Interference-10
ゼスタがノウやダイサやイサラまで歩いた距離と、その日数をメモ用紙に書いていく。鉄道を走る汽車の速度などを教えると、シークはようやく理解した。
ただ、どうしても汽車が走る姿や、潮の流れと川の流れの違いなどは想像出来ない。まだシークの中で、海は「地図は北が高くて南が低いから、北から南に流れている」ようだ。
「シークって、賢いのにこういった事に疎いのね、ちょっと意外」
「だって、俺はギリングに通学するまで村のちょっと外くらいまでしか出た事なかったんだし」
「シークにとってはこれから大冒険だな。首都に着いたら驚くぜ? ギリングの10倍くらい栄えてる」
「ふうん……人がいっぱいいるのかな」
「あ、駄目だ。シーク多分全く想像出来てないや」
シークはギリングですら途方もない都会だと思っている。それ以上の大都市がどんなものか想像した事もない。
イサラ村とアスタ村の雰囲気の違いのようなものだろうと思い、シークは分かっているようなフリをして「そんなことはないよ」と言い返した。
とその時、職員の若い男性が歩み寄って来て、シークへと声を掛けた。
「シーク・イグニスタさん。事情聴取のため、部屋までお越し下さい」
「あ、はい。あの、俺だけですか?」
「ええ、場合によっては残りの2人も。会話の内容は他人に公開するものではないのでまずは1人ずつ」
「分かりました。じゃあ、俺ちょっと行ってきます」
「頑張って!」
「うん」
何を頑張るのか分からないと苦笑いしつつ、シークはバルドルを手に取って職員の後に続いた。
石の床にシークと職員の靴の音がコツコツと響く。通路を進み、左手に「面談室」と書かれた部屋の前に着くと、シークは職員に促されて両開きの扉を押し開いた。
「やあ、そこの席に座って」
「はい」
面談室の中は茶色の絨毯が敷かれ、2人の職員が大きな机についていた。対面には数メーテ離された木製の椅子が1つ置いてある。
飾り気のない殺風景な部屋の中、机の脇の壁には大きな本棚があり、法律や、バスター規則に関する本が多く並べられている。
シークが座ると職員の男性は「リラックスしていい」と告げ、何やら冊子を捲りだした。
「シーク君。君のクエストの受注状況などを色々見させてもらった。新人には珍しく、推薦の声が多く集まっているようだ。以前ホワイト等級相当と認められた時からも幾つか届いている。心当たりがあるかい?」
「え!? いえ、心当たりはありません。北東の村に立ち寄って、引き返してからまたギリング近郊でクエストをこなしていただけで、特別な事は何も」
シークは特別人助けをした訳でも、貢献できるようなクエストをこなしたつもりもない。
「1つは、君に魔術書を託した遺族の方々だ。他にはイサラ村を通ったバスターが2組。明らかに新人とみられる3人組がイエティを倒していたと報告してきた。この管理所に飾っていた君の表彰の写真を見て、君達だと判断したようだ」
「確かに、イエティを倒していました。でも、そんな推薦されるような事では……」
「推薦というのは、理由はどんな些細な事でもいいんだ。ポイントの大小はあるけれど、基本的には加点となる。君達は有望視されたんだよ」
職員の男はシークを落ち着かせるようにニッコリと微笑み、まずはシークの実力を評価した。それにつられ、シークもやや緊張がほぐれてきている。
「そして、先程の事件だ。うちの職員もミノタウロスと戦う様子を見物していたんだが、確かにすばらしい動きだったと言っていたよ。ベテランが評価するのも不思議ではない。装備のハンデがある事を考えれば、その実力はオレンジ等級と比べてもかなり高いと言える」
「あ、有難うございます」
「さっきのミリット君にも、管理所としてのそんな率直な意見を伝えたつもりだ。彼が君達を疑った事に、何か心当たりがあるかい?」
「それは……」
シークは修理工達を助けようとした時の事を話した。ミリット達に依頼を横取りされた事、ミリット達が護衛を放棄して作業員を危険に晒し、自分達が救いだした事。
その後、抗議したビアンカが管理所へと出頭させて、彼らが謹慎になったという経緯も伝えた。
「なるほど、彼の話と食い違う所もあるが、おおよそ把握できた。つまりは逆恨みだね。買収、不正、色々な事をいいつつ、そのどれ一つとして根拠がないものだった」
「まあ、多分そういう事だと思います」
「君から彼の処分について、何か言いたい事はあるかい?」
「処分、ですか」
「ああ、被害者となる君の意見も報告しようと思うんだ」
言いたい事と言われたら、ちゃんと謝ってくれと言いたい所だった。しかし、改心せず口先だけの謝罪をされても意味がない。
「バスターとして活動していくのなら、きちんと反省して欲しいです」
「そうか。彼からの謝罪があれば受け入れるかい?」
「いえ。謝罪って、する方が許されるためのものですから。俺は謝罪なんてされた所で何の得もないです。でも、態度で示してくれたら、納得できる気がします」
「手厳しいね。でも理不尽な文句を言われたのなら、そのような考えも無理はない」
シークには現時点で許す気がないという事を確認し、質問をした職員は頷いた。もう一人の男は会話を記録している。これらの会話が今後のミリットの処罰に影響するのだろう。
シークは事情聴取と聞いて、自分も何かミリットの主張に対して反論しなければならないのだろうと考えていた。だがここまではミリットについての質問が多い。シークは油断していた。
一通りミリットについての質問が終わると、次にはシークについての質問に切り替わったのだ。
それは疑惑として挙げられた1つ1つについて、弁解を要求されるものではなかった。新人としてはイレギュラーなシークのスタイルや、活動に対しての質問だった。
「君は魔法使いだね。何故ロングソードを使っているんだい」
「それは、その……魔術書を買うお金がなくて、でも何か武器がないと困ると思って」
「それで、わざわざロングソードを?」
「……はい」
突然の深く突っ込まれては困る質問だった。シークは上手くかわそうと考える暇もない。
ロングソードが家にあったと言えば、きっとそれを何故更新せずに使っているのかと問われるだろう。そもそも家系にバスターがいないシークの家に、何故ロングソードがあったのか、という質問が返ってくるだろう。
武器屋で買ったと言えば、その金で魔術書を買えばよかったと言われる。村の共用武器を借りたと言えば、村の所有する武器の目録を確認された時に嘘がばれてしまう。
ミリットの言う「装備の疑惑」の一部は、実は当たっていた。あの場ではシラを切っていたくせに、この場で告白するのはとても卑怯だ。それにシークは誤魔化しきれないと思っていた。
「そのロングソードはどこで手に入れたものですか? 見たところ、鞘は黒くて分かり辛いですが、割と凝ったデザインのようですね」
「……」
もしもシークの心の中を覗くことが出来るのなら、全速力で走り回り、頭を抱えて転んでのたうち回り、土下座していただろう。それくらいシークは追い詰められた気分だった。
そんなシークの手元では、バルドルがそのやり取りを黙って聞いている。このままではシークが今まで皆を騙していたという話になりかねない。
そう思ったバルドルは、ここはシークを自分が助けるべき所だと判断し、ゆっくりと喋りはじめた。そのせいでシークは更に慌て、追いつめられてしまうのではないかと思われたが、バルドルには勝算があった。
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