Interference 05


 強引にでも周囲を認めさせたい場面だが、優先されるべきは襲われた者達の安全だ。とりわけお人好しのシークは打算的な考えなど持っていない。


「あの……今の放送、馬車が襲われたのってどの辺りですか?」


 若者の行動力は目を見張るものがある。感情や正義感だけで動く事も苦にならない。そしてそれ故に危うい。バスター管理所の職員がそれを理解していないはずはなかった。


 男性職員は困ったような顔で短髪の頭をぐりぐりと掻き、3人へと尋ねる。


「まさかとは思うけど、そこに向かおうと思ってはいないね?」


「えっ……と、その」


「君達の事はもちろん知っている。実力も認めている。でもミノタウロス相手に送り出すことは出来ないよ。今オレンジ以上のバスターを募っている、君達が心配する必要はない」


 職員が掛けた言葉は、全くもってその通りだった。はるか格上のモンスターをけしかけるような真似をし、みすみす若者を死なせることなど出来ない。


 職員から断られ、シークはちらりとゼスタとビアンカへと視線を移す。ビアンカは納得いかないのか腕組みをしたまま、ゼスタも難しい表情だ。


「俺達、先週はイエティと戦いました。同じオレンジ等級ならなんとか……。それに、戦いに出ちゃ駄目って事ではないですよね」


「駄目という訳ではないよ。ただ場所を教えるのはオレンジ以上の者と決めている。これは管理所としての方針だ、君達が誰であれ特別扱いはしない」


 いくら注目の新人と言っても、管理所の決定を覆すことが出来る程、特別な存在ではない。諦めるしかないのかとため息をついた時だった。


「それは、オレンジ以上の者がいれば問題ないんだよな」


「えっ!?」


 背後から声がし、3人が揃って振り向く。


「ゴウンさん!」


「みんなギリングに戻って来たんですね!」


 そこにいたのはゴウン達だった。彼らも今日この町に戻ってきたのだ。


 装備には所々はねた泥や、モンスターの返り血がこびりついている。ちょうどこのタイミングで町に辿り着き、管理所に寄ったのだろう。


 ゴウンがニッコリと笑って若干伸びた顎鬚を少し触り、カウンター越しに職員へと確認をする。ゴウンがシルバー等級であることを確認すると、職員は是非と言って地図を開き、場所を指示した。


「近いな。付近のバスターまで放送は届いているのか? グレーやホワイト等級の者がいそうな場所じゃないか」


「ええ、町の外にも拡声器から警告音と放送を流しています。ある程度の距離までは聞こえているかと」


「そうか、では行こう。この少年達も、俺達がいれば連れて行っていいか」


「は、はい……忠告はしますが、駄目だと言う事は出来ません」


 それを聞いてゴウンはシークにウインクして見せる。ついでにバルドルへと視線をやるも、バルドルはとても小さな声で「僕は今、質のいい人工ミスリルソードだから話せないんだ」と告げた。


「もしかしたら……シーク、ビアンカ、俺達の潔白を証明できるかも」


「あ、そうだった! ゴウンさん、お願いがあるんです!」


 シークは自分達に対する疑惑の事を伝えた。ここで自分達が戦ってミノタウロスを倒すことが出来れば、何の小細工もなく実力を証明する事が出来る。


「なんだ、そんな面倒な事になっているのか」


 ゴウンは大きく息を吸い込むと、館内の者達に呼びかけた。


「優秀な新人が出てきた事で、えらく焦っている奴がいるようだな。この少年達がミノタウロスを倒す姿を見に来たい奴は来い。俺達はシルバーバスターのゴウン・スタイナーだ」


「シルバー!?」


「おい、シルバーって言ったら、今いる世界中のバスターの最上位じゃねえか」


「あ、ああ……ゴールドなんて今いねえんだからな」


 周りにいた者達はゴウン達の等級を知って驚き、動揺している。バスターの間で等級の差はとても重い。シルバーバスターなど、なろうとしてなれるものではない。


「もしもこの者達の実力が本物だと分かった時は、きちんと謝ることだ。不正や買収などという噂を確かめもせず信じて、よくもまあバスターを名乗れるものだ」


 正義感や人情ならゴウンも負けてはいない。ゴウンに睨まれたバスターは、驚きと共に視線を逸らして俯いた。


「他人を貶めて自分の弱さを慰めるような奴に、バスターとしての適性などあるのかね」


「ゴウン、そのくらいにして行こうぜ。馬車が心配だ」


 カイトスターにがゴウンの肩をポンと叩く。大勢を引き連れ、シーク達は駆け足で町の北へと向かった。





 * * * * * * * * *





 雲の切れ間から太陽が覗き、短い背丈の草が重たそうに揺れている。地面はまだ乾いておらず、くっきり残る足跡には泥水が滲む。


 ミノタウロスの出没地点まで向かう間、避難する若手バスターや商人の馬車とすれ違った。状況を聞く限りでは、そう遠くではない。


「そろそろ人工ミスリルソードごっこをやめても?」


「うん、立派な演技だったよ、有難う」


「どういたしまして」


「でも、あまり大きな声ではまずいかも」


 バルドルはようやく喋る事を許された。だが見物人は思ったよりも多くなり、バルドルは数分もしないうちに「人工ミスリルソードごっこ」を再開した。


「いたぞ」


 草原の先に、2足歩行のモンスターが見える。


「あれが、ミノタウロス……教科書でしか見たことがなかったけど」


「大きいわね、あの手に持っている斧は襲った馬車から奪ったのかなあ」


「だろうな。あいつは手に入れた武器を使う習性があるんだろう。リーチが長そうだ、間合いに入って攻撃するのは難しそうだな」


 ミノタウロスは、襲った幌馬車の荷物の中から食べ物を漁っている。襲われた商人の姿は見えないが、恐らくは逃げる事が出来たのだろう。馬の姿も見当たらない。


 茶色く短い体毛を纏った体に、牛や馬のような頭。額の横から2本の大きな角が生えている。2足歩行のおかげで、オークやオーガのように両手を使う事ができる。


「基本的にはオーガ種の攻撃パターンと変わらない。だが打たれ強く、角による突き上げはまともに喰らうと即死もあり得る。危なくなったら今回は助けに入るぞ」


「はい!」


 レイダーが自身の弓を見せ、ウインクして見せる。


 ミノタウロスは荷を漁りながら、まだこちらに気付いていない。まずはビアンカが攻撃を仕掛けると決め、3人と1本は勢いよく駆けだしていく。


「グオォ?」


「やぁぁァ! フルスイング!」


「ウグゥゥ……!」


 ビアンカは新調した装備の威力を試したくて仕方がなかった。屈んでいたミノタウロスに槍による足払いで尻餅をつかせ、すぐに思いきり突く。


「パワースラスト!」


「ヴォォォ!」


 不意打ちを喰らい、ミノタウロスは突然の痛みと衝撃で叫び声を上げた。予想出来た事だが、新調した槍をもってしても深く突き刺す事は出来ず、フルスイングで足を折る事も出来ていない。流石はオレンジ等級推奨のモンスターだ。


 ただ、考えていたよりも上手く行ったのか、ビアンカは確かな手ごたえを感じていた。


「行けるわ! 攻撃は通用する!」


「ビアンカ、右腕の斧に気を付けろ! いったん下がれ、俺が行く! ……双竜斬!」


 ミノタウロスは振り向きざまにビアンカへ斧を振り下ろそうとする。それを今度はゼスタが背後から攻撃する事で阻止した。ミノタウロスはゼスタの攻撃を受けた後、ゼスタに狙いを変える。


 まだ新品の斧の刃先がキラリと光り、風を切るようにシュッと鳴ってゼスタに襲い掛かる。


「グオォォ!」


「くっ……力じゃ流石に……敵わないか」


 凄まじい金属同士の衝突音が鳴り響いた。ゼスタが双剣を顔の前でクロスさせ、ミノタウロスが振り下ろす斧を受け止めたのだ。それを合図とするかのように、シークが魔法詠唱を始める。


 ゼスタが斧を短剣でいなし、後ろへと飛び退いた。そこでシークの魔法が発動する。


「気を付けて! ファイアーボール!」

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