Interference-09
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すっかり晴れて地面も固まりだした頃、シーク達は再び管理所を訪れていた。事件を整理するため、事情聴取に呼ばれたのだ。
管理所として不名誉な噂を流された上、加害者も被害者もバスターだ。となれば、たとえシーク達から警察へと被害の届が出ていなくても管理所は動く。
シーク達を連れ仲裁にも入ったパーティーとして、ゴウン達も同席していた。
「いやあ、君達も災難だったね」
「こんな分かりやすい逆恨みも、そうそうないなと……参りました。ビアンカ、いったいあいつにどんな殴り込みをかけたんだよ」
「え!? いや、私は本当に抗議しただけよ。管理所に報告するって言ったら自分達の口で報告するって言ったから、一緒に管理所に向かって頭を下げさせただけ」
「理由はともあれ、あれじゃあまたバスター資格を1週間程度は停止される。怖いから逃げました、依頼人は置いてきました……だなんて、バスター全体の信用問題だからね」
シーク達は、まだ法律やバスターの決まり事を全て熟知しているとは言えない。ゴウンはミリットの行動が何に抵触するのか、丁寧に教えていく。
少なくともシーク達にお咎めはない。装備や昇級に疑いはかけられていないと言われ、ようやく安心したのか、3人ともソファーの背にもたれ掛かり、大きく息を吐いた。
「ホッとしたところで、これからの君達の旅を考えていこうじゃないか。今日、ミノタウロスと戦ってみて、感想は? どうだったかい」
顎鬚を触りながら問いかけるゴウンに対し、まずビアンカが両手の平で首回りを抑えながら考える仕草を見せ、自分の考えを述べる。
「正直、ミノタウロス戦は今のままじゃ1日1回が限度です。武器の性能より、根本的に私達の力や攻撃の重さが足りてないと感じました」
「俺もそれは思った。バルドルはミノタウロスにサクッと刺さるんだけれど、そこから斬り進む力が出てこないんだ。魔法剣を発動させても、傷口にファイアボールを撃つのとまだまだ大差ない」
「俺も、剣を当てるだけじゃ体表に傷がつく程度で、しっかり斬るには立ち止まるか体重を全部乗せないと無理だった。あいつの攻撃を喰らった時は、攻撃が重過ぎて吹き飛んじまった。双剣の防御は全力でも圧されたし」
「防御面なら、私は動きを見切れなくて、小手と鎧の間を引っ掻かれたわ。動作と動作の間が私の場合まだまだ緩慢ね」
3人はミノタウロスに対しての感想と、自分に足りない所が何かを分析する。ゴウンは3人がそこまでの考えを述べるとは思ってもいなかったようだ。
左隣りに座っていたカイトスターは頷きながら、地図は持っているかと尋ねる。ビアンカがそれに答え、昨日買ったという赤い肩掛けのバッグから、1か月間しっかり使い込まれた地図を取り出して広げ、ギリングの位置を指で示した。
その地図を使い、カイトスターも説明の為に指で追っていく。
「俺達と出会った北東のイサラ村がここだ。その北にシュトレイ山がある。この山道を抜ければ大森林があって、こことは全く違うモンスターの生態系がある」
「北東の山越えも、南東の砂漠もまだ私達には無理ですよね。アスタ村の先の草原は進めるけれど、オーク以上の強い魔物が出ないから成長出来ないって事だし。その南の砂漠は危険です」
「海か、俺は海なんて見たことがないや。砂漠も見た事ないし。ミノタウロスみたいな強い魔物の生息分布ってどうなっているんだっけ? ゼスタ知ってる?」
「いや、流石にまだ相手に出来るなんて思った事もないし。バルドル、俺達に相応しい練習場所って分からないか? ミノタウロス程じゃなくていいんだけど」
バルドルは考えるふりをして(いるのだが、恐らく誰もそうは見えないだろう)、シークの指を借りて自分が考えるおおよその場所を伝えた。
「大森林は経験を積むにはピッタリだ。視界が悪く動き方を考えないといけないし、見えない気配を探る為の神経を研ぎ澄ます事が出来る」
「地形的にってこと?」
「地形もそうだけれど、北に行く程モンスターは大型化するんだ」
バルドルの説明を補足するため、カイトスターは海沿いの町を指し示す。
「大森林の北東に『エバン』って町があるだろう? 北北西から北にかけては海に面している。東・西・南の3方を森に囲まれ、山越えするバスターも少ない。用がなければ海路を使ってまで立ち寄らない」
「つまり、モンスターは手頃な強さで、バスターは少ない、ってこと?」
「流石は僕の持ち主、その通りだよ。僕が選んだだけの事はある」
「俺の膝で『上から目線』をどうも。300年前と今じゃ様子が変わっているかもしれないよ」
バルドルは勇者ディーゴと300年前に立ち寄り、その周辺でモンスター討伐をした事がある。当時の様子からシーク達に最適な場所だと考えたようだが、300年もあれば世界の情勢も生態系も大きく変わる。最新の情報がどうなのかは、ゴウン達の方が詳しい。
シーク達の目線は、自然とバルドルから離れてゴウン達へと向けられる。バルドルはさめざめと泣くフリをして(いたのだが、恐らく誰もそうは見えないだろう)時代遅れな聖剣だと思われるのは悲しいと呟いた。
「いや、バルドルの話の通りだ。エバンは今、船の燃料補給基地としても栄えている。それに油田があってね、この大陸の国々と、南東の大陸の国にも輸出されている。重要な場所なんだが、大森林の中はモンスターが強く、殆ど手付かずだ」
「ほら、僕の言った事に間違いはなかった」
「君が『ほんとつき』なのは分かってるよ、300年前に本当だったことが、今も変わりないか確認したかっただけさ」
バルドルの知識は今でも役に立つようだ。刀身が柔らかければ、きっとバルドルはふんぞり返っていたことだろう。
「ということは、山越えをせずにエバンに行くというのが現実的……」
「西の隣町から鉄道で西に行き、隣国に抜けてから港を目指すのが最善だ」
「この国を出る、ってことですか」
「そうだ。ジルダ共和国から出てエンリケ公国の港、カインズまで。結構な長旅だが、それが一番いいだろう」
「そうね、北の山道を守られながら進むのは違う気がする。強くなる為に教えてもらうのと、旅を進める為に代わりに道を作ってもらうのは同じじゃないわ」
「俺も同感。シーク、バルドル、いいかな」
「あ、えっと、そう……だね」
シークはバスターになるまで、とても狭い世界で生きてきた。アスタ村から北はギリングまで、西は草原の数キルテ、南も同じようなものだ。東は村から数キロメーテ先にある大きな川の岸まで。イサラ村など異国同然だ。
そんな自分が今は新しい土地はおろか鉄道にまで乗り、隣の国に入ろうかという次元の話をしている。スケールについていけない。
大森林と、村と町の間にある森の違いも分からない。川と海の違いも聞いたり習っただけの事で、実はあまり分かっていない。
鉄道は知識として知っているだけで、他の国があるなんて事は、地図の上での線引きしか感覚として持ち合わせていない。
そんな狭い世界をのんびり生きてきたシークを気遣ってか、バルドルはその気遣いがあともう少し足りていないような申し出をする。
「ごめんよみんな。僕の持ち主は多分、鉄道も国境も、海も船も見たことがない。みんなよりちょっと物を知らないんだ。だからとりあえず、目先の事……例えば最寄の目的地の話をしてくれると有難いのだけれど」
「ねえ、バルドル」
「なんだい」
「……俺の事をどう思ってる?」
「とても立派な魔法剣士だと思っているよ」
「……どうも」
「世間の事を知らない、という言葉を敢えて伏せるとすればの話だけれど」
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