Magic sword-11



「バルドル、今回は言葉の使い方が上手いね。……じゃなかった、そういう考え方もあるのならバルドルの意見を尊重するよ。この魔術書は何か喋っているかい?」


「いや、どうやら何も喋っていないね」


「魔術書語だったりして」


「いつかの『ロングソード語』というのは僕のユーモアあふれたジョークだよ、シーク」


「え、そうだったの」


 シークは深呼吸をすると魔術書を持ち上げ、そして新米バスターの亡骸に向かって頭を下げて黙祷をする。必ず仇を討つという事、魔術書を引き継ぐ事、そして、安らかに眠ってほしいという事、それらを心の中で伝えた。


 学校の教材としての魔術書なら使った事はあるが、シークは武器として本格的な魔術書に触れるのは初めてだ。ギリングの魔具店にも結局入らずじまいで、上等なものかどうかまでは判断が出来ない。


 ただ、触れた部分から自分の魔力が増幅されていくような、そのような感覚は確かにあった。




 * * * * * * * * *




 それから歩いて数分、松明の明かりで周囲を見る事にも慣れた3人は、現れないオーガにだんだんと不安になっていた。


 急にオーガがひしめくような場所に出たらどうしようか、別れ道があったらどうするかなど、過度な緊張はネガティブな思考を生み出していく。


「どこからか、風が吹き込んでるみたい。火が左方向に流れてるわ」


「待った! あれ、行き止まり」


「本当だ、そして……」


「うわ~、これまた、多いな」


 やや開けた最深部に辿り着くと、目の前には先程見つけた3人以外の、更に多くの人骨が積み上げられていた。集めたなら数十人分はあるだろうか。バスターらしきもの、一般人らしきもの、色々な持ち物が乱雑に散らばっている。


 どうやらオーガ、もしくはそれ以外のモンスターが棲みつき、ここで定期的に食事をしているのは間違いないらしい。


「写真、撮っておくか。調査の記録として必要だし、全部は探せないけど、持ち物から特定できる人もいるかもしれない」


「うう~、嫌だけど見てぬフリは出来ないわ。私はバスター証がないか探してみる」


「俺も手伝うよ」


「とすると、僕は見張り役を任されようかな」


 3人と1本はまず骨の山に向かって頭を下げて黙祷をする。次に、供養のために持ち物を調べさせていただきます、と告げて少しずつ骨を動かし始めた。


「あるわ、グレー証、グレー証……これは商人の身分証ね。うわ、ホワイト証があった、わ、こっちも」


「松明の灯りじゃ暗いけど、撮れているはず。これでとりあえずオーガの住処の調査は完了、ってことでいいかな」


「そうだね、ん~、グレー証が全部で17、ホワイト証が4、あとは商人や町の住民かな。気の毒だけれどあまり長居はしない方がいいかも」


「これ以上は触れない、というかもう無理、涙が出てくるわ。覚悟はしていた筈なのに、やっぱりこういうのって悲しいよ」


「じゃあ……戻ろうか。念のために松明を更新しよう」


 シークはゼスタの双剣を借りて、まだしばらくは灯りとして活躍出来そうな松明から、燃えるラビの皮を取り外す。燃え移るものがない端の方に置いたあと、鞄からもう1体分のラビの皮を取り出し、松明に括りつけて先程の皮から火を移した。


 地面に置いたラビの皮が燃えているせいで、松明の灯りだけでなく、後ろからも照らされているという安心感が生まれる。何より、後ろには絶対にオーガがいないのだから、警戒するのは前だけで済むというのは精神的にも楽だ。


「オーガはいなかったけれど、これはバスター管理所に報告した方がいいね。北へ向かう人に注意を促すべきだと思う」


「そうだな。シークとビアンカが戦いに慣れてるといっても、あれだけの亡骸を見ると、今回オーガかそれ以上の強敵に遭遇しなかったのは幸運だったかもな」


「報酬は欲しい所だけど、危なすぎるわね」


「待った、何か聞こえる」


「えっ」


 気が緩み始めた3人にバルドルが何かの気配を告げると、3人は一斉に口を噤む。歩みを止める事はせずとも、出来るだけ足音を立てないようにと慎重になって耳を澄ます。しばらくして洞窟の外で声が聞こえた。


「これ、女の人……の声?」


「え、まさか他のバスターとクエストが被った?」


「まあ、あり得るけど、こんなに騒ぐかな」


 その声は普通の話し声でも朗らかな笑い声でもない。そして、その声の主が洞窟の中に入ってきた途端、洞窟内に響き渡るそれが、必死に助けを求める女性の声であることが分かった。


『いやああ! 助けて! いや、嫌よ……! あ、あああアアアァ!』


「もしかして、誰かがまさに今攫われてるんじゃない?」


「え、どうしよう」


「どうしようって、どうせここに居ても遭遇するんだ、早く入り口に向かって助けるしかない!」


「そうね、もうこれ以上ここで亡くなる人を増やしたくないわ!」


 3人は絶叫が聞こえる入口へと走り出す。


 モンスターが何体いるのか、捕えられているのが何人なのかは分からないが、とにかく立ち向かい、女性を助けるしかない。


「離して! いやあぁァァ!」


「見えた!」


 モンスターのシルエットが逆光で浮かび上がる。その大きさでシークは体格が良く力も強いオーガであると確信した。肩には捕えたであろう女性を担いでいる。


「ビアンカ、俺達が上手く回り込めたらそっと忍び寄って背中から突くんだ! それまで待機していてくれ! 松明は近い場所に置いてて!」


「分かったわ! 私の判断でいいかしら!」


「任せる! ゼスタ、女性を救出するのを優先して! そうじゃないと魔法を放てない」


「あ、あんなのを相手にすんのかよ、クッソ、やるしかないか! 2人で交互に攻撃して陽動するぞ!」


「バルドル、戦術お願い!」


 シークは数十メルテまで近づいてきたオーガへと全速力で駆け出し、そのすぐ後をゼスタが追う。オーガは足音でシーク達の存在に気付き、その場で立ち止まると、肩に担いだ女性を力強く押さえつけた。


「オーガは女の人を担いでいるから右手が使えない。回り込んだら右足には手が届かないからゼスタは腱を狙う。とにかく攻撃を避けるか防ぐことに集中」


「分かった!」


「振り下ろされた拳が地面を叩いたら左肩を狙う」


 バルドルの言葉を聞き、シークとゼスタはまずオーガの左、オーガにとっての右へと駆けだす。脇をすり抜けて入り口側に立つためだ。


 オーガは走ってくる2人を確認し、右手で殴打しようとポーズを取る。


「左を!」


「抜けられる! ゼスタ、すり抜けてすぐ足の腱を狙え!」


「や、やや、そんな事、言われても……!」


 シークは入り口側へと回り込むことに成功した。ゼスタは戸惑いながらもオーガの足を右手で掴み、そのまま遠心力でぐるりと回る体を利用して左手でオーガの左足の踵上を斬り付けた。


「グアアアアア!」


「キャッ、何!?」


「きゅ、救出に参上しました! もう大丈夫です!」


 急にオーガが体を捻ったせいで、肩に担がれた女性が悲鳴を上げる。


 ゼスタの斬り付けで思うように踏ん張れなくなったオーガが、足元にいるゼスタへ殴りかかろうとする。そのせいで、女性は押し付けられたまま手足や頭を振り回されてしまったのだ。


 女性は狭い洞窟内の壁に足がぶつかり、痛そうに呻く。


 ただ、バスターがいれば助けて貰える。女性は騒ぐのをやめ、地面に足が付くその時を祈りながら待つように目を瞑っていた。


 オーガが体を回転させて入り口側に向くと、まだ体を起こしきれていないゼスタにオーガの拳が降りかかる。


「危ない!」


「ヴオォォォ!」


「僕で防ぐ!」


「言われなくとも……!」

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