Magic sword-09



「あー、早く武器更新したいなぁ。筋力もだけど、とにかくシークに追いつきたいわ。次!」


 ビアンカは先週まで「やあー」と気合も抜けてしまうような掛け声だった。1週間が経ち、もうすっかりと勇ましいランスの戦士になりつつある。


 それに対してゼスタの戦い方はやや頼りない。ゴブリンを1体倒したこと以外に経験がない彼にとって、これは実質初めてとなる自分の力での戦闘。無理もない。


 まずはバルドルに指示されたとおり、ゼスタはボアと正面で向き合う。そして、ボアが突進してくるのを確認すると、やや遅めではあったがギリギリの所で右前に走って避けて振り向いた。


「よし! ここで足を……」


 ゼスタは体を捻ってボアへ短剣を振りかざす。しかしどうやら避けるのが遅かったようだ。ボアと距離が空いてしまい、数歩駆け寄らなければ手が届かない事に気がつく。


 すぐにまずいと思って駆け寄るが、ボアもまたスピードを落として弧を描くように旋回し、ゼスタへと再び突進しようとしていた。


「フーッ! フーッ!」


「まずいまずい、まずい!」


 ゼスタは慌てて体制を立て直し、短剣を握り締めて憤怒したボアと対峙する。学校で動かない木人 (木製のかかしのこと)や、規則的な動きをする振り子、もしくはシャボン玉を相手に剣を振り回していたのとは全く異なる状況だ。


 今まで習っていたのは攻撃を与える事が中心で、攻撃を受けることを考えたものではなかった。ゼスタは自分の身に迫った危機に怯えていた。


「ゼスタ! 突進されたくらいじゃ死なない! その距離じゃ足は駄目だ、ボアは下からの突き上げがあるから、飛び上がって首を狙え!」


 全く経験がない事を瞬時に行うのは、ベテランであっても難しい。もはや双剣で受け止めるしかないと考えていた時、ゼスタの耳にシークの声が届く。


 その声にハッとし、次の瞬間には突進を始めたボアを飛び上がって回避する。そして「首を狙え」と言ったシークの言葉を頭の中で反芻し、やや右に傾きながらも右手の剣で首の付け根を思い切り刺した。


「でやぁぁぁ!」


 ザクッと音が聞こえ、ゼスタの剣はボアの首に深く突き刺さる。


「ブギィィィィ!」


 暴れて首を左右に振るボアの力に負けないよう、突き刺さった剣をしっかりと両手で握る。ゼスタはその剣を左手に持ち替えるとボアの背中に飛び乗った。


 そして振り落とされないようにしがみつきながら、右手をボアの首元に回し、思いっきり掻き切った。


「キイィィィ!」


 ボアの断末魔が辺りに響き渡り、そして力を失ったボアはその場に倒れて息絶えた。ゼスタは疲れよりも緊張によってバクバクと鳴る心臓を軽鎧の上から押さえつつ、小さい声で「やった……」と漏らした。


 シークのように村の警備をする訳でもない町の少年は、バスターになるまで殆どモンスターに遭遇する事はない。助言は受けても1人だけで倒したのはお手柄だ。


「お、俺、倒せた! シーク、倒せた!」


「流石ゼスタ! 初めての戦いで1人だけで倒せるって凄いよ! でもちょっと喜んでいられる状況じゃないんだ、次お願い!」


「えっ!?」


 ゼスタはシークの言葉にどういうことかと辺りを見回す。目の前にいるモンスターに集中し過ぎていたため見えなかったが、シークは既に2頭目を倒し終わった所、ビアンカは2頭目と戦っているところだった。


 そしてゼスタの近くには別のボアがいる。今まさに前足で土を掻きながら向かって来ようとしている。


「ファイアーボール! ゼスタ、今だ!」


 シークが自身の戦闘の合間にファイアーボールを放ち、ゼスタへ突進を始めたボアを怯ませる。ゼスタは、すぐに双剣を倒したボアから引き抜き、次の標的へと立ち向かっていった。




 * * * * * * * * *





  出来るだけ同時に向かって来られないように、3対3の形を崩さず戦ったシーク達は、1時間ほどで群れの11体を倒した。


 シークやビアンカの表情も晴れやかだが、ゼスタは実質初めて自分がきちんと関わる事ができたクエストとあって、達成感から良い笑顔だ。


 おそらく、バルドルもそう悪くない表情をしている、と思われた。


「やっぱり3人いるっていいね、逃げ回る時間がなくて済む」


「そうね、2人だと1対1の形に持っていくのに時間が掛かるもの。加入有難う!」


「い、いやあ……シーク、ビアンカ、2人とも凄いよ。これを2人でやっていたのか」


「まあね。だから言っただろ? 活躍できないなんて言う暇ないって」


 シークはビアンカの写真機で倒した個体を撮り終えると、次の目的地を確認した。


「この北の方角、10キロメーテくらい先にある丘の麓に、オーガが巣食っているようだ、調査を……か」


「えーそんなに歩くの?」


「えー? って、これビアンカが取ったクエストでもあるんだからね。俺は調査、必要あらば倒すっていうクエスト。ビアンカはまともに倒すクエスト選んでるんだから」


「だって、だって……オーク退治に見えたんだもの」


「急ぐのは凄く分かる。けど難易度が段違いだから、今回はむしろちょうどいいとして、紛らわしいのは今後注意だね」


 難易度がそう高くないクエストの中にも幾つかのランクがある。


 ギリングの町付近の場合、ラビ退治が一番簡単とすれば、その次はゴブリン、ボア、キラーウルフ、オーク、オーガの順に難易度は高くなっていく。


「オーガ以上に強いモンスターって、この辺りには殆どいないわね」


「そうだね。それ以上のクエストは、他所の町と並行して貼られているクエストが殆どかも」


 強敵があまりいないギリングは、駆け出し冒険者にはうってつけの町だ。弱いモンスターから始まり、少しずつでも確実に経験を積んでいけるため、段階を踏んだ成長が出来る。


 そのような背景もあってか、ギリングは少ない年でも100名弱、多い年には300人以上の新米バスターが誕生している。人口10万の町の規模で考えるとかなり多い方だ。


 今年は結局、バスターになる事を諦めた者を除いて150名程が旅立っていた。


「ドラゴンを倒した! とかいつか自慢してみたいよな」


「ドラゴンなんて、いつの時代のモンスターだよ。ゼスタは伯父さん達にそういう話は聞かなかった?」


「いや、ドラゴン討伐の経験はないらしい」


「僕がディーゴと旅していた時は、何度かドラゴンも倒しているよ、あれは爽快だった!」


「倒し過ぎたんだよ、少し残しておいてよ」


「君が生まれるのが遅すぎたのさ、シーク」


 300年前の魔王と呼ばれたドラゴン型モンスターが倒されて以降、人間の手で倒せないような強いモンスターは伝説上の存在になりつつある。


 町や村、生活を脅かすような危険を排除出来さえすればいい、むしろそれ以上の危険は、探しに行かなければ見当たらない。バスターはもはや職業の一種に成り下がり、目指す者も年々少なくなってきているのが現状だ。


 バルドルはそのような時代の流れまでは把握していない。「え? ドラゴンはもういないのかい?」などと言うが、目撃情報もなく、もはや脅威ではなかった。


 そんなものを、金にもならないのに何年もかけて必死に探すバスターは殆どいない。


「そんな遠い目標より、目の前のオーガだよ。さあ、歩こう」


「魔法でさあ、足を速くするとか、機械車みたいな乗り物をばばーんって作り出せちゃうとか、そういうのないの? 行ったら戻らなきゃいけないんだよ? 帰りも疲れた体で歩くんだよ?」


「君が手にとったクエストでもあるんだってば。それに魔術書も買えない魔法使いに、よくそんな事言ってくれるよね、ビアンカ」


「そうだよ。乗り物なんか出せたらたちまち大金持ちになって、きっと僕なんか旅に連れていって貰えなくなる。シークが貧乏だからこうして旅が出来ているんだ、我儘はいけないよ」


「バルドル、それビアンカの事を責めてる? それとも俺の事を蔑んでる?」


「受け取り方の問題だよ、シーク」

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