Will-03


 ビアンカにとって、過剰に女の子扱いをしない2人は一緒にいてとても楽だった。


 恋心や嫉妬を隠しもしない学校時代の知人と比べれば、あくまで仲間の1人としてぞんざいに扱ってくれる事は有難い。


 と言っても、では同じ部屋に寝泊まりし、着替えを見られることに抵抗が無いかと言われると話は別だ。年頃の女の子にとって、恥ずかしい気持ちや見られたくないという思いは捨てられるものではない。


「じゃあビアンカ1人で部屋取る? 他の宿泊所探してもいいけど」


 他に宿泊所があるかどうかを従業員の男に尋ねるが、もう1軒あるだけだという。そちらは入浴設備と食事の提供がなく、部屋とトイレの他には共同のシャワーがあるだけだ。


 観光地として一般客へは手厚いホテルが数件あるものの、バスター向きの村ではないらしい。


「入浴無しはちょっと……。ねえ、本当に何もしないよね?」


「俺達がそんなこと、すると思う?」


「だって、流石に私でも男2人に押さえつけられたら何も出来ないし! そんなことしないって、分かってるけど、それとこれは別なの!」


「いや、まあ俺達だって年頃男子だけどよ、流石に仲間を襲う程ケダモノじゃねえよ。ほら、さっさと……」


 ゼスタがヤレヤレと両手でジェスチャーをしながら「一緒に泊まるか、1人で泊まるか」を選ぶように迫っていると、背後からふと数名の足音が聞こえてきた。


 そしてカウンターの前で悩んでいるビアンカの背後に、やや背の高いバスターの女性が立つ。女性はビアンカの肩に手を置いて、ニッコリと笑った。


「こんにちは、可愛いお嬢さん」


 女性はサークレット型で銀色の高価そうな髪飾り、黒く膝下まである布地に、紫の刺繍で大きな薔薇が描かれたローブを着ている。


 やや切れ長の目に通った鼻筋の美人なその女性は、ビアンカの肩に手を置いたまま、シーク達3人に話しかけてきた。


「初めて会うのにいきなりと思うかもしれないけれど、私とあなたで一緒の部屋を取るのはどうかしら?」


「え?」


「やあ、俺達は4人組でね、女はリディカ1人だけなんだ」


 シークの背後からも声がして、振り向くとそこには戦士系の職の男が3人立っていた。皆、年齢は40歳前くらいだろうか。装備はかなり上等で、ベテランのバスターであることが一目見ただけですぐに分かる。


 シークに話しかけてきた剣盾士の男は、銀髪に良く似合う白い鎧を着ている。彫りの深い顔にもみあげからつながった短い顎鬚、体格も良い。まさにモンスターを引き付ける壁役と言える。


 その横にはシークとあまり背の高さが変わらない細身の男がいる。細い目に面長の顔、紺色のプレートを主体とした軽鎧を着ている。


 革のカバーからはロングソードの白い柄がのぞいてる。これもおそらくランクが高いのだろう。


 もう1人の男は銀色に輝く大きな弓を背負っていた。的がよく見えそうな大きな目、小柄な身長に少し派手な羽根飾りを頭に着けた男は、他のメンバーに比べるとやや若く見える。


「突然で申し訳ない。俺達もバスターなんだが、良かったらうちのリディカとそちらの美少女さんで、1つの部屋を取るのはどうだろうと思ってね」


「俺はゴウン、職はガード。ソードのカイトスター、アーチャーのレイダー、そしてマジシャンのリディカ、4人で旅をしている」


 ベテランのパーティーに自己紹介をされ、シーク達もまたその場に「気を付け」をしてお辞儀をする。シーク達が新人である事はもう分かっているのだろう。


「俺はシーク・イグニスタ、魔法使いです。隣はゼスタ、そっちがビアンカ。双剣と槍です。今年バスターになったばかりです」


「へえ、今年バスターに? グレー等級でこんな所にいるなんて、何か事情でもあるのかい? 宿泊費は?」


「あ、えっと……」


 ゴウンの言う事はもっともだ。まさかバスターになって2週間程度の者同士で、生まれ育った土地を離れて旅をしているなどとは思わないだろう。


 シークがどう言おうかと迷っていると、ゼスタが事情を説明しだす。


「俺達、ホワイトなんです。クエストもコツが掴めて結構こなせているので、宿泊費も心配はありません」


「ホワイト!? 今年バスターになったって、今月の事だろう? もしかして町長や大企業の子供達か」


 ゴウンの横で話を聞いていたカイトスターという男がそう言い、驚いてシーク達それぞれの顔を覗き込んだ。シークが小さくあーあと声を漏らすと、ビアンカがすぐに憤慨しつつ反論する。


「そういう風に言われるのって気分が悪いです! 確かにうちの両親は会社をやってますけど、特別な事は何もしてもらってません! そういう『特権でホワイトから始めた』みたいな言い方、失礼と思わないんですか?」


「い、いや、そういうつもりじゃないんだ、悪かった」


「そういうつもりじゃなかったら、どういうつもりですか! 教えて下さい」


「いや、その……」


 カイトスターは何も言えずに申し訳なさそうに俯いている。大人に対しても、ビアンカは物怖じせずにはっきりと言うことが出来るようだ。


 ゼスタとシークは、苦笑いをしながら「……誰がこんなビアンカを襲うっていうんだ」と呟く。とにかく部屋をどうするのかを決めなければならないが、このままでは埒が明かない。


「詳しく説明出来なくもないですけど、ギリングとその隣町と、あとノウ村から表彰を受けたんです。それで功績が認められてホワイトに昇格しました」


「ズルをしたような言い方をされると、せっかく推してくれた町や村の人に申し訳ないです」


「いやいや、本当に申し訳ない! 新人でこんなに早くホワイトに上がるなんて、前代未聞だから……何か裏があるのかと思ってしまったんだ」


 ゴウンがこのパーティーのリーダーなのか、頭を下げて謝る。ビアンカはまだ怒ってますよという顔をしていたが、年上のベテランバスターが仲間のために頭を下げて、その思いを突っぱねるほどではない。分かりましたと言ってその謝罪を受け入れた。


 そこで、ひと段落したと判断した魔法使いのリディカが口を開く。


「いいかしら? 失礼なことを言ったお詫びに、宿代は私たちが出す。こう見えて私達、結構活躍してるの。いいわよね、ゴウン。ビアンカさんもどうかしら。部屋数がギリギリで、相部屋にさせて貰えたらとても助かるんだけど」


 タダになる、その言葉を聞いて、パッと顔色が明るくなったのはビアンカだ。貧しい暮らしをしていたシークの方が反応が薄い。


「いいんですか? その、有難うございます!」


「あ、有難うございます、俺達も一緒の部屋に泊めさせて貰えるんですか?」


「2人で1部屋取りたければ、それでもいいよ。部屋代は気にしないでくれ、カイトスターの奢りだ」


 カイトスターへ視線を向けると、手を顔の前で合わせている。シークとゼスタはため息をついて、「お互い大変ですね」と言って笑った。


 ぎゅうぎゅう詰めになって泊まる事も覚悟していたが、部屋は随分広かった。ベッド同士の間隔は広く、5人それぞれが防具を置ける棚まである。


 床は石造りで裸足で歩くことは出来ないが、きちんと室内履きもある。壁は石壁を茶色く塗られていて、大き目の暖炉も用意されていた。


「君たち、バスターになったばかりで大きな町を離れるなんて、凄いね。俺の時なんて半年は実家から毎日管理所のクエストを見に行っていたよ」


 ゴウンの言葉に、レイダーとカイトスターも頷く。


「大体のバスターがそうだよな。どこも新人はそんなもんだぜ」


「俺は武器屋に並べてあったロングソードを、頼み込んで月賦で買ったよ。いやあ、新米の君達を見ているとあの頃を思い出すなあ」

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