Magic sword-08


 ゼスタは慰留されるなどとは思っていなかったようで、少々驚いている。


「ゼスタ、おじさん達ときちんと話した方がいいかもね。こういうのはスッキリさせておいた方がいいよ」


「何かあったの? 私も出来る事があれば協力するわよ」


「ありがとう、でもこれは俺が決めた事だ、戻る気はない。落ち着いたらきちんと決着をつけるよ」


 シーク達と一緒に旅をするという決意は固い。伯父のパーティーは、戻って来いと言われて戻りたい場所でもない。慰留は応じないとハッキリ告げ、そのままパーティー登録を完了させた。


「これは提案なのだけれど、少し実力をつけてから話をするべきだね。僕が思うに、ひよっこと思われてるうちは何を言っても聞く耳を持ってくれない」


「なるほどね。バルドル、君の意見は時々とても参考になるよ」


「人の言葉を一生懸命喋る健気な剣に、『時々』耳を傾けてくれてどうもね、シーク」


「ロングソード語が分からなくてごめんよ」


 登録が済めば、次はクエストだ。シークは張り切って3人分のクエストを窓口に提出する。


「さあ、今日は忙しくなるね。まずはボアとオークから片づけちゃう?」


「賛成! じゃあ、最初は北のオー……、ビアンカ」


「なに?」


 シークはビアンカが取ったクエストを確認しながら、その文面を読み上げる。


「このクエスト、オークじゃなくて、オーガだね」





 * * * * * * * * *






「そう言えば、自分からきちんと自己紹介するのがまだだったわ。ビアンカ・ユレイナスよ」


「ユレイナスって、ユレイナス商会のユレイナス!?」


「ええ、そうだけど」


「おいおい、ユレイナス商会って言えばギリングの町で一番の流通会社じゃないか! バスターになってるとは」


 ゼスタとビアンカは、改めて自己紹介をしていた。町に住んでいるゼスタはユレイナスの名を良く知ってるようだ。


 ユレイナス商会は町の内外からの品々の受け入れや、商店からの発注などを引き受ける商社だ。町への影響力も強く、令嬢ともなればこんな危ない仕事をしなくとも裕福な暮らしが出来るだろう。


 そんなゼスタとは対照的に、シークはユレイナス商会という名前を聞いてもピンと来ない。元々アスタ村にいれば、必要なものは町にただ買いに行くだけ。


 もちろん、親は作物や畜産物を町へと持って行く際、ユレイナス商会を通じて各商店に配送していたのだが、シークは直接のやり取りもなく全く分からない。


「ビアンカ、まさかお嬢様なの? へえ、凄いね」


「人は見かけによるけど、行動にはよらないね」


「ちょっとバルドル、どういう意味?」


「人間語で話したつもりだけれど、おかしかったかい?」


「100歩譲ってあたしが可愛いって言いたいのかしら?」


「正確に伝わらないって、時にはいい事だね」


 ビアンカはバルドルを睨んで、それでも令嬢らしからぬという言葉を良い方向に受け取ると決めたようだ。笑いながら腕を組んでいる辺り、冗談だと分かったのだろう。


「だいたい、凄いのは親であって、私じゃない。他の町に行くなら色々と手は回してくれると思うけど期待はしないで。私、そういうのは全部断ってるの」


「冒険が楽に出来るなら……って、そうか、シークが言ってた楽するためには頑張れってやつか」


「ゼスタ何それ。まあ、でも大体そんな所よ。金持ちの娘だから楽に冒険出来るなんて思われたくないの」


「ほらシーク、僕は時々じゃなくていつも参考になることを言うと思わないかい?」


「そうだね、いつも頼りになるよ」


 バルドルの誇らしそうな顔が多分どこかにあるはずだが、シークはそんなバルドルの顔の代わりにとりあえず柄の部分を見て微笑む。


「さあ、とりあえずボア退治から!」


 3人と1本はお喋りをやめ、管理所の前でバスターの乗車を狙って待機している馬車に乗り、町の北門を目指した。


「この地図だと……この先の牧草地だ。この時期は牛の餌になる牧草を刈る為に酪農家が来るし、その前に退治したいんだな」


 ボアは放っておくと次から次へと増えていく。そうすれば人的被害だけでなく、草原の草も根こそぎやられてしまう。草原を守るクエストは、この時期で一番安定した稼ぎが狙えるクエストと言っていい。


「ゼスタ、ボアとの戦い方は分かる?」


「生憎。教えて貰えると助かる」


「だそうですよ、バルドル先生」


「そうだね、まず正面に立つ。ある程度引き付けて、左右どちらでも斜め前に猛ダッシュしてボアの横に位置取る。ボアは急に方向転換出来ないけれど、緩やかに曲がる事は出来るからね。慣れないうちはさっきのやり方でまずかわす」


「かわしてから、攻撃ってことか」


 ゼスタはバルドルが説明する内容を頭の中で整理し、手を使いながら行動を再現していく。


「攻撃で狙うのは足。基本的にボアは足が使い物にならなくなったら怖くない。3本足では立てないんだ。牙、頭突き、後ろ足での蹴り、それさえなくなればもう後は仕留めるだけ」


「成程、足か。やってみる」


「俺もビアンカもボアは何度か退治しているんだ。……ほら、さっそく何頭かいるみたい。ゼスタのクエストが5体だから、それ以上倒した分が俺のクエストのカウントになる。とりあえず全員で10体目標!」


「わかった!」


「了解!」


 3人はそれぞれボアへと向かって駆けだしていく。人間を見ると闘志を剥き出しにするボアは、人間へと真っ直ぐに襲い掛かる習性がある。まずはボアの向きを固定する事から戦いは始まる。


「シーク、足だからね」


「分かってる! 避ける隙にファイア放つから!」


「わかった。目眩ましをしても、あまりモタモタすると足音で位置を特定されるから、お早めにね」


「はいよ……っと!」


 シークは突進しながら角で突き上げる姿勢を取り始めたボアを右斜め前に避けながら、魔力を溜めて一気に放つ。


「ファイア―ボール!」


「ピギィィィ!」


「うるっさい!」


 大型のイノシシのようなボアは、その場で止まるよりはぐるっと大きな弧を描きながら方向転換する事が多い。シークは確実に狙いたい所で剣を当てる事が出来るようにとボアを火の玉で包む。


 火に包まれたボアはその衝撃と熱で叫び声を上げる。その耳をつんざくような声に、シークは一瞬たじろいでしまう。


「後ろから切り払う!」


「前からだと足が後ろに曲がるだけで打撲にしかならない事がある、だね! 分かった! うおりゃ!」


 ザクッという軽い音ではなく、ブチッという鈍い音と共に、ボアの左前足が千切れ飛ぶ。その場に倒れたボアの首めがけて、シークは勢いよくバルドルを振り下ろした。


「ブュギ……」


 ボアの首を斬り落とすまでには至らなかったが、バルドルの刃がしっかりとボアを絶命させる。ゴブリンなどの亜人種とは違い、ボアなどの動物種は、連携や道具を使う事はなくただひたすら向かってくる。


 シークは次のボアへと狙いを定め、そして再び同じ戦法で攻めていった。


 同じ頃、ビアンカは槍で攻撃するためにボアをギリギリまで引き付けると、ほんの少しだけ左へと動き、そして槍をフルスイングして足払いしていた。


 前足を2本とも払われたボアがすぐに起き上がろうとするのを、ビアンカはすかさず右後ろ足の付け根を刺して止める。


「よし、動き止めた! 思いっきり……! 刺す!」


「ビギィィ! ブギ……プギィィィ!」



 足の付け根だけでなく脇腹も深く刺し、そして前足の腱を切る。そうして痛みで横たわったボアの喉を、ビアンカは矛先で思いきり突き刺した。


「ブギュッ! ……ブグッ……ブ……」


 ボアの叫びは声にならず、喉からは血が溢れだす。倒れたボアを確認しつつ、もうビアンカは次のボアに狙いをつけている。


 この一週間でオーク、ゴブリン、ラビ、ボアと、色々なモンスターを相手にした事で、ビアンカもまた随分と戦闘に慣れてきたようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る