Will 14

 


 ようやく魔術書を手に入れたシークは、必ず亡くなった若者の分まで頑張ると誓う。


 そしてそんな心の内とは裏腹に、誰にも取り囲まれないようコッソリとバスター管理所を後にした。


「はあ、念願の魔術書だ……!」


 深紅に染められた革のカバーをめくると、中は木を原料とした紙ではなく、綺麗に整えられた羊皮紙のコーデックスになっていた事に気づく。


 白い羊皮紙の表面はすべるように滑らかで、黒のインクで規則正しく手書きされた魔力増幅術式が何ページも続いている。


「僕もタダ、魔術書もタダだね」


「そりゃあ魔術書も買わずに、聖剣を拾って旅を始めた魔法使いだけどさ」


「君はすなわち迷える武器達を救う、『救武器主』って事さ、シーク」


「救世主でいいじゃん」


「まだ世界を救ってもいないのに、救世主とは大きく出たものだね」


「……救武器主でいいよ」


 流石に等級が高い魔術書ほどのページ数はない。それでも魔術書において羊皮紙のコーデックスは高級品だ。シークは同じ魔法使いとして、この魔術書の持ち主がどれほどの期待を背負い、夢を抱いていたのかが痛いほど分かる。


「大切に使わせてもらいます、元持ち主さん。でも驚きの展開だよね。これは新手の詐欺じゃないかな、使用料取られるとか」


「君は手当たり次第に疑うが趣味なのかい? 僕は実は槍なんだよとでも言えば、面白い展開なりそうだね」


 バルドルが訳の分からない嘘くと、それにシークも乗っかって次第に収拾がつかない会話となっていく。


「じゃあ俺は実は槍使いだね」


「君はモンスターを斬っているつもりだろうけれど、その瞬間は僕の頭が当たっているんだ。だから君は常に頭突きで倒している事になる」


「え? 俺はいつも君が蹴りを入れているのかと思ってた。足が長くて羨ましいよ、バルドル」


 アスタ村へと向かう2人の嘘合戦は、シークが「君は『本当つき』ではないようだね」とトドメを刺すまで続けられた。





 * * * * * * * * *




 いつも通り2時間程歩いた所で、1人と1本は香る草の匂いに包まれた、長閑で懐かしのアスタ村に到着した。


 シークのただいまという声が響いたと同時に、母親が走り寄ってくる。


「お帰りなさい! 急にどうしたの」


「んと、今日は休みにしようって事になったから帰って来たんだ」


「『お母さん』さん、どうもね」


「いらっしゃい、えっと、バルドルさん」


 すぐ左手の土間の台所からは鶏ガラのスープの良い香りがしている。お腹が空いていないのに食べたい気分になるのは、3週間ぶりの実家にホッとしたからだろうか。


「さ、座って座って!」


 夕飯の支度だったのか、母親は鍋をかけたかまどの火を弱くして、シークと向かい合うようにして椅子に座った。


 これはこの3週間、いったいどんなことをしていたのかをガッツリと聞く気でいるという事だ。


 シークはまた表彰されてしまった事、北東のイサラ村まで行った事、そしてベテランのシルバーバスターであるゴウン達に、バスターとして鍛えて貰っている事を伝えた。


 生憎、どのようなモンスターと戦ったという話をしたところで、母親には通じない。一通りシークの話を聞き終えると、母親は「成程」と頷き、今度は自分達のこの3週間の事を話しだした。


「あなたとゼスタくんが出発して暫くしてからよ、時々バスターの方がうちを尋ねるようになってね。パーティーに加入させたいから連絡を取ってくれないかとか、どのような旅をしているかを知らないかとか……」


「え、そんな人が来てるんだ。ごめん、迷惑だね」


「そんな事はないわ。村に宿泊したり、ここの小麦で作ったパンを買ってくれたり、ちょっとだけ村としてもいい思いをしているみたい。随分有名なのね」


「いや、そんな大したことは何もしてないんだよ。他のバスターはむしろ何してるんだよって」


 シークは注目の新人と思われている事は分かっていたが、そんなに秀でているつもりはない。


 だがどうやら周りはそう見てはくれていないようだ。ただし、実力を認められたのか、それとも評判と知名度で言い寄られているだけなのかが分からない。


「あっ! 兄ちゃん帰って来てる!」


「ただいま、チッキー」


 そうこうしているうちに、友人の家に遊びに行っていた弟のチッキーも帰ってきて、家の中はとたんに賑やかになる。


 久しぶりに兄が帰ってきた事で興奮したチッキーは、自分が何日の何時に何をしたという報告を始める。その時にシークが何をしていたか、訊ねる事も欠かさない。


 夜になり畑から帰ってきた父親が見たのは、机に伏せてぐったりしているシークの姿だった。その横では目を輝かせてその肩を揺すり、まだ何かを話そうとしているチッキーがいる。事態を察したのか、父親は豪快に笑う。


「はっはっは! 有名になったシークも、チッキーには敵わないか」


「シークを倒すなんて、強いね」


 次にいつ帰ってこれるか分からないと思うと、寝る間も惜しくなる。一家はいつもより少しだけ夜更かしをし、楽しそうな笑い声が家の外にまで響いていた。





* * * * * * * * *




 次の日、シークは日の出と共に村を出発した。


 数人の友人が見送ってくれる中、シークは気恥ずかしそうにそっと手を振りかえす。その姿はモンスターとの闘いで見せるような「バスター」ではなく、1人の普通の少年だった。


「さー管理所までまた2時間だ。君は毎日毎日よく飽きもせず歩いていたね、僕ならとても無理だ」


「それは、歩けないって事は考慮しないで、ってこと?」


「気持ちの問題だよシーク。そりゃあ流石に暇だろうから『魔法使いシーク、参上!』なんて叫んでもみたくなるだろうけど」


「え、何で知ってるんだよ! まさか……バルドルの耳にも、あー耳あるのか知らないけど、聞こえてた?」


「もちろん。『ファイヤー!』って、僕もようやくシークの弱みを握る事が出来たということかな」


 通学時の恥ずかしい掛け声や、自分で考えた良く分からない適当な呪文などが、バルドルに聞かれていたという事だ。シークは耳が真っ赤になっている。


 それを見ながら、バルドルはとても悪そうな笑みを浮かべているのだろう。


 きっとバルドルはビアンカやゼスタにその話をしようと考える。それを阻止したいシークの行動は早かった。


 そして森に差し掛かるとおもむろに道を外れ、森の中へと入り込んでいった。


「どうしたんだい? ひょっとして茂みで用を足すつもりかな」


 シークはバルドルの問いに答えることなく、そのまま進んでいく。そしていつかバルドルを見つけた場所まで行くと、その時あった通りにバルドルを木の幹に立てかけた。


「ちょいと、あの、シークさん?」


「バルドルが俺の恥ずかしい過去をバラすつもりなら、俺はそれを全力で阻止しなきゃならない」


「えっと……それと僕が見覚えある場所に置かれている事と、どう関係があるのかを伺っても?」


 シークはバルドルをじっと見つめ、悲しそうな表情を作って目を伏せる。


「人間は『口封じ』という方法があるけれど、君に口は見当たらない。つまり、口封じが出来ない。それならこうして、君とお別れをするしか秘密を守る方法がない」


「いやいやいや! 昨日絶対にパーティーを解散しないと言った口で、今日は僕にさよならを言うのかい? 『木の幹に聖剣は立てられぬ』でも『聖剣の口に戸は立てられる』『何枚でも!』って言うじゃないか!」


「言わないよ……どこだよその口は」


 焦ったような声色だが、まだバルドルの珍回答には余裕が感じられる。


 シークは「分かっているよね?」と念押しする。バルドルは(多分)いつになく神妙な面持ちで頷いているに違いない。


「是非お供させて下さい、シークさん! よっ、この聖剣使い!」


「調子がいいんだから、まったく」


「僕はいつだって絶好調さ!」


「その調子じゃないよ……もう、いいや。行くよ、バルドル」

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