New World-13



 杖をつく老婆は最年長なのだろう。その場を仕切ると、短めの白髪の前髪を赤い紐で留め、杖を掲げて詠唱に入った。あんなに曲がっていた腰はどうしたものかと思えるほど真っ直ぐだ。


「ヒール! ほい、続きな!」


 老婆2人がヒールを唱え、他の者がそれぞれケアを唱え始める。部屋の中には爽やかなそよ風がベッドを中心に渦巻く。青白い微光と薄い緑色の微光が重なるように、シークの体内へと吸い込まれていく。


「効いておるようだの。神経の方がやられとるで、ちゃんと魔力込めてやらにゃ、あたしらが来た意味がない。この調子でいくよ!」


「はい!」


 老婆の掛け声と共に、断続的な術の発動が始まる。病み上がりのビアンカとゼスタも、シークが目覚めるのを部屋の隅でひたすら待つ。


 時々数人ずつ休憩しながら、最初の班は全力で魔法を掛けていく。ゼスタが途中でバルドルをシークの隣に置いてやり、ビアンカは休憩に入るヒーラーへ、船で受け取ったマジックポーションの幾つかを渡していく。


「私、管理所に行ってくる。預けていたマジックポーションとエリクサ―があれば、みんなの足しになると思うし」


「頼む。俺はついていてやりたい」


 ビアンカは自分の鞄を手に取ると、部屋から駆け足で出て行く。数秒立たないうちに廊下で「廊下を走らない!」という女性の声が聞こえる。叱られたのはビアンカに違いない。





 * * * * * * * * *





 ビアンカは病院から出て、管理所まで小走りで向かった。管理所でアイテム類を受け取ると、そのまま管理所の電話を借りて話をしている。相手は実家の母親。フロアに響かないように声を抑えている。


『あら、ビアンカ。どう? 元気にしているのですか? 怪我はありませんか』


「ちょっと怪我しちゃったけど、もう治ったわ。痕も残ってないから大丈夫よお母様。今エバンって町にいるの」


『エバン? まあ。あなたそんな遠い所まで行って大丈夫なの? みんな心配していますよ』


「仲間も一緒だし、シルバーバスターの人達も一緒なの、安心して」


 ビアンカは母親に近況を伝えたいようだ。心配しているという父親や、会社を継ぐ為に働いている兄、親戚への報告を依頼していた。普段は欠片ほども見せないが、時折聞こえる「お父様」「お母様」という言葉遣いは、ビアンカの育ちが良い事を伺わせる。


 一通りの報告を伝え、ビアンカが少し間を置いた。電話越しに母親が心配の声を掛ける。


「あの、ね。あの……お願いがあるの」


『何かあったの? あなたのお願いなら母は何でも聞きますよ』


「……絶対に頼らないって、言い切ったのに、頼むなんて悔しいけれど」


『まあ、そんな事を言わないの。あなたの頑固は誰に似たのかしら』


 ビアンカの声色が暗くなる。ビアンカは俯き、言葉通りの悔しそうな表情になっていく。


『ビアンカ?』


「……私、私のせいで、パーティーの男の子が、怪我、しちゃった」


『怪我? どうしたの? 大変な怪我なのですか?』


「手術が終わって、ヒーラーの人達が回復魔法掛けてくれているの。でもこのまま目覚めなかったらどうしよう……!」


 受話器を持つビアンカの手が震えている。


 明るく振舞っていたのは、周囲に余計な心配をさせないためだった。本当はシークが目覚めていないと知った時から、ずっと泣きたいのを我慢していたのだ。


 涙目になりながらも搾り出す声に、ビアンカの母親は事態を察し、優しく声を掛ける。


『落ち着いて。泣きながらでもあなたに出来る事があるなら、それをやりなさい。その子はあなたを責めるような子じゃないのでしょう? だからこそ滅多に泣かないあなたが、そんなにも責任を感じているのよね』


「シークは、絶対に気にしないでって言うわ。……っく、だって、優しいもん。自分は装備の更新を後回しにしたくせに、私達が狙われないようにモンスターの注意を全部受けて……っく、きっと、同じことがあればシークは……また怪我をしてでも私達を守ろうとするわ」


『だったら、あなたが強くなりなさい。母はバスターの事に詳しくないけれど、あなたが楽しそうに話してくれるシークさんは、とても良い子なのね。あなたが出来る事は何かないかしら』


 ビアンカは咽び泣くのを何とか抑え、いつもの優しい口調を崩さない母親の声で少しずつ落ち着きを取り戻す。そして、決心したように1つの願いを伝える。


「お母様、私が断った旅の支度金、今更だけどいただけないかしら。手術のお金を払い終わったら、シークの防具が買えないの。きっと潰れた防具を修理するなんて無理。これは仲間の共有資金で買う訳にはいかないの」


『勿論よ。他の家庭が可愛い我が子にしている事を、母にもさせてちょうだい』


 ビアンカは母親に援助を頼み、母親はそれを快諾した。金持ちだからと言われたくない、そんな自分の意地は仲間を守るためには邪魔になる。


 そう気付いたビアンカは、明日お金を受け取ればすぐに防具屋に駆け込もうと決めた。




 * * * * * * * * *




 病室では相変わらずヒーラー達が奮闘していた。4時間おきに交代しつつ、シークに途切れることない回復魔法を掛け続けている。


 朝になり、仮眠を取っていたゼスタとビアンカが目覚めた時には、順番で言えば2組目のパーティーが順番を終えるところだった。


「おはようございます。シークは……何か変化がありましたか」


「私の感覚で言えば神経系統も順調に治っているかな。今日中に目覚めるんじゃないかしら、そこで終わりじゃないけれど」


「そうですか、良かった。お疲れだと思いますし、サンドイッチやマジックポーションも持って行って下さい」


 3組目の番が始まり、しばらくして日が高く上りだした頃、ゼスタが外の空気を吸ってくると言って外出した。ビアンカもちょっと用事があると言い、病院から抜け出す。


 よく見れば、ビアンカが両手で抱えているのはバルドルだ。


 ビアンカは町の銀行で受付に通帳を渡し、出金の許可が下りるとすぐに防具屋へと向かって歩き出す。


 ビアンカがバルドルを握った時、バルドルはその意図をすぐ感じ取った。シークの為に何か出来ればと考えていたのはバルドルも同じだ。自分の目利きが役に立つのならと協力する事にしたのだ。


 潮の香りがする海沿いのメインストリートから1本入った道は、高い煉瓦造りの建物に挟まれて日当たりが悪い。その通りに1軒の防具屋を見つけると、ビアンカは赤い軒先を備えた木製の扉を押し開いて店の中に入った。


「いらっしゃい」


「あ、こんにちは。えっと……防具を見せて下さるかしら」


「バスターランクは」


「ホワイトです。あの、探しているのは私の防具ではないのです。パーティーの男の子の防具をお願いできないかしら」


 畏まった時、もしくは周りに知り合いが居ない時、親しく話せる相手かどうか分からない時、ビアンカはどうも口調がお嬢様だった時のように戻るらしい。


「ホワイト? 見かけん顔だがもしかして、昨日管理所の放送で名前が出ていたシーク・イグニスタか」


「え!? はい、そうです。よく分かりますね」


 少しおでこが広くなった店主は、やる気の無い様子でカウンターに頬杖をつき、本を読んでいた。だが途端に立ち上がってニッコリと笑う。接客する気になったようだ。


「ホワイト用を見る必要はないぞ。彼が目覚めたらこの町の管理所はブルーランクを与える。知っとるか、昨日船に乗り合わせた者が管理所にあんたらの推薦状を出しとるんだ」


「え、推薦状!?」


「それにあの最速昇格の3人組だと知って、エバンの管理所もギリングに連絡を取った。エバン、ギリング双方が示し合わせた上で等級変更を決めとる。儂の孫が管理所におってな、昨晩その手続きで夜遅くに帰ってきよった」


「私達が、ブルー等級に……」


 ビアンカの驚きに、店主はニヤリと笑う。


「さあ、とびきりの逸品を見せてやる、こっちだ」

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