Magic sword-12
シークはゼスタの前に回り込み、バルドルの刀身と柄を左右の手で支えながらオーガの拳を防ぐ。
バルドルの刀身に拳が当たった事で「ガチン」と音が鈍く響く。シークは衝撃を受け止めきれずに肘が曲がってそのまま押され、その場に背中から転んだ。
モンスターとしては弱い部類に入るとしても、オーガの力だけはとても強い。剣術を覚えたての魔法使いが、最前列で攻撃を軽く受け止められる程甘くはない。
ただ、後ろにいたゼスタまで押しつぶされるような格好になったものの、直接の殴打は防ぐ事ができた。怪我もなく、まずは上手く防げたと言っていいだろう。
「ぐっ、凄い力……」
「グオォォォ! ヴゥゥゥ……」
「シーク、もう一撃来るよ」
「後ろに下がれ!」
ゼスタとシークが飛び退き、そこにすぐさまオーガの2打目の拳がめり込んだ。地面が抉れる程の衝撃に少し動揺しながら、シークとゼスタは体勢を整える。
ゼスタは女性を解放させるため、シークはオーガの攻撃を誘導するため、それぞれが役割を思い浮かべながら対峙していた。
「ゼスタ! 俺が憤怒させるから、隙をついて女性を肩から奪い取って!」
「やってみる、放してくれるかな……」
「オーガは2つの事を同時に出来る程賢くない。シークへと攻撃が集中すれば肩の女の人の事なんて気にしなくなるさ。ゼスタは姿勢が低くなった隙に押さえつける腕から引き抜けばいい」
「分かった!」
バルドルの言葉が正しいのか、オーガの視線は攻撃を喰らわせたゼスタなど一瞥もしない。仕留めたと思ったのにそれを妨害したシークへと腹を立てている。
入り口まで数十メーテ、もう少し下がれば広い所での戦闘が可能になる。そう考えたシークは、「少しずつ下がって外に出よう」と提案して後ろへと下がり始めた。
「ヴゥゥゥ……、ウウウゥゥ」
「攻撃しながら、少しずつ下がるから……行くぞ!」
シークがオーガへと睨むことで敵意を見せて挑発する。バルドルの刃を向けるとモンスターの血が騒ぐのか、オーガはシークを見てニヤリと笑い、足音を立てながら早足で近づいてきた。
バルドルが言った通り、二兎を追うことはない。オーガは再び拳を振り上げ、シークへと今から殴ると宣言をしているようだ。
「もう1発喰らえる程俺は打たれ強くない、次は防いでもキツイか」
「シーク、一応お別れを言っておくべきかい?」
「……また後でね、バルドル。君も折れてさようならする前の最期の一言をどうぞ」
「『勇敢な魔法剣士シークと聖剣バルドル、ここに眠る』って墓標くらいは欲しかった。ほら拳を避けたら左肩を狙う、掴まれないようにね」
2発目の拳を寸前で避けると、シークはオーガの肩から首筋にかけてを狙って跳び上がる。そしてバルドルを持つ手に力を込め、思いきり振り下ろして斬り付けた。
バルドルの刃はしっかりと首の付け根に食い込み、オーガからは黒い血が噴き出していた。
「ブルクラッシュ! だよね!」
「御見事」
「イイィギギギ……! グウォォォォ! ウオォォォォ!」
「ゼスタ、今のうちに!」
「分かった!」
バルドルを綺麗に引き抜いてすぐに離れ、シークは少しずつ下がった。オーガが発狂したように叫び、右手で傷口を押さえながらシークを睨み唸る。
オーガは左手で女性を掴んでいる手が緩み、女性がややずり落ちそうになっていた。それを見てゼスタが救出に飛び出す。もはや肩に女性を担いでいる事など忘れているのだろう。
そちらに敵視が向かわないようにと、シークは洞窟の壁を鞘で叩き、音で注意を向けさせた。
挑発されていると理解したオーガはいっそう怒り、シーク目がけて走ってくる。
「こっちだこっち! ばーかばーか!」
「あー鞘はお気に入りなのに! それにオーガは言葉を理解しないよ、僕が思うに残念ながら君も……」
「馬鹿だ、と言いたいわけだね。よーし分かった、馬鹿だから君が嫌だと思ってる事も分からずに、こんなことしちゃおう」
シークはムッとした顔で、洞窟の壁をバルドルで平打ちしながら駆けだした。バルドルは本当どうか分からない「痛い、痛い」を繰り返す。
「ごめんごめん、僕が悪かった!」
「オーガは追って来てる?」
「そうだね、このまま外に出られそうだよ」
「分かった! ビアンカ、待たせたね! 俺が外に出たら背後から思う存分突いていい!」
「ようやく出番ね、分かった!」
シークは洞窟の外へと必死で走る。追ってくるオーガを振り切り、なんとか外に出ると、女性が救出されている事を確認してからファイアーボールを撃つ。
魔法使いとしての腕が良いと学校でもお墨付きだったシークは、日頃は全く見せ場の無い魔法をここぞとばかりに放った。
「ファイアーボール! ……えっ、ちょ、えっ!?」
「ゥグアアァァァ!」
シークがここぞとばかりに放ったファイアーボールはオーガへとしっかりと命中し、オーガは衝撃でのけ反る。
が、その様子はシークが意図した物とは全く違った。凄まじい炎に包まれたオーガはそのたった1発でのけ反り、その場に倒れ込んでいるのだ。
「え、威力が……どういう事? 火球というより、まるで砲弾みたいな」
「シーク、今の何!?」
「わ、分からない! ビアンカそれより早くとどめを! ゼスタ!」
「ああ、起き上がるぞ! 一気にいこう!」
3人は戸惑いながらも、体のあちこちを燻らせながら上半身を起こしたオーガへと猛攻撃を仕掛ける。特にビアンカは今まで待機だった分、暴れたいようだ。
棒高跳びの要領で高く跳び上がり、そして槍を掴んだまま空中で狙いを定め、オーガの頭上から一気に槍を突き刺した。
「ハァァァ! 脳天突き……アンカースピア!」
ゼスタはそれを防ごうとするオーガの右腕を切り落とそうとする。両手の短剣を体に引き付けてから、刃を向けて押し出すように構え、一気に水平に円を描くように振り切った。
「斬り……落としてやる! 円心斬! シーク!」
「ああ、分かった! 胴を切断……する!」
シークはブルクラッシュのように振り下ろさず、バルドルの刃を水平に保って一気に斬り払おうとする。頑丈なオーガの体は生半可な力では両断などできない。
渾身の力を込め、そして自分が思い描ける限りの全力でバルドルを振った。
「うおぉぉぉ!」
鈍い音と共に、オーガの体は真っ二つに断ち切られ、その場に転がった。鼻を突くような刺激臭がするその死骸に目を顰めながらも、シークは一言「終わった……」と呟いた。
「これで、終わり……だよね」
「俺達、オーガを倒せたのか」
「やった、私たちが倒したんだ!」
ビアンカが両手を上げて喜ぶ横には、オーガから救い出した女性が座り込んでいる。髪は乱れ、白い服は土で汚れてヨレヨレ。
泣き過ぎて目が真っ赤になった細身の女性は、顔をいっそうクシャクシャにして、その場にひれ伏すようにして礼を言った。
「有難う、本当に有難う……!」
「大丈夫です、ギリングの町までで良ければお送りしますよ」
「助かります、有難うございました! もう、駄目だと……」
今になって再び恐怖が蘇ってきた女性は、安堵と共にまた涙があふれてくる。ゼスタとビアンカは倒したオーガと共に写真を撮り、シークは女性に事情を訊くことにした。
「あの、どこから連れて来られたんですか? 宜しければ教えて下さいませんか」
呼吸を整えながら、女性はゆっくりと口を開く。
「この、先の……ターコイ山の、麓の村です。数年に1度、オーガが現れては村人を攫って行くんです」
「それは今倒したオーガですか?」
「恐らくは……」
「これで攫われる事がなくなればいいんですけど。村からギリングに相談すれば、石の外壁を造る職人を派遣してくれるかも」
「そう、ですね。国が直してくれた事もあるんですけど、今はもう国の補助も機能していませんし、村や町の自治に任せっきりで……外壁の事は帰ったら村長に言ってみます」
女性が少し落ち着いてきたと判断したシークは、まだ陽が落ちていないうちに戻ろうと、みんなに呼びかけてギリングへと戻る事にした。
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