Interference-08


 ビアンカが怒りの形相でミリットを睨みつける。


「ビアンカちょっと落ち着け。えっと、あんた名前なんだっけ? 具体的に俺達がどういう不正をやったのか、挙げてくれよ。俺達はミノタウロスを倒すことでやましくないと証明した。今度はあんたが証明する番じゃないのか?」


 ゼスタがビアンカの両肩に手をポンと置いて落ち着かせる。


 ミリットは依頼者を置いて逃げた時、バスター管理所に通報された事を恨んでいた。具体的に何と言われて戸惑うかと思いきや、不敵な笑みを浮かべてゼスタを指差した。


「まず、お前らの装備が怪しい! 本当にホワイト等級のものか? そんな装備を揃える金なんてどこで稼ぐ? 次に駆け出しの割にお前らを擁護する人間が多い! お前ら、金で人気を買って有利に事を進めているんだ!」


「はっ? 完全に思い込みじゃねえか。陰謀説持ち出さねえで証拠出せって。俺もビアンカもシークもひたすら戦ってきたんだよ、お前が女の子相手にマウント取ろうと必死になってる間にな」


 ゼスタは笑顔が引きつり、口調も荒くなりかける。見かねたシークは止めに入る……のではなく、静かに我慢の限界に達していた。ゼスタの言葉に続き、更に畳み掛ける為に口を開く。


「ビアンカもゼスタも死ぬ思いをしながら努力してきた! それとも、俺達に武器を売ってくれたマスターが悪い事をしたとでも言うのか? お前の後ろにいる人達が、俺達に金で買われるような人達だって言いたいのか?」


「そ、そんな事言ってねえだろ! 努力だと? お前達が不正をした、それが問題なんだろ!」


「あんたが俺達に言ったんだよ! 俺達の装備の等級が怪しい、金で人気を買ったって! 俺達を悪く言う為に、他の人まで巻き込むんじゃねえ!」


「た、他人を盾にして正当化しやがって……そういう所がズルいんだよ!」


 シークが普段絶対に見せない怒りに、ビアンカも、親友のゼスタすらも驚く。怒りは頂点に達しているはずで、殴りかからないだけまだ行儀がいいのだが、それにしても予想外なのだろう。


 そんなやり取りを観衆が心配そうに見守る中、1人の女性がミリットの視界を遮るように立った。何だという表情でミリットが見上げた瞬間、その頬に乾いた大きな音が響く。


 周囲の者も、ミリット自身も、一瞬何が起こったのか分からなかった。数秒してその女性が思い切り平手打ちしたのだと気付いた。


 その平手打ちをした女性は、リディカだった。ゴウン達ですら、驚きの表情を隠せない。


「私はシルバー等級のリディカ・スタイナー。3人の実力を誰より認めていると断言できるマジシャンよ。私達、悪いけどお金には困ってないの。装備を買うように勧めたのも私達だけど」


「し、シルバーバスター!? 実質最高位じゃ……あいつらをシルバー等級が認めるなんて、あり得ない! だいたい、そんな接点なんて……」


「あなたが信じたくないだけでしょう? 不正? 買収? あの子達は才能と努力で出来る最大限の事を必死にやって来ただけよ! どれだけ貶めようと、あなたが強くなるわけじゃないわ!」


 ゴウンはリディカの腕を引いてそっと抱き寄せ、それ以上は止めておけと制止する。


「魔術書を買うお金もなく、剣で必死に戦ってきた魔法使いの少年。家柄ではなく自力で出来る事を証明しようと必死な少女。ベテランパーティーで惨めな思いをし、出遅れてもここまで這い上がった少年……君は彼らの何パーセントの努力をした?」


「努力努力って、それで何とかなるもんかよ……」


「努力を信じず才能もなく他人を貶めるのなら、君はバスターを辞めるべきだ。他のバスターの邪魔になる。日銭を稼ぎたいなら仕事は幾らでもある」


「……」


「君みたいなバスターは長続きしない。誰も助けてくれないからね」


 ゴウンが冷たく言い放つと、ミリットは何も言い返せなくなった。しかし、その目がまだ悔しそうにビアンカを睨んでいる。


 ビアンカはため息をつき、1歩前に出た。この火種を作ったのは、管理所に引きずり出した自分でもあるからだ。


「ミリット。あんたね、あの時私が言った事、全然分かってない」


「あ?」


「あ? じゃないでしょ! あんたが年上でも同級生として言わせてもらうけど、あんた達本当に最低よ。水門を直してた修理工のおじさん達を見捨てて、あんた何してたの」


「み、見捨てた訳じゃねえよ! でも勝ち目がなくて」


 ビアンカは再度ため息をついた。冷静でいようと努めているものの、拳は固く握られている。


「で、助けを呼びに戻った訳でもなく、そのまま家に帰ったの? あの人達が死んでも仕方ないって思ったの?」


「……誰だってお前みたいに強気でいられる訳じゃねえよ」


「じゃあ何で今はそんなに強気でいられるのよ。あんた、7年も8年も掛かってやっと卒業して、やることがこれ? 何のためにバスターになったの」


「……俺だって、別に好きでおっさん達を置いて逃げた訳じゃねえよ!」


「じゃあ何で助けを呼ばなかったの。大事なのは直接的であれ間接的であれ、依頼人を守る事だったでしょ。私があんたから聞きたいのは、嘘や言い訳じゃない」


 ビアンカは槍を地面と水平に持ち、姿勢を低く構える。


「見てて」


 ビアンカが気力を込め、槍を思いきり前方へ突き出す。すると一瞬強い風が駆け抜け、前方の地面が遠くまで抉れた。ビアンカが込めた気力が、空気の砲弾のように矛先から放たれたのだ。それはまだ一緒にいるシーク達ですら見た事がない技だった。


「なっ……! 何でお前がそんな技を」


「一撃の重さなら私は同期に絶対に負けない。動きの俊敏さならゼスタの方がもっと速い。シークみたいに魔法と剣を同時に使うなんて、あんたに出来る?」


「……」


「一緒のクラスだった時の私を知ってるでしょ。さっきのがその私の今の姿。私達はやるべき努力をやるべき時に、やるべき事にやってきた。私に依頼して後悔する人なんて、絶対に出したくないから」


「……俺だって努力もやるべきだと思った事もやったさ! お前らみたいな天才との違いにも苦しんだ! 何でも出来る奴には分からねえ!」


「やるべき事とやりたい事、やれる事は違う。悪いけど、人の命を預かっておきながら逃げたあんたが、やるべき事も、やりたい事も、やれる事も、何一つ出来ているとは思えない」


 ビアンカに言われ、ミリットは歯をくいしばり、そしてその場に膝をついた。


「あんた、そのままでいいの? あんたがなりたかったバスターって、そんなもん? あんたが守りたいのって、他人や町や村じゃなくて、自分のプライドなの? 結果何にも守れてないけど、それでいいの?」


 ビアンカはわざとミリットが気に障るような言葉を選んでいた。それはこの場で心を入れ替えて貰えなければ、この何歳も年上の同級生は変われないと思ったからだ。


 そしていつかまた同じように誰かが犠牲になり、誰かが逆恨みされる。ビアンカはもしミリットが変われなかった時、恨まれ役になるつもりだった。


「……何だよ、俺、結局何やっても惨めかよ」


「あんたのせいでしょ。私を恨んでもいいけど、お願いだから誰かの命を犠牲にするのはもうやめて」


 ビアンカは今度は大きく深呼吸をし、くるりと振り返った。


「リディカさん、ゴウンさん、代わりに怒ってくれて有難うございました」


 ビアンカが頭を下げ、シークとゼスタもそれに続く。


「俺達その、こういうの悔しくて、でも上手く気持ちを言えなかったから……庇って貰えて嬉しかったです」


 ゴウンやリディカに励まされ、また周囲の者にも称えられ、シーク達の顔にはようやく笑顔が戻った。管理所の職員がミリットを立ち上がらせ、連れ帰っていく。


 ミリットが心を入れ替えたのか、それはバスターを続けていればいつか分かる事だ。


 空を見上げれば雲はすっかりと消えている。周囲では柔らかい風が草の匂いを運び始めていた。

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