Interference-11



「あー、コホン。僕の持ち主が危機的状況だと察して、僕から説明をしても?」


「……今、何か?」


「えっ、いや、何も……」


 職員の問いかけは、「その剣は不正ではないか」という意味が込められた質問だった。聖剣となれば、ホワイト等級で済まされるはずがない。


 シークがミリットの言う通り、相応以上の武器を使っているとなれば、それは不正だ。バルドルを認定してくれた武器屋マークの店主にも迷惑が掛かるし、ミリットの主張が一部でも正しかった事になる。


 仮にお咎めなしとしても、駆け出しに持たせていいと判断されるかは分からない。が、そう判断されて困るのはシークだけではない。バルドルもまた、困るのだ。


 シークは膝に置いていたバルドルの鞘をギュッと握り、とても小さな声で「何で喋るんだよ」と叱る。バルドルは悪びれた様子もなく、シークに「まあ、任せておくれ」と言って職員の男へと話しかけた。


「失礼、『職員』さんは300年前の勇者ディーゴの伝説をご存知で?」


「……ん? 誰かいるのか」


 明らかにシークの声ではない呼びかけに、職員はキョロキョロしつつ眉間に皺を寄せる。バルドルはお決まりの反応にため息をついて、「シークの膝の上にご注目いただきたい」と再度呼びかけた。


 シークは慌てて腹話術でもしてその場を凌ごうかとも考えたが、職員が声の正体を突き止めてしまった。もう言い逃れは出来ない。


「まさか、その剣から声が聞こえているのか」


「その通り。ただのロングソードではない事を見抜いたえっと……『左側の職員』さんの真贋を見極める目はたいしたものだよ。シークは僕を見つけた時、何事もなかったかのように元の場所に戻そうとした」


「ちょっとバルドル! あーもうこれ終わった、完全に終わった……」


 シークは両手で顔を覆い、バスターとしての短くも充実した日々を思い返す。


 ケチのついたバスターはのけ者にされがちだ。期待されていたシークが実は強過ぎる剣のおかげだったとなれば、それだけ裏切りだと思う気持ちも大きくなる。


 順調だった旅が一気に終わりへと向かってしまうと思うと、悔しくて仕方がない。が、等級に見合わない剣を使っていたのは事実であって、何も弁解は出来なかった。


 バルドルは分かっていて先手を打った。それにシークが気づくのは、もう少し後になる。


「剣が喋るなんて、一体どういうカラクリだ? まさかモンスター……君、モンスターの擬態を利用しているのか!」


「はい? 僕は正真正銘ロングソードさ。モンスター呼ばわりはシークの『お父さん』さん以来2人目だ。本当はこの場で今すぐ抗議したい所なのだけれど、とりあえず、話を続けていいかな」


「バルドル、もの凄く警戒されてるよ」


「まあ、駆け寄って頬ずりされるよりはマシさ。とりあえず口を閉じて、椅子に座って、落ち着くことをお勧めするよ」


 職員はシークとバルドルが普通に会話をしている様子に驚き、開いた口がいつまで経ってもそのままだ。会話がきちんと成立していて、録音などで用意された様子でもない。


 目の前の光景が分かっているという事は、音声だけを遠くから飛ばしている訳でもない。バルドルは怪しむ職員達を無視し、もう一度ため息をついて話を続けることにした。


「先程尋ねた通り、勇者ディーゴの事を知っているかい? ああ、首を振って合図してもいいよ。こっちは合図のしようがないから喋って伝えるけれど」


「ディ、ディーゴ様といえば、バスターが一番尊敬する勇者だが、そ、それがどうしたというんだ。君、えっと……」


「バルドル。良い名前でしょう、気に入ってるんだ」


「あ、ば、バルドル? もしかして聖剣バルドル!? 伝説の勇者ディーゴの聖剣バルドル!」


「その通り。ああ、やっぱり訂正、今はシークの聖剣バルドルだ」


行方不明だった聖剣が目の前にあると言われ、職員たちは目をまんまるにして固まる。


「それがその少年が不釣合いなその、あなたを使用していることと、どう関係が」


「それを今から説明するのさ」


 職員は何かの魔法かと疑い、シークの周囲の魔力の痕跡を確認する。しかしそこには何も映っていない。魔法で何かを操っている、もしくは操られているという形跡はなかった。


「コホン、続けるよ。僕は、勇者ディーゴが魔王討伐の時に使っていた聖剣バルドルだ。訳あって、僕がシークに頼み込んで同行させてもらっているのさ」


「ほ、本当に勇者ディーゴ様の聖剣バルドルなのか? 300年の間、バスターも学者も血眼になって探し回ったという、伝説の」


「探されていたかどうかまでは分からないけれど、シークに見つかるまで僕はずっと森の木の幹に立て掛けられていた。それと、勇者ディーゴの聖剣って言い方は止めて欲しい。今の持ち主はシークだからね」


「とすると、君はこの1か月間、聖剣で戦っていたというのか!」


「ま、まあ、そうです……」


 職員の男たちは、夢を見ているかのような感覚に陥っていた。目の前にあるのは喋るロングソード、しかもまさかの聖剣だ。


 聖剣が持ち主を選ぶ事や喋るという事は、伝説の中では少しも触れられていない。職員は落ち着こうと深呼吸をし、今度はシークへと話しかけた。


「そうであるなら、君は武器使用の規則違反という事になる。聖剣は没収の上、君には謹慎期間を決める懲罰会議に出席して貰う事になる」


「……ですよね」


 シークはこの場が何とかなるなどとは少しも思ってはいなかった。


 謹慎が解けたところで、今更バルドルなしで旅をする気にはなれない。おまけに世間の自分を見る目がどう変わるかを考えると、恐ろしくて続けることなど頼まれても出来ない。


 しかし、バルドルはまだ諦めていなかった。それどころか、勝算があるかのように淡々と尋ねる。


「えっと、じゃあお訊ねするけれど……僕を構成する素材は何で、等級は何が相応しいのかい?」


「えっ、それは……」


「元の持ち主が手放し、捨てられた剣を拾って使うのは違反かい? 落ちていた鉱石を加工屋に持って行くのと、どう違うかの説明も欲しい所だね」


「せ、聖剣ならば当然ゴールド等級に値する、それだけの価値がある。確かに捨てられていた物に拾得物の横領と言えるかは判断できないが、ゴールド等級の剣を使っているのなら、それは違反だ」


 バルドルは「なるほどね」と言って更に確認する。


「つまり、僕は何で作られているか分からないけれど、伝説の聖剣だからゴールド等級相当だと」


「あ、ああそうだ」


「バスターの規則に『聖剣はゴールド等級のみ使用可』と書いてあるのかい。まさか後から法律や規則を付け足して逮捕するなんて、馬鹿な真似はしないと思うけれど」


「そ、それは……」


「処罰の根拠も把握していない、何に違反しているのかも分からない。それでシークを悪者扱いとはね」


 シークはバルドルの主張を聞きながら、ようやく自分を助けようとしてくれている事に気が付いた。バルドルが博物館に飾られたくない一心で反論しているのだとしても、シークは自分と旅をする事を選んでくれるバルドルに心から感謝した。


「僕はホワイト等級のシークが持つと違反になるのかい? もし違反になるのなら、是非とも根拠を示していただきたいところだね」


「で、では違反になるかどうかを確認するから、君を検査させて貰おう」


「どうぞご自由に」


 バルドルは自信満々で承諾する。対してシークは武器の規則についてしっかりと把握できている訳ではない。勿論、バルドルも詳しい訳ではない。調べた結果がどうなるのか、現時点ではまだ助かったかどうか分からなかった。


 が、職員がバルドルの柄と鞘に手をかけ、恐る恐る持ち上げようとした時にシークは「あっ」と思い出した。


「あ、あれ、持ち上がらない」

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