【5】Interference~不穏な空気~
Interference 01
【5】
Interference~不穏な空気~
青い空、白い雲。ギリング周辺を語る時にはよく出る言葉だ。
そんなギリングに戻ってからそろそろ2週間、シークがバスターになってから数えて1か月が経った。
シーク達はギリングの町の外でモンスター退治に明け暮れている。装備を買う金のため、少しでも多くクエストをこなそうと必死だ。
春から夏のギリング周辺は基本的に天候が安定している。工業があまり発達していないせいで空気が綺麗だからか、遠くの山々が驚くほどくっきり見える。
が、そんな事は今のシーク達には全く関係がない。
「もう、嫌! 私帰りたい!」
「帰りたいって、どこにだよ」
「分からないわよ! はんっ、また私が『おうちに帰りたい!』って言うとでも思った?」
「そんなに理不尽に怒られても困るんだけど」
「で、どこに帰りたいんだよ」
「どこでもいいから帰りたい! もうやだ、毎日毎日……!」
この時期には珍しく、ギリング周辺に雨雲が停滞してから1週間が経つ。
天候は安定せず、ここ数年なかった程の雨に見舞われている。荒野は水に浸かってぬかるみ、歩くだけで装備が汚れる。
動きづらいという点においてはモンスターも同じなのだが、モンスターとは違い、人間の方は士気がガタ落ちだ。今年はどうもハズレ年らしい。
このような天気の日はあまりバスターの稼働も良くないため、クエストの取り合いはあまりない。シーク達は誰もいない事をチャンスととらえ、敢えて頑張っているのだが……どうやら心が限界らしい。
「もう夕方近いし、町に戻る? どうせ戻るのに町まで1時間かかるんだ。シーク、それでいいか?」
「そうだね、ギリングに戻る事には真っ暗だ。切り上げよう」
ホワイト等級の『キラーアリゲーター』が出没したという、町から数キルテ(1キルテ=1000メーテ。キルテはキロメーテの略)東の湿地を選んだのは、どうせ泥だらけになるからというヤケクソだ。
街道に近く、馬などの家畜が怖がってしまうという理由から、数日前から掲示されていた。
キラーアリゲーターは水棲のワニ型モンスターで、動く物ならとりあえず何でも噛む。地上を歩く際も、おまけに四つん這いの巨体からは想像も出来ないスピードで獲物に忍び寄る。
当初はシーク達も見送っていたが、ずっと残っているそのクエストの報酬が1体につき500ゴールド増えたため、思い切って(ヤケクソで)受けることにしたのだ。
「もうさ、モンスター討伐が作業でしかないよね。正直……飽きる」
「分かる、あんなに管理所の職員さんから『強いから気を付けろ』と釘を刺されたキラーアリゲーターも、1体で幾ら貰えるっていう計算しか頭にないもんなあ」
「イエティみたいな難易度のモンスターの討伐に戻りたいわ。強くなってるって実感が欲しいし」
「僕もその意見には賛成だね。今日の後半なんて、シークは魔法剣を使う事すらなかったよ。張り合いがないね」
「炎は消えるし風魔法は泥が跳ねるし……雷の魔法を使ったら全員感電する」
3人と1本はモンスター探しをやめて湿地を後にする。報酬を優先してきた2週間で、シーク達はそこそこのお金を貯める事が出来ていた。
ただ、ゼスタとビアンカの武器、それに3人の防具、バルドル用の新しいナイトカモシカ革クロスまで全部買うお金はまだ揃っていない。
「今日の稼ぎ、幾らになるかしら」
「バジリスクの卵破壊で1万ゴールド、バジリスク退治で1万ゴールド、キラーアリゲーター退治で1匹4000ゴールド……×13体」
「うわ、新記録じゃない? 1日で7万ゴールド超えてるなんて。どうする? 明日装備を見るだけでもお店に行ってみない?」
「そうだね、新調できる物を新調していた方が楽になるし、予め目星をつけるのもアリかな」
「よし、じゃあ明日はちょっと遅い10時に武器屋マーク集合ってことでどう? シークは宿からだろ?」
シーク達はバスター管理所で報酬を受け取ると、明日は戦わない事を確認して家路についた。
「おかえりなさい、食事の準備が出来ていますよ」
「あ、どうも」
シークはこの2週間程を同じ宿屋で過ごしていた。受付カウンターにいる中年の男性従業員には顔パスだ。
「ああ、そうそう。管理所の職員が尋ねてきましたよ。君達のパーティー全員で、明日管理所に来て欲しいと」
「管理所の?」
「ええ、急ぎのようにも見えましたが、明日でいいと」
「分かりました、行ってみます」
何の用だろうかと疑問には思ったものの、シークは基本的に呑気だ。部屋に戻ると荷物を置いて服に着替え、一応は洗っていたナイトカモシカ革クロスを確認した。
「やっぱり、数日の移動とかを挟むと革も汚れるし、なんとなく生乾きな気もする」
「それは困るよ、暖炉は使えないのかい?」
「この季節に暖炉は点けて貰えないよ。晴れていたら窓を開けて完全に乾いた空気を送れるのに」
シークがバルドルに「すまないね」と言いながら、丁寧に拭き上げていく。気にする程ではなかったのか、バルドルはうっとりとした表情で(出来るものなら絶対にしていただろう)その身を任せた。
「今日の食事は何だか知っているのかい」
「夕食? ハンバーグだってさ」
「ああ、肉をぐちゃぐちゃに潰し、色々な混ぜ物をした後で卵とパンカスまみれにして焼いてしまうやつだね」
「途中から違う料理と混ざっているよと言う以前に、もうちょっと美味しそうな表現をしてくれないかな」
「味というものが分からないものでね。美味しいと言われても」
バルドルの言葉に、シークはそれもそうかと、どう伝えたらいいのかを考えてみる。
「じゃあ、ハンバーグを斬ってみる? そしたら分かるかな」
「君が触っただけで味が分かるというのならね」
「バルドルは触った感じだと……剣と同じ味がする」
「ふうん、じゃあシークは人間味だね」
「そう。それで言えばハンバーグはハンバーグ味って事で」
シークはバルドルの時折珍妙な言葉を、そしてバルドルは打てば響くシークの返しをとても気に入っていた。
とりとめのないとも減らず口とも言える会話は、寝るまでずっと続いていた。
* * * * * * * * *
「うん、良い曇り空! 気分が全く乗らないや。明日くらいから晴れてくれないかな」
次の日、シークは10時少し前に武器屋マークのすぐ近くベンチに腰掛け、2人の到着を待っていた。
雨は止んで、石畳みの道はところどころ水たまりがある程度だ。一式の装備を着て来たのは結果的に良かったのか、時間ちょうどで現れたビアンカとゼスタもまた、いつもの装備の恰好だった。
「おはよう」
「おはよう! 明日くらいからまた晴れるといいね」
「予報だと明日時々太陽が顔を出すらしい。今日1日降らなければ、明日はある程度足場も安定するかな」
「うん、もう泥だらけは嫌! ところで武器屋って、そこよね? 各学校からも遠いし、私は初めて見る」
「俺達の防具はそこで買ったんだ。もう開いてると思うから行ってみようよ」
シークを先頭にし、開店時間から数分も経っていない店内に入る。店主はまだお客が来る時間だとは思っていなかったのか、その手元にはコーヒーカップがあった。
「いらっしゃい。ほう、君か。今日は何か足りない物でも出たのかい」
「おはようございます! えっと、ホワイト等級で買える装備を見せて欲しいのですが」
「ホワイトで? ほう、もう装備の新調を考えているのか。ホワイトの装備はこの時期あまり出ないから、店の倉庫にしまってあるんだ。どれ、こっちだ」
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