【4】Will~それぞれが胸に秘めるもの~
Will-01
【4】Will~それぞれが胸に秘めるもの~
黒髪に涼しげな顔立ちの黒い軽鎧の少年が、草や土の臭いが漂う雨の中を歩いている。
背中には持ち主と共にびしょ濡れになった、黒い鞘のロングソード。
隣には黒に近い銀髪に大きな目をした、可愛い少女の姿がある。槍を杖のようにして持っているという事は疲れているのだろうか。
その背中を軽く押してあげながら、1番背の高い白金の短髪少年が最後尾を歩く。
厚い雨雲が空を覆う荒野は、昼間だというのにもう夕暮れかと思う程に暗い。風がないせいか、雨の匂いはむわっと不快感を最大限に引き出そうとしてくる。
おまけに、地面を踏むたびにぬかるみが粘着質な音を立て、耳までおかしくなりそうだ。
「もう、嫌! 私帰りたい!」
「帰りたいって、どこにだよ」
「おうち! お家に帰りたい!」
「もう少しで集落に辿り着くから頑張ろうぜ」
「もう頑張ったもの、私いっぱい頑張ったもん……!」
シーク、ビアンカ、ゼスタ、それにバルドル。3人と敢えて1本まで含めた、計「3人+1本」がギリングの町を出発してから北上を続けて、5日が経っていた。
たったの1週間程度でバスター管理所の信用を得てしまったシーク達は、オーガを倒し、襲われて絶体絶命だった一般人女性を救った。
更に気が利くことに、犠牲になった者達の身元が分かるものを持ち帰った。新人らしからぬ「志高く、お行儀の良いバスター」の見本だ。
おまけに、助け出した女性が北に位置する「ノウ」村の村長の娘だったというから大変だ。
バスター管理所からも、そしてギリングの町長からも直接礼を言われ、再び表彰。そのパーティーで活躍したゼスタを管理所がチェックしないはずがない。
結果ゼスタもまた、ホワイト等級に昇格したのだ。
喜ぶゼスタの隣で何とも言えない表情のビアンカとシークが、やや指がしっかり開いていないピースをしている写真。それが近々管理所のお知らせ掲示板に貼られてしまうだろう。
シーク達は逃げるようにして北東の村「イサラ」に向かっていた。
「帰りたい、そうか。じゃあ、ここでビアンカとはお別れかな。短い間だったけど有難う」
「そうだな、ビアンカには色々助けられたよ、君の事は忘れない。俺とシークで頑張るから」
「じゃあね、ビアンカ。喋る槍に会ったら僕が無責任を持って君の事を伝えておくよ」
「ちょっとちょっと! なんでそんなに冷たいのよ! もう、言っただけじゃない!」
立派なバスターになると心に誓ったはずのビアンカは、そんな事はすっかり忘れたように弱音を吐いていた。
もちろん、本気でここで旅を辞めるつもりではない。家に帰りたいという思いは確かにあったとして、そこで掛けて欲しい言葉は「じゃあね」ではない。
冗談だと笑うシークとゼスタに、ビアンカは頬を膨らませ、やや笑いを堪えたように不満を表す。
「シーク、水を生み出す魔法あったよね」
「ああ、アクアね。攻撃術としては全く威力なくて、ちょっと手を洗えるくらいだけど、何?」
「その反対みたいな魔法はないの? 雨を消す! みたいな」
「人を便利屋みたいに呼ばないでよ。もうバルドルの便利屋だけで手いっぱいだよ」
ビアンカの無茶な要求に、シークは少し面倒臭そうに返事をする。雨の中の移動は、まっすぐで優しいシークの心さえも湿らせるらしい。
穏やかで爽やかなゼスタも、濡れて倒れた白金の短髪と同じく、猫背になってしまっている。
そんな中、濡れようが渇こうが関係ないバルドルだけは、全くブレないらしい。
「失礼な話だ。君が『うわあ、本当だ、魔法と剣が合わさった!』ってはしゃいで、僕に『どこ狙ったらいい? どこ狙ったらいい?』って訊いてくるからじゃないか」
「いや、そりゃ、そうなんだけどさ。バルドルだって『あのモンスターを斬りたい、あっちの方が大きい』って関係ない選り好みして指示出してるだろ」
「そしてシークが急に狙いを変えてしまったおかげで、引き連れてるモンスターを俺が倒す羽目になる、と。いや、この数日で凄く経験積めてる実感はあるけどさ。バルドルが目ざとくモンスターを見つけるし」
「私も、まさかもう槍のメンテナンスに出すことになるなんて思わなかったわ。手前のダイサ村に鍛冶屋があって本当に良かった」
「所々、感謝の言葉の数々をどうもね」
バルドルのブレない会話に、一行は少し気分が浮上してくる。雨を通さない鞄のお陰で持ち物は濡れていないだろうから、村に着けば体を拭いて休むことができる。
ダイサ村を出てから一晩は岩の窪みで休み、昨日は荒野に1本茂った木に登って雨宿りしながら過ごした。疲れがたまったまま食べ物も残り少ない3人は、体を拭きたい、ゆっくり眠りたい、それだけを活力にしてひたすら長い道のりを歩いていた。
「村っていうか、小さな集落? イサラ村って、あとどれくらいかしら」
「雨で地図を開けないんだけど、あの一番尖った峰が今北西に見えているから、多分……2時間くらいかな」
「2時間か、今何時なんだろう。腹が減ってきたな、最後の保存食も食ってしまおうかな……」
「私もお腹ペコペコ! 保存食の干し肉、湿気てないかしら……」
「あー2人共、前見て。またボアだよ、ボアが突進してきた」
「え~? もう……じゃあ足払いするから」
ギリングを出てからこれで何十体目だろうかというボアに、もはや恐怖や意気込みなど何もない。
雨に濡れて体がテカテカと黒光りしているボアは、足場の悪いぬかるみの中を勇んで駆けてくる。バルドルと同じく、どうやらモンスターも雨などお構いなしらしい。
「俺が牙と目を狙う。ビアンカは足払いの後で後ろ足の付け根を思いきり突き刺してくれ、シーク、あと任せた!」
「はーい。バルドル、いくよ」
「残りの魔力に気を付けてね、戦法はゼスタの言う通りでいいから、胴を一刀両断しよう」
「分かった」
3人はたとえ弱いモンスターが1体で現れても、全員で戦うと決めていた。経験の差、戦闘回数の差が要らぬ亀裂を生むと分かっているからだ。
ビアンカは走り寄ってくるテカテカの黒光りを、渾身の力で槍をフルスイングしてその場に倒す。
「うぉりゃ! フルスイング! 『足払い!』じゃカッコつかないからフルスイングって技名、いいでしょ!」
「ごめん俺それどころじゃない! ……双竜斬!」
ゼスタがビアンカのフルスイングで転んだボアへと短剣を振りかざす。下顎から生えた、やや黄ばんだ長い牙を両手の短剣で思い切りへし折って、短剣の柄での目潰しも欠かさない。
「よし! いけー! ファイアーソード!」
シークはこの数日でなんとか形になってきた「魔法剣」を駆使する。腕の力、遠心力、そしてバルドルの斬れ味、それらにファイアを重ねてボアの体を一気に両断するのだ。
断面が燃え、息絶えると共に炎に包まれたボアを見ながら、シークは小さくガッツポーズを見せる。雨ですぐ炎が消えようと、成功は成功だ。
最初の頃は、魔力をバルドルに溜めることに集中しすぎて切れ味が悪かった。それに比べて今はバランスの良い攻撃になっている。
魔力を今までの手の平ではなく、手からバルドルに流すことで、発動させた魔法はバルドルから放たれることになる。そこで手の平に留めるようなイメージで刃に魔法を帯びた状態を作り出し、斬撃と共に解放するのだ。
今までで一番うまくいったと喜ぶシークに対し、バルドルはややそうでもなさそうな声色で今の戦いを評価する。
「……何か悪い所あった? 雨の中だから風の魔法の方が良かった?」
「全然違うよ。今だったら何だって食べそうなくらいにお腹を空かせた君達に、モンスターの食べ方を教えるチャンスだったのに……丸焦げだね」
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