Will‐02
バルドルの残念そうな声にシークは苦笑いする。
バルドルはシークの倒し方に対し、ある時は的確に、ある時はいい加減に講評をするようになった。だが、最近はボア程度の相手でアドバイスを必要がなくなった。
となれば、講評は当然いい加減になる。つまり暇なのだ。
「食べるつもりでファイアーソード撃った訳じゃないんだから、無茶言うなよ」
「無駄なく綺麗に、絶妙の加減で戦うのがいいのさ。華麗に仕留め、魅せて、そして味わう」
「火加減を調整して綺麗に焼くなんて、俺は料理人にでもなるのかな」
「モンスターだって獣と同じだよ、きっと美味しいさ。ちょっと何を食べて育ったか分からないだけで」
「それが一番怖いよ、誰かを襲って食べちゃってたりとか」
「でも人間はよく言うじゃないか、胃袋に入れば何でも一緒って」
バルドルは恐らくシークとの会話を楽しんでいる。戦い方の指導などではなく、このような些細な会話で一度でいいからシークを言い負かしてみたいのだろう。
ただ余計な事を言ってしまうため、シークに毎回突っ込まれてしまう。
「確かに……それなら斬ってしまえば肉の塊だし、斬り方にこだわりも要らないかな。包丁バルドルのお手並み拝見」
「くぅ~! 包丁呼ばわりは屈辱だよシーク!」
「あらあら、なんて切れ味のいい包丁なんでしょう、ってね」
「ぐぬー! そりゃあ切れ味には自信があるけれど、昨日みたいに干し肉をちょっと切るなんてのはもうお断りだ!」
シークのボア討伐をモンスター調理の話題に絡めたことで、バルドルは自らが包丁呼ばわりされる羽目になった。もし目がどこかにあるのなら、その目はシークの事をジッと睨んでいたことだろう。
「もう、2人とも飯の話はやめようぜ、腹減ってるってのに。やっぱり干し肉食っちまおう」
「2人? まあ、1人と1本って言うのも面倒くさいわね。私も食べておこうっと」
「聞いておくれよ、シークが僕のことを包丁代わりにしようとするんだ」
「モンスターを食べさせようと勧めてくるバルドルが、それを言っちゃうわけ?」
「そうだぜ、シークがネギやオクラを刻もうとしてる訳じゃないんだし、それに包丁に成りきれば意外とハマるかもしれないぞ」
残念ながら、バルドルの味方はいないようだ。
「僕は……僕は聖剣なのに、ドラゴンを斬った伝説の聖剣なのに」
「ネギからドラゴンまで、何でも斬れる聖剣か。冒険の幅が広がったね」
雨の中、跳ねる泥やまとわりつくような湿気は相変わらずでも、つまらない冗談を言いながら歩く3人。
いつの間にか憂鬱な気持ちも軽くなり、時折笑い声を上げながら進んでいった。
* * * * * * * * *
荒野から徐々に始まるなだらかな山裾を上り、数キルテ(キロメーテの略)手前からはその傾斜が少しきつくなった。その坂の上にあるのが「イサラ村」だ。
標高100メーテ程度のギリングと比べて1000メーテは高い地点にあり、朝夕には霧が出易くて少々寒い。
イサラ村を囲む石積みの塀は2メーテ程だろうか。軽々と飛び越える魔物がいそうなものだが、あまり高さがない事には理由がある。
山から、もしくは山へと吹く風が壁に当たる事で、壁が高すぎると村の中を無尽蔵な風が吹き荒れてしまうのだ。
同じような理由でこの村には門もない。風の吹き溜まりにならないよう、北から南へ向かう街道の分だけ塀を開けているという。
村には山にぶつかる湿気がよく雨を降らせるためか、アスタなどの村に比べると湿度が高く、木造の家が少ない。殆どの家の壁は白く塗り固められ、メインストリートの周辺は低層の集合住宅が立ち並ぶ。
村の中は急勾配の階段と坂ばかりだ。南の門から見上げると、北の門に近い奥の方はまるで家が何層にも重なって見える。
「疲れた~、宿屋、宿屋探そうよ! 出来るだけベッドがゆったりしてる所がいいわ!」
「そうだね、バスターや商人のキャラバンが必ず通るって聞いたから、宿泊できる場所は割と他の村よりしっかりしているかも」
「ようやく風呂に入れるな! もうパンツまでびしょ濡れで気持ち悪いんだよ」
「見たところこの辺は硬水のようだね。僕は水拭きの後、乾いたナイトカモシカ革クロスでしっかり拭き取って貰いたい」
「了解、じゃあそれらしい建物を見つけようか」
イサラ村は人口約1000人。村の東西、南北はそれぞれ500メーテ、700メーテ程度と、アスタ村に比べれば小さく、人口は2倍程だ。
この国と北方のエバン特別自治区を隔てる険しい「シュトレイ山脈」への起点でもあり、辺鄙な場所だが景観も良い。それなりに人の往来がある。
「メインストリート沿いの家はお洒落よね。窓枠が赤や青に塗られていて、晴れた日は可愛いかも。階段が多いから住むのは大変かな」
「景色がいいからか、観光客も多いらしいぜ。見ろ、展望台までの護衛の求人が掲げてある。バスター経験者歓迎……あ~、1日5000ゴールドか。挫折したバスターならこれくらいの仕事に落ち着くかもしれないな」
「まあ、十分暮らしていけるよね。俺の村の月収で換算すると倍近いかもしれない」
「えっと、これは提案なのだけれど、シークが護衛の仕事に魅力を感じだす前に、早く宿を見つけて貰えると嬉しい」
「引退するまでは1つの場所に定住する気はないよ、バルドル」
3人は階段交じりのメインストリートを北へと進む。村の中をぐるっと東側から回る道はなだらかだが、とても遠回りになる。息が切れようと上るしかない。
「あ、ホテル!」
「こっちにもある。こっちは……バスター向けだね、結構簡素な宿泊所らしい」
「ホテルって書いてあるところは観光客向けかな、金額も倍くらい違う……あ、バスターお断りだってさ」
「観光産業が発達している場所では、汚れや臭いのせいでバスターお断りの宿泊施設が多い。ディーゴもミノタウロスの血を浴びたまま泊まろうとして、追いだされたことがあったよ」
「それは流石にどこでも追いだされるぞ。ということで、右手にある宿泊所に決定だな。シーク、ビアンカ、いいよな」
「まあ、仕方ないわ。バスターの宿命だもん。お土産買っても持ち歩ける訳でもないし」
「俺も異議なし」
「訊かれていないけれど、僕も異議なし。次から『剣権』の尊重として、僕の意見も求めてくれると嬉しい」
ホテルの方が明らかに作りが綺麗だ。真っ白に塗られた壁と、大きめでカラフルな窓枠の3階建てのホテルの玄関からは、温かそうな木の床と暖色の光が見える。
他では珍しい波板の屋根は、真っ赤に塗られていて可愛らしい。小さな庭にテラスがあり、晴れの日はカフェにでもなるのだろうか。
それに対し、右手の角を曲がった先にある2階建ての宿泊所は、灰色に近い壁と黒く平らなトタンの屋根で出来ていた。土足だろうが汚れだろうが関係なさそうな、土間仕様のロビーの床は、弱々しい光で照らされている。
3人は揃えたように小さくため息をついて、そのやや光量が足りない建物内へと入っていった。
「すみません、3名宿泊で部屋は空いてますか?」
「はいいらっしゃい。3人? ああ、3部屋空いているけど、どうするかい。1部屋8000ゴールド、5人まで泊まれる」
「え、1人部屋はないの!?」
橙色のシャツを着た、小太りな初老の従業員は、手で「5」と指を開いて伝える。それに驚いた声の主はビアンカのものだ。
今の従業員の話からすると、ビアンカはシーク達と同じ部屋に泊まるか、もしくは1人で8000ゴールド払って1部屋使うことになる。
「ノウ村では2人部屋を使わせてもらったし、ダイサ村には1人部屋があったじゃない。どうしてここに来て男の子と一緒の部屋なのよ……」
「大丈夫、ビアンカをそんな目で見たりしないよ」
「僕も同じく」
「野宿もしたんだし、今更ここで急に女子ぶっても遅いだろ、気にすんな」
「……そう言われるのも傷つくんだけど」
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