Will 10
「バスターズ・ハイね。後で寝込むことになる前に治癒を……ヒール・オール!」
リディカが魔法を発動させ、シーク、ゼスタ、ビアンカの体が緑がかった白いオーラに包まれる。すると、今まで3人が感じていた痛みが瞬時に消え、清々しささえ感じる程に回復した。
「有難うございます! なんだか体が軽い!」
「疲労までは回復できないから気を付けてね」
シーク達は調子が元通りになったと喜び、リディカにお礼を言う。魔法使いもベテランになれば様々な術を習得し、効果の高い治癒や回復の呪文を操る事すら可能になる。
シークの場合、まだ魔術書を持っていない為に初期術と呼ばれる火、水、風、土の基本術、それにかすり傷が治る程度のヒールが使えるだけだ。
魔術書に術を転記すれば、更に威力は向上する。ただし、魔術書に転記する術は1つに絞らなければ効果が消えてしまうという。リディカはヒール・オールを転記している「治癒型マジシャン」だ。
「回復が効くという事は、大丈夫という事よ。あなた達、本当に凄いのね。イエティはあなた達からすれば物凄く格上だし」
「そういえば……イエティって、どれくらいの強さなんでしょうか、その、バスターランクで言うと」
「そうね、5人パーティーでオレンジの入門編、ってところかしら」
「オレンジ!?」
「てっきりブルーのモンスターくらいかと」
「よく倒せたわ、知ってたら無理だったかも」
シークは指折りで「グレー、ホワイト、ブルー、オレンジ……」と確認しつつ、「あれ? ブルーどこいった」と首をかしげている。
ビアンカは鎧の上から自分の両手で腕を掴み、ぶるぶると震え、ゼスタは困惑した表情でシークとビアンカを交互に見つめる。
「ブルー等級までなら、実際は数さえこなせば誰でも到達できるんだ。オレンジの場合、強敵に対してアドバンテージを持たず、地形的な不利、予備知識の無さをどれだけカバーできるかも問われる」
「倒すのに時間はかかったけど、きっと君たちは申請すれば通る実力があるよ」
「そうそう、ましてや聖剣バルドルはともかく、君達は武器も防具もグレー等級品で戦っているんだからな」
シーク達は3人共動揺している。対してバルドルは「僕の目利きは確かなのさ」とウインクし、胸を張った。目も胸もあればの話だが。
3人が動揺しているのは、何も実感のなさだけではなかった。先程言われた事で、装備が追いついていないと気付いたからだ。
グレー等級で買える最高ランクに近いと言えども、所詮はアイアン製の初心者用。ビアンカは槍も防具もごく普通のランクだ。
ゴウンは顎鬚を指でつまみながら、シーク達に昨日初めて3人を見かけた時の事を話しだした。
「本当はね、最初に見かけた時に君たちの事が心配だったんだ」
「どういう事でしょうか」
「この村に新人がいるという事は、1つはこの村出身の若者か、もう1つは道を間違えて辿り着いたか、どちらかだ。そして、君たちは宿に泊まろうとしていた。つまり後者だろうと」
「きちんと地図で確認して、ここを目指したとは思えなかったという事ですね。確かに無謀に思われても仕方ないかな」
「もしこの先の山に近づくのなら、絶対に生きては帰れない。もちろん、バスターの行動を妨害する事は出来ない。だから強敵に遭遇したら、いつでも助け出せるような状態で戦わせ、身の程を知って貰おうと」
シークはゴウン達の行動が自分達を思い留まらせる為のものだったと、ようやく理解した。
オレンジランクのモンスターが出ると言われても、シーク達はその強さを侮り、強行突破しようとするかもしれない。それならば戦って知った方がいい、という考えには確実性がある。
「自分達に置き換えた時、ここまで不利な状況ではまず戦わない。それ程高くない実力を補おうと、装備が整うまでひたすらクエストをこなし、ようやくランクアップというのが実態さ。君達はその逆。高過ぎる能力を発揮する為には装備が必要だ」
もしイエティと同等の強さのモンスターが複数体出たら、きっとシーク達では勝てない。冒険するには実力以外にも揃えるものがあったのだ。
シーク達は、まだこの先には進まない方がいいだろう。
「ところで、昨晩の話は覚えているかな。ちゃんと戦い方の指導はしてあげるつもりだ。君達の実力が分かって俺達も少し安心したよ。次はしっかり指導するからな! さあ、次のモンスターに行ってみようか」
「ええぇ!?」
* * * * * * * * *
「つ、疲れた……!」
ゼスタがベッドに装備を着たまま倒れ、そう呟く。外はもう陽が沈み始めた頃で、夕焼けが斜面にある村を照らしている。
昨日と同じ宿に帰ってきた3人とゴウン達は、今日は別々の部屋だ。今日は恥ずかしいなどと言う気も失せる程に疲れ、ビアンカも同じ部屋にいる。
最初にイエティを倒した後、30分程して今度はゴブリンロードという、ゴブリンよりも大きく、拾ったり奪ったりした防具や武器を扱うモンスターに出会った。
それも同時に3体。強さはブルーランクで対処できる程度でも、3体となるとシーク達にとっては激戦になる。
ゴブリン同士は知能があり意思疎通が出来るために、攻撃も連携技が繰り出されるのだ。
ゴウンやカイトスターの指導を受けつつ、そのような戦いを夕方まで何度も繰り返し、ようやく宿に戻ってきたのだから、ゼスタがベッドに倒れ込むのも無理はない。
「ゼスタ、装備着たままだとシーツ汚れるよ? イエティ臭いまま寝る気?」
「あー動きたくねえ、よいせっ」
ゼスタが体を起こし、装備を脱ぎだす。ビアンカが「きゃあ」とわざとらしく悲鳴をあげるも、全く気にしない。シークも軽鎧を脱ぎ、半袖シャツの姿になる。
装備を脱いだ2人に対し、どうするか迷っていたビアンカも装備を脱ぐと決めたようだ。シークとゼスタをキッと睨む。
「シーク、ゼスタ……こっち見ないでね」
「別に見ねえよ、パンツ1丁になる訳でもあるまいし」
「僕には言われなかったけれど、僕も人間の体に興味なし。どうぞご自由に」
ゼスタが一応と言って壁側を向く。それにつられ、シークも壁へと向いた。一応気を使ってか、バルドルをしっかりと自分の胸に抱いて、バルドルからも見えないようにしている。
ビアンカはそんな2人の背中を確認しながら鎧を脱ぎ、そして中に着ていた半袖シャツと短パンの姿になった。
「もういいわ、一応言っておく、有難う」
「じゃあ、どうしようかな。飯の時間まで時間あるし……先に汗流そうか」
「そうだな、俺達は先に風呂に行ってくる。部屋を出るなら鍵かけといてくれよな」
「分かったわ。ちょっと空気入れ替える、こういう所に戻ってくるとモンスター臭さを自分でも感じるのよね」
そう言ってビアンカは部屋の木枠の扉を外側へと押し開く。すると、窓から勢いよく風が吹き込む。
「きゃあっ!?」
「どうした!?」
シークが慌てて振り向くと、大き目の半袖シャツと、大き目の短パンの裾を手で押さえたビアンカが視界に入る。どうやら急に風が吹き込んできたせいで、服がめくれ上がったようだ。
「……見た?」
「何を?」
実際に見ていないが、ここはとぼけるしかない。余計なことを言えば問答無用でビンタが飛んで来るだろう。
そのままシークは「セーフ、かな?」とビアンカに苦笑いをし、ゼスタを連れて風呂へと向かった。
シーク達はその後で雑貨屋に走り、そして回復薬と魔力回復剤を買い、ゴウン達に渡した。宿代を奢って貰い、特訓まで組んでくれたお礼だ。
きっとシルバーランクのバスターにしてみれば、はした金で買えるアイテムだろう。
それでも若者が、なけなしの手持ちで何かしようと考えた末のお返しだ。ゴウン達の頬は食事の間ずっと緩みっぱなしだった。
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