Will 09


 シークはバルドルの柄をしっかりと握り締め、イエティへと斬りかかっていく。


「足場が悪いから跳躍は難しい。それに踏ん張りがきかない場所では低い体勢になりがちだから、いっそ低い位置を狙うんだ」


「分かった!」


 イエティの足は短いがとても太く、更には厚い毛のおかげで傷1つ付けるのにも一苦労だ。それでもシークは思い切り水平に一振りして斬り付ける。


「ファイアーソード!」


 赤く、そして刀身自体は白く炎を纏った一撃がイエティを襲う。


 足場が悪いと言われ、瓦礫の上でのすべりを瞬時に予測し、そして指示されたことに対しその場で実行して見せる機転の良さ。


 なにより体を反転して背後から一振りを放つ動きは、とても初心者だとは思えない。


 まだ腕力も然程ではなく、ビアンカやゼスタのように気力で技を放つ事もできない。バルドルの性能をもってしても、片足を無理な体勢から切り落とすことは出来ない。


 だが本来の剣の型など全く知らず、自分のイメージだけで繰り出された一撃にしては、十分なダメージを与えていた。


 斬り付けたイエティの左足のふくらはぎ部分は、赤く血がにじんでいる。


「ウグァァァアア!」


「やった、効いてる!」


「グアァァ! ウギィィィ!」


 イエティは憤怒し、巨体の割には素早く振り向き、シークへと視線を向ける。その隙にターゲットから外れたゼスタが、毛の流れに逆らうように双剣で切り上げていく。


「ハァァァ! 穿孔突き……いけえ! スパイラル!」


「微塵切り! やっぱり毛の流れに逆らって攻撃すればいける!」


「爬虫類型の弱点と一緒よシーク! 爬虫類型の鱗の流れに逆らう時のように攻撃するの!」


 ビアンカも、槍を下方から突き上げて肉をえぐるような技を繰り出す。その横ではゼスタが2本の剣で微塵切りを繰り出していた。


 もうビアンカもゼスタも、そしてシークも、各上のモンスターと戦っているという意識はない。ただ目の前のモンスターを仕留める事が出来るという手応えを信じ、集中して戦っているだけだ。


「……僅か2週間でホワイトになれるだけの実力はある、ということか」


「誰か一人が飛びぬけて強い、と言われたら聖剣を持つシークが確かに強いが、残りの2人も賢く洞察力がある。攻撃の型もいいし、威力もある」


「シークくんの魔力の流れがとてもいいわ。魔具で見ると殆ど体から魔力を零さずに剣に蓄えているもの。その速度も中堅に劣らない。あんな子が魔術書を買えずに剣を使って旅を始めただなんて、皮肉なものね」


「イエティの弱点にも気づいたな。ビアンカちゃんの槍、今かなり肉を抉ったようだ。ゼスタが次の攻撃場所を斬り割いて指示を出している」


 ベテランの4人から見て、シーク達の能力と連携は、ホワイト等級すら超えているように見えた。


 ここまでの動きが出来るようになるまで、自分達はどれほどかかったか。それを思い返すと目の前の3人+1本の戦闘は末恐ろしい。


「グオォォォ!」


「ハァッ!」


 イエティの拳を避け、シークが左後ろへと飛び退く。が、やや体勢を崩したためしりもちをつき、咄嗟にその場で後転をして距離を稼いだ。先程まで立っていた場所には強力な殴打が繰り出され、その場の瓦礫は更に粉々に砕かれてしまう。


「こんなの……ゼスタは防いでいたのか。俺が当てられたらひとたまりもない」


「シーク、全力でファイアーソードだ」


「えっ?」


「早く! 今!」


「えっ、ファイアーソード……!」


 次に狙う個所へと視線を移した瞬間、バルドルがシークへと指示を出した。シークは、言われるがままバルドルの刀身を炎で包み込む。


 その瞬間、シークの視界は一瞬で白くなり、強烈な寒気が襲って来た。


「な、なんだこれ!? ……うぐっ!?」


 シークは何が起こっているのか分からずに、その場に一瞬立ち尽くす格好となった。その間にシークは胸の辺りで強い衝撃を受け、驚きで痛みすら感じないうちに、体が吹き飛ばされて瓦礫の上に打ち付けられた。


「な、何が、起きたんだ……チックショウ、痛っ」


「コールドブレスだよ。イエティの体内で冷気が作られ、それが吹き付けられたんだ。炎で打ち消したのさ」


「そ、そんな攻撃、早く言ってよ……」


「氷漬けにされなかっただけマシと思っておくれ。立てるかい?」


「立た……なきゃね」


 バルドルの言葉でようやく事態が分かったシークは、すぐにファイアーソードを唱え直す。まだ空気中に白くコールドブレスの跡が残る場所を避け、再びイエティと対峙する。


 イエティはコールドブレスが有効だと気付いて雄叫びを上げている。おそらく、これから攻撃の度にコールドブレスを仕掛けてくるつもりなのだろう。


「シーク、魔力を最大に出来るかい」


「……結構全力のつもりなんだけど」


「イエティの背後にビアンカとゼスタが構えている。彼らに首を狙わせて、シークは出来る限りイエティを炎で焼くんだ。僕の斬撃で、斬るよりは燃やす事をイメージしておくれ」


「分かった、やってみる。ゼスタ、ビアンカ! 俺の次の攻撃で首を狙ってくれ! 仕留めるんだ!」


 シーク達の攻撃によってイエティの体中から血が滲み、最初が灰色だったのか、それとも最初が赤色だったのか悩む程の姿になっている。それでもイエティは諦めず再び空気を吸い込む。


 シークは今度こそ、その瞬間を確認できた。冷気に対抗するため、持っている魔力をありったけ込めたファイアーソードを準備する。


「僕に掛けた魔法のおかげで付近は凍らない。そのまま信じて肩や首の位置目がけて下から斬り上げるんだ」


「分かった! うおぉぉ!」


 予測した通り、イエティはコールドブレスを吐いてくる。シークはバルドルを体に前に構えて左前方に避けた後、まだ真っ白な視界の中で魔力を維持したまま思いきりイエティを斬る。


「そのままもう一度唱えて! 体の中から燃やすんだ!」


「ファイア……ソード! ゼスタ! ビアンカ!」


「行くわ! チャージ! ゼスタ、私の肩使いなさい!」


「なるほど、分かった! 跳ぶぞ……昇竜斬!」


 ビアンカがイエティのうなじと思われる場所を、突進から思いきり突き上げる。ゼスタはビアンカの鎧の肩を足場にして跳び上がると、両手の剣で後頭部を下から深く抉るように攻撃した。


「アァァァァ!」


 イエティの耳をつんざくようなキーンとする叫び声に怯まず、シークは顔を顰めながら首元へとバルドルの刃を当てる。


「終わりだ……! えっと、技名決めてない!」


 咄嗟に名づける事が出来ず、シークはその恥ずかしさから必要以上に力が入ってしまった。しかしそれが結果的に良かったのか、イエティの首は刎ね飛ばされる。


「おっと、これはとても良い『刃ごたえ』だね」


 頭を失ったイエティの体はその場に崩れ、瓦礫には赤いシミが広がった。


「や、やった……。やった!」


「ハァ、ハァ、倒した、倒したんだよな」


「信じられない、私、ちゃんと攻撃出来てた! ねえ、私、活躍出来たよね!」


「ビアンカの最後の支援、助かった。痛くなかったか? 脱臼とかしてねえよな」


「大丈夫! この足場なら絶対跳躍がきついと思ったの、咄嗟に思いついちゃった」


 ビアンカは目を輝かせ、本来はとても可愛らしいその顔を良い笑みで飾っている。そんなビアンカに、シークもゼスタも今日の功労賞はビアンカにしようと笑った。


「驚いた、君達だけでイエティを倒すなんてな」


「コールドブレスを使いだしたら俺達が助っ人に入るつもりだったんだが……」


「シークくん、殴打をまともに喰らっていたけれど、大丈夫かしら」


「あっ! こ、興奮で忘れていました……」

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