Magic sword-10
小競り合いを始めたシーク達を見ながら、ゼスタは思わず笑ってしまう。緊張感など全くないような2人と1本だが、確かにボアを簡単に倒した腕のいいバスターだ。
ゼスタは一緒に旅をすればきっと自分も成長できると信じつつ、そろそろ2人と1本を止めなければと間に割って入った。
このパーティーでリーダーを決めるなら、きっと皆が「我こそ!」と名乗りを上げるとして、適任なのはきっとゼスタだろう。
* * * * * * * * *
ビアンカの愚痴をエンドレスで聞きながら休憩を含めて約3時間歩き、一行はようやくクエストの地図に示されたオーガの住処らしき岩場の洞窟に辿り着いた。
洞窟と言うよりは岩の割れ目と呼ぶべきか、入り口は狭く、身長が2メーテ以上あるオーガにはいささか小さすぎる。内部を覗いても暗闇となっていて全く何も見えない。
暗闇が広がっている中を進むのは初めてだ。本来ならば唾でも飲み込んで緊張する所なのだろうが……。
「はぁー歩いた。休憩しようよ、休憩! 私疲れた!」
「えっ、オーガの住処の真ん前で休憩する?」
「そろそろ気を引き締めてクエストに集中するべきと思うんだけど……何でだろう、これから強敵に立ち向かうとは全く思えないこの感じ」
ゼスタの困惑は無理もない。
確かにここに到着する30分前に取った休憩の際、バルドルに助言を貰いながら『狭い洞窟での戦い方』『即席松明』『オーガ戦必勝法』などをしっかりと打ち合わせて気合を入れたのだ。
ただ、気合を入れるのが早過ぎた。人間の行動前の集中力、とりわけ普段から持ち合わせていない人間のものなど30分も持続しない。
おまけにシークはどこかのほほんとしている性格で、ビアンカは口数が多くてすぐに話しかけてくる。バルドルがそこに若干人間とは感覚がズレた相槌で加わり、収拾がつかなくなるのも無理はない。
ゼスタが止めなければすぐに和気藹々とした雰囲気になってしまうため、気合や集中力が続く方がおかしいだろう。
「僕は今すぐにでもオーガを斬って、その感触を味わいたい所なのだけれど」
「そうだったね、でも本当にあの作戦でいいのかい? 君としては面白くないんじゃないかな」
「まだ中が狭いとは決まっていないからね。僕を頼ってしっかり使ってくれるなら何でも嬉しいよ」
「この前、包丁の代わりに野菜を切ろうとしたら『僕はこんな事のためにある訳じゃないのに』ってずっと煩かったじゃないか」
「おいおいシーク、そういう所だよ。緊張感がなくなっちゃうのは、そういうとこ。さっさと行こうぜ」
作戦とはバルドルの使い方に関することなのだが、その話から脱線してまた和やかな雰囲気を纏いだしたシークとバルドルをゼスタが止める。
この先に必ずオーガがいるとは限らないとしても、槍は狭い場所だと突く事だけに限られてしまう。バルドルを大きく振り回すことも出来ない。
ソードの中でも短めの双剣を扱うことで、空間が狭くても活躍できるゼスタと、動かずとも魔法攻撃をする事が出来るシーク。この2人が気を引き締めて格上のオーガと戦わなければ、3人ともやられてしまう。
今日はアスタ村の時のように、足止めをしてくれる者も、痺れ矢を放ってくれる者もいないのだ。
「ビアンカ、行くよ」
「……分かったわ。とりあえず私は槍が振り回せなくて何も出来ない可能性がある訳だし、打ち合わせ通り松明を持って一番前を歩く」
「じゃあシーク、頼んだぜ」
シークは近くにあった乾いた大きめの木の枝を拾い上げ、鞄の中からすぐ手前で倒したラビの皮を取り出して巻く。
「ファイア……ボール」
その声はとても小さく、目の前には小さく弱々しい火球が生まれた。その火の玉はすぐに木の枝に巻かれたラビの皮に引火し、ラビの厚い皮下脂肪を燃料としてゆっくりと燃え始める。
準備が完了すると、皆はゆっくりと穴の中へと入っていった。
「予備のラビの皮はもう1体分しかないのと、急に火が消えたらその先は酸欠の恐れあり。写真を撮り忘れない、狭いので武器は振り回せない」
「ビアンカは火を絶やさない、ビアンカとシークは狭い所では防御しガード役を担う、俺が……仕留める」
「2人が戦っている間、私も突く事だけはできるから、無理しないでね」
3人はゆっくりと進んでいく。オーガらしき姿はなく、時折現れる横穴も狭くてオーガが通り抜けられそうにない。
「もしかして、『え~やだあ、オーガとか居そうじゃない?』みたいなノリで出されたクエストじゃないわよね?」
「流石にそれはないと思うけど……バルドル、気配とかそういうの分からない?」
「剣に出来る事なんて人間以上に限られているんだけれどね。ん~でも、何かがいるのは間違いないと思う」
「え? どういう事?」
「壁を見てごらん。何かで引っ掻いたような痕がある」
「あ、気配じゃないんだ」
3人が暗闇の中で照らし出された岩の壁を見ると、確かに武器のようなものでつけられたと思われる線があちこちにある。
オーガは木の枝や岩などを利用したり、仲間同士で簡単な意思疎通を図る程度の知能がある。持っていた木の棒や、もしくは岩、バスターから奪った武器等をひっかけた可能性はある。
「……ねえ、やっぱり何かいるわ。あれ見て」
「どれ……? うわ~……」
「出来れば見たくなかったな」
ビアンカが松明で照らした先にあったのは、バスターのものと思われる亡骸だった。
この洞窟に入ってオーガか、もしくは別のモンスターに襲われて負け、息絶えたのだろう。白骨化しているため最近のものではなく、数年は経っているはずだ。
よく見ると亡骸は3体。オーガが食べるのを諦めたのか、人型を留めている。装備を見る限りでは貧弱で、新米だったのかもしれない。
「どうか……安らかにお眠り下さい。この人達、やっぱりバスター証はグレーね。身元が分かるかもしれないから後で管理所に渡しておくわ。武器は奪われたのかな、残ってない」
「武器をその場から持ち去ったとなると、オーガの可能性が高いね」
「3人ってのがまた不吉だな、俺達も危なかったら迷わず引き返した方が……あれ、シークあそこにあるのは」
「あっ魔術書だ」
ゼスタが指で示した方向にシークが目を向けると、1体の亡骸の膝の上には、少し砂を被った魔術書があった。きっとこの亡骸の主は魔法使いだったのだろう。
魔法使いの命ともいえる大切な魔術書……もっともシークはそれを持っていないのだが……、それを最後まで手放さなかったということだろうか。
「不謹慎だと思うかもしれないけど、シーク、その魔術書を貰ったらどうかな」
「え?」
突然のゼスタの提案に、シークだけでなくビアンカまでもが驚く。
「いや、不謹慎って思う前に聞いてくれ。この魔法使いの人、多分……女の子かな。その子の敵討ちにもなるし、シークの魔力を最大限引き出せるなら、俺達はこの3人みたいになる可能性は低くなる」
「ゼスタの言う通りだ、僕も賛成。落ちている聖剣を拾って旅しているシークが、今更戸惑う必要があるかい?」
ゼスタの言葉にバルドルも頷く。おそらく、頷いている。
「バルドル、君は強引についてきたのと一緒だろ。俺は亡くなった人の持ち物を『ラッキー』って持って行くほど無神経じゃないよ。でも、確かに……新米でなんとかなる場所じゃないとしたら、生き残る可能性は少しでも上げておきたい」
「え~、罰当たりじゃないかなあ? そっとしておいた方が」
ビアンカがそう言うのも無理はない。故人の持ち物を拾い上げ、自分の物にしてしまおうという行為はあまり褒められたものではない。
そんなビアンカに対し、バルドルはバルドルらしい視点から正当性を訴えた。
「使われずに放置される武器の気持ちも汲むべきだ。主人を守れなかった武器に、その弔い合戦のチャンスを与える素晴らしい事だと思うのだけれど。『ヒトデナシ』としてはね」
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