Interference 03


「ねえ、シーク~、僕のささやかな願いを聞いて貰いたいのだけれど」


「新しい革布だろ? いいよ。みんなバルドルに革布を買ってあげていいかな」


「勿論だ。シークの装備だけ手付かずでごめん、次はシークの防具を買いに来よう」


「ほんとごめんね! 私だけ一式更新になっちゃった。その分働くから!」


 ビアンカは顔の前で手を合わせる。シークは気にしないでと言い、バルドルが希望する新しいナイトカモシカ革クロスと、ついでにその下の段にあった乾燥シートも買う事にした。


 バルドルが鞘の中で湿気に悩まないよう、ちょうど良い大きさに切って使うつもりなのだ。バルドルはそんなシークの気遣いがとても嬉しく大興奮だ。


「ほら、ほら見てよ! みんな、ちょっと! シークが乾燥シートまで買ってくれるんだって!」


「良かったわね、バルドル。あなた本当にシークが持ち主で幸せ者……いや、幸せ物? 幸せ剣? よね」


「うん、僕は世界一『幸せ剣』だよ! 有難うシーク!」


「調子が良いんだから。でも、喜んでもらえて何よりだよ、バルドル」


「調子なら凄く良いよ! 今なら何でも斬れる!」


 店主はシーク達の会話を聞いてまた豪快に笑う。ちょうど武器の査定が終わったところらしく、奥さんが金額が書かれた紙をシークへと渡した。


 そこにはビアンカの槍、ゼスタの双剣それぞれの名称の横に「素材料3000ゴールド、素材料2000ゴールド」と書かれてあった。


 アイアン装備は使い捨てる事が多い。中古品として需要がない訳ではないが、等級が低いバスターは攻撃を受けやすく、装備も痛みがちだ。中古でもないよりマシ、間に合わせでしかない。


「丁寧に使われているにしても、打撃を受けていたり、大きな傷があったりすれば並べても売れなくてね。素材として再加工に回すしかないんだ」


「いえ、引き取って貰えるだけでも助かります!」


「装備を更新できるようになったらまた寄らせて下さい」


「ああ。私もこんなにバスターの成長を楽しみに思うのは久しぶりだ」


 ビアンカは着ていた鎧を脱ぎ、試着室へと向かった。数分ほどして深紅の軽鎧を着たビアンカが出てくる。


 幾ら女性用といっても無骨さが否めない全身鎧に比べ、軽鎧はお洒落で綺麗に見える。軽鎧と膝までの足具の間に見えるダブつきの無い革のパンツは、シルエットも含め女の子らしさをかなり意識して作られているようだ。


「ビアンカ、すげー似合うじゃん!」


「ほんと? ちょっとはお洒落に見えるかな」


「紅一点ってまさにこの事だね、すごくいいと思う」


「ゼスタ、シーク、ありがと。俄然やる気が出てきた!」


 バルドル用のナイトカモシカ革クロスと乾燥剤を買い、下取り金額との差額を支払いすると、残りは15万ゴールド足らずになる。宿代に換算すると2週間分程しかない。


 駆け出しバスターの悩みの種はお金だ。それは武器屋をはじめとするバスター向けの商売人も分かっている事だ。そこで、店主はシーク達に提案をした。


「ここに売られている商品をよく見てみなさい。アークスネークの皮、ナイトカモシカ、ブラッドフラワー、ブラックシャーク……モンスターを原料とする商品も沢山ある。こういった素材をしっかりと把握し、なるべく倒した後で金になりやすいモンスターを狙うといい」


「そっか! クエストで貰える報酬だけを考えなくてもいいんだ」


「これ、バジリスクの鱗! やすりに使えるのね。地道に集めればお金をためるスピードが上がるわ」


「よし、後でモンスターの等級調べに行こうぜ!」


 高い安いにかかわらず、気付けば早速試したくなるものだ。3人は今からでもモンスターを倒しに行きたい気持ちが高まっている。とそこで、シークが「そういえば」と口にした。


「管理所に寄ってほしいって言われてたんだった。昨日、宿の人が伝言を預かってたんだ」


「管理所? 何かあったのかしら」


「また表彰……されるような事、今回は何もしてないぜ?」


「君達から『何もしてなかった賞』として、ホワイト等級はく奪でもする気だったりしてね」


「そんな受賞、絶対お断りするよ」


 どうせモンスターの情報も見るのだからと、3人は昼飯を食べた後で向かおうと決め、夫妻に頭を下げて店を後にする。時計が13時を指す頃、3人と1本はバスター管理所へと入っていった。


「バルドル、君は今から『高そうに見える人工ミスリルソード』だ、いいね」


「納得はいかないけれど、アイアンソードよりは気が楽だよ、どうもね」


 シーク達はカウンター越しに若い職員の女性へと事情を話した。既に呼び出した理由を知っているのか、職員は誰かを呼びに席を立つ。


 1分も経たないうちに、背筋良くしっかりとスーツを着て、胸にはギルド管理所のマスターの証となるエンブレムを付けた中年の男が出てきた。


 整えられた鼻下の口ひげは「偉い人感」が良く出ている。


「あの、昨日宿で伝言を預かったシーク・イグニスタです。今日ここに来るようにと伺ったのですが」


「イグニスタ、ユレイナス、ユノーの3人だね」


「あ、はい」


「あちらの応接室まで来てくれるかな」


 マスターはシーク達から見て右斜め奥の扉を指差した。わざわざ部屋に通されるような事とは何か、考えても思い浮かばない。


 応接室には立派な絵画が飾られ、フラワースタンドには薔薇を活けた白い花瓶が乗っていた。茶色い革のソファーと木製の四角いテーブル、その真上にはシャンデリアがぶら下がっている。


「さあ、座ってくれ」


 マスターが座るように促し、自身もソファーへと深く腰掛けた。3人は何故ここに座らされているのかの説明を待つ。


「まず、君達が日の浅いうちから活躍し、既にホワイト等級まで昇格しているということを、ギリングのバスター管理所として誇りに思う。君達にはとても期待しているよ」


「はあ……有難うございます」


「あの、その、私達……何でここに呼ばれたのでしょうか」


 ビアンカは大きな商家の令嬢なだけあって、こういう時に目上の人と話をする事に慣れている。


 反対にシークは頭に「?」が浮かんだ状態、ゼスタは抱いていた「なぜ」という思いを口にできず、やや困ったような顔をしていた。


 勿論、バルドルは今「質のいい人工ミスリルソード」を演じきっているため、喋る事が出来ない。マスターは本題が言い辛かったのか、ビアンカの問いかけに少し口ごもり、しばらくしてから再び口を開いた。


「これは君達の耳に入れるべき事なのか悩んだのだけれど、実は……君達の成長の早さを不審に思う者が少なからずいるようでね。不正をしている、金を積んで功績を買った、周囲に推薦するように脅迫している……などと」


「ハァ!? ……あ、すみません、つい」


「どういうことですか、まるで俺達がズルしてるみたいな言い方だ」


「私達が周囲からそう思われてるって事? そんな、ホワイト等級に上げてくれと私達からお願いした訳じゃありません! それは管理所の方がよく知ってるはずだわ」


 ビアンカは家柄で判断されるのを嫌う。幼い頃から自分ではなく家を理由に近付いてくる者が多かったせいか、実家の威光がなければ価値がないと思われたくないのだ。


「ああ、君達の行動が狙ったものでも、金で賄賂を贈った結果でもないことなど、管理所の者は皆知っている。けれど、管理所は買収されているとまで言われて、どうしたものかと」


 管理所のマスターは困ったように口ひげを触りながら眉尻を下げる。どうやら好きなように言わせておけと言える状況ではないらしい。


「それ、私達が何を言っても信じて貰えませんよね? その人達は何をすれば信じてくれるのかしら」

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