってくれて無事に倒したぜ」


「ふ、ふぇっ、せ、背中潰されて、頭、血が出て、大変だったんだから……!」


「倒した……そうか、ゴウンさん達の姿を微かに覚えてる。まだ状況飲み込めてないけど……ビアンカ、心配有難う。ゼスタも、ごめんな」


「一番心配していたのはバルドルだ。な? バルドル」


 シークがベッドからバルドルをそっと持ち上げ、シーツがかかった自分の膝の上に置く。見た目に変化など全くないが、自分を心配してくれていたと知ると、少し可愛い奴だと思えてくる。


「心配かけたね」


「まったく、君は300年も眠っていたんだから」


「幾ら俺が目覚めたばかりでも、流石にそれは信じないよ」


「そうかい。目覚め良くて何より」


 どうやらシークは頭を強く打った後遺症もないようだ。バルドルもすっかりいつもの調子を取り戻している。


「ったく起きて早々そのやり取りか。まあそれだけで無事だと分かった。先生に報告してくるからもう少し横になってろ」


 面倒臭そうに言い放ちながら、ゼスタは顔が綻んでいる。扉を閉め、良かったと漏らしたゼスタの手には、渡し損ねた黒い魔術書カバーが見えた。

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