Will 13
事態の把握と共に大混乱。果てにはバルドルまで疑いだした3人に、ゴウン達は堪らずに笑い出した。バルドルはゴウン達が無謀な挑戦を諦めたのだとホッとする。
「君達が『死に損ない』になれたのはお互いにとって良かった。これでもし強引にヒュドラ退治に向かわれたら……ん? どうしたんだい」
バルドルのどこにあるか分からない口からポロっと出た言葉に、一瞬その場が凍りついた。シークはきょとんとして尋ねるバルドルを掴み上げ、そしてゴウンの目の前に差し出す。
「ゴウンさん、バルドルには『人間語』の指導をお願いできますか?」
* * * * * * * * *
イサラ村から3日。
シーク達は幸い雨に打たれる事もなく、爽やかな陽気の中を順調に歩き進む事が出来た。
昼過ぎにギリングへ帰り着くとその日を休息日とし、それぞれは一旦実家へと帰ることにした。
シークはゼスタの実家で預かってもらっていた賞状を受け取ると、随分歩きやすい石畳の上を軽快に歩き出す。
ゴウン達はしばらくイサラ村に残り、ヒュドラに関する情報を得る為に火口湖の付近を調査するという。バルドルとの約束は絶対に破らないという言葉を信じ、シーク達はその間、ギリング周辺でモンスターを倒しながら待つことになった。
「ホワイト等級のクエストがどの程度集まっているか見るために、バスター管理所に寄りたいんだけど、いいかな」
「特に急ぐ訳でもないし、どうぞ」
「有難う、じゃあ寄ってみようか」
石造りの大きな建物内に入り、シークはひとまず2階の掲示板を目指す。チラリと見たグレー等級用の場所にはゴブリン、キラーウルフなどの討伐依頼が数枚だけ残っていた。
ボアなどの魔物は幾ら繁殖力が強いといっても、新人がある程度一帯に生息する個体を一掃してしている。この時期は昼過ぎまで残ることがない。
続いて、シークはホワイト等級用のブースを見る。すると、そこにはまばらだがクエストが貼ってあり、既に何度か戦ったモンスターが討伐対象となっていた。
「バジリスク……これバルドルが教えてくれたやつだよね。あの茶色くて硬いトカゲみたいな」
「そうだね、ということはホワイト等級の対象モンスターだったのかな」
「報酬……うわ、タマゴ持ちは1体4000ゴールド!? え、俺達何体倒したっけ」
「シーク、『取らぬバジリスクの卵算用』しても仕方がないと思うけれど? 僕は戦えて満足だし」
「そりゃあ君はモンスターを斬れたら嬉しいだろうけど、俺には死活問題だよ」
「強くなるため、授業料を払わずに練習できたと思うのはどうだい? 無料って響きは随分と聞こえがいいよ」
「……物は考えようというより、本当にバルドルって詐欺師なんじゃないかと思ってきたよ」
バルドルはガックリと肩を落とすシークを励まそうと、上手い事を言ったつもりだった。「まさかまだ聖剣ってことも疑ってる?」とシークに尋ねる。
シークはどこか不安そうな声色のバルドルへ冗談だと告げ、そしていつもの調子で話しかけていたことにハッとして周りを確認した。
「バルドル、俺達、喋ってる所を聞かれちゃまずいんだった」
「……ついうっかり、だね」
「いいかい? 君は今、お金が無くて装備を新調できない貧しいバスターの、貧弱なアイアンソードだ」
「シークが自分で貧しいって言っちゃったのは置いといて、それは屈辱だなあ」
「ちょっと屈辱を味わっただけで、これからの旅が保証されるんだ。お得に思えてくると思わないかい」
「……僕は今ただの貧弱なアイアンソードだから、喋る事は出来ないよ、シーク」
「おっと、これは失礼したね」
シークとバルドルは無言で掲示板を眺め、ロビーへと下りる。とそこで何となく視線を向けた行事案内スペースに目が釘付けになった。
「こんな目立つところに飾る? ねえ。行事どこだよ」
そこには1/2スケール程で写ったシーク、ビアンカ、ゼスタの写真が飾ってあった。ゼスタがホワイト等級に昇格した時に撮られた写真だ。
指が伸び切っていないVサイン、笑顔をこれから見せるのか、それとも見せ終えた後なのか、いずれにしてもタイミングの悪い表情。
飾られた写真の下には「史上最速のホワイト昇格! 我が町の誇り!」というたいそうな見出しの記事がある。
こうして本人が当時と同じ装備で写真を見ていれば、誰かが気づくものだ。シークは「あ!」と誰かに驚かれて振り向いた。
するとその場で数人のバスターが足を止め、「最速昇格のシークだ」と、あまりネーミングセンスが良いとは思えない呼び方でシークを指差す。
「たった1週間でホワイトに上がった奴がいるって、本当だったのか」
「バスターになって数日で、2人組でオーガを倒すってどういうこと?」
「なあ、秘訣って何だ?」
「えっと……」
この場にビアンカがいたなら上手い返しでもできたかもしれないが、シークはたじろいでしまい、今にも走って管理所から逃げ出しそうな体勢だ。
周囲の者がじりじりと近づいてくる足音が響く。
いよいよ逃げ出そうとシークが決心した時、管理所の女性職員が階段を下りてきて、シークの存在に気が付いた。
「あ、もしかしてシーク・イグニスタさん?」
「え、あ、えっと、違います!」
これ以上囲まれるのは御免だとばかりに、シークは別人を装う。しかし流石に本人の写真が飾られた真横でシラを切っても通用するはずはない。
職員はクスッと笑い、周囲のバスター達に「さあ、みなさん散って散って!」と大きな声でどこかへ行くように促した。
「見間違うはずはありません、私がこの写真を撮ったんですから」
女性職員は赤毛のショートに丸い目、やや垂れた眉の優しい表情でシークにそう告げた。シークの方も、そう言えば……と頷く。
「あなたが来るのをずっと待っていたんですよ。カウンターまでお越しいただけますか?」
「え、あ……はい」
シークは何かまた恥ずかしい表彰をされるのではないかと(表彰されることはむしろ誇りに思うべきなのだが)やや乗り気ではない。
職員の女性はシークの手をぐいぐいと引っ張ってカウンターまで歩いていく。そしてカウンターの下から四角い箱を取り出した。
シークの鞄よりも一回り程小さいその革の黒い箱に、一体何があるのか。職員の女性は何も言わずにその箱の紐をほどき、開けて見せた。
「……魔術書? これ、どこかで……」
そこに入っていたのは、綺麗に表面を拭き上げられた魔術書だった。
「そうです、あなたがオーガ退治の後で届けてくれた魔術書です」
「遺族の方には返されなかったんですね」
「とんでもない! きちんと返しに向かいましたよ。『この魔術書は、娘を見つけてくれた魔法使いさんに託したい』とご遺族が仰ったので、私達でお預かりしていたんです」
「……はぁ、って、え!?」
シークは一度なんとなくの返事をした後、言われた事の意味に気付いた。つまりは、魔術書を譲ってくれるという事だ。
「形見として持っているよりも、あの子の分まで旅をして欲しいという伝言を預かっています。どうでしょう、ご遺族の意向を汲んで頂くことはできませんか」
「つまり、いただけるって事ですよね?」
「そうですね。十分に旅をしたと思ったら、また持って来ていただければ」
「も、もちろんいつかお返しするのは全く問題ありませんけど! うわあ、念願の魔術書がこんな形で手に入るなんて」
オーガを倒した時に感じた、とてつもない魔力。それが今後ずっと使えるようになる。バルドルだけでは補助程度だった魔法剣も、もっと強化することができる。
「大切に使っていただけるなら、故人もご遺族もきっと喜んで下さいます。あの表彰の写真を見て、とても嬉しそうにされていましたよ」
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