Magic sword-05 ※


 シークの問いに、ゼスタは目を閉じて息を吐いた。そして決意を口にする。


「俺を、一緒に連れて行ってくれ。シークにまで弱々しい姿を見せ続けたくない」


「決まりだね」


「お人好しがまた1人を救った訳だね。また等級があがってしまうかもよ? シーク」


「もう実力の伴わないお人好しポイントでの昇級は御免だよ、バルドル」


「そう? 何はともあれ、『みんなで活躍できる理想的なパーティー』へようこそ。その『みんな』に僕を含めても?」


「勿論だよ。明日には町に戻ってビアンカと合流。それからパーティーの手続きをしよう」


 シークが快く迎え入れたおかげで、ゼスタはようやく肩の力が抜けて笑顔になった。


 時計を見れば既に13時になっている。シーク達はみんなで少し遅い昼食を取ることにした。


 勿論その昼食を取る「みんな」の中に、バルドルは含まれていない。




 * * * * * * * * *




「へえ、そういう事か。賞状を貰ったって聞いたから、どんな強いモンスターを倒したのかと思った」


「どちらかというと中身よりも、心構えを評価したって言ってた」


「そういう事なのね。シーク、良い事は躊躇わずにどんどんやりなさい。それがどんなに些細な事でも不相応な評価を受けようとも、しないで文句を言う人達より立派なのだから」


「へえ、『お母さん』さんはとてもいい事を言うんだね。シーク、君が僕にも他人にも優しい理由が分かった気がする」


「あら、ありがとう」


「俺が優しいんじゃなくて、他の人が優しくないのかもしれないよ?」


「相対的評価であっても、君が他の人より優しいという事は否定出来ないね」


「お褒めの言葉を有難う、バルドル」


 昼食を終え、シークが表彰の理由を説明すると、ゼスタは身構える必要などなかっと分かったようだ。


「俺、シークが昇格したっていう言葉に捉われていたんだな。シークはやっぱりシークだ、同じ駆け出し。俺も1週間分を取り戻すチャンスはあるよな」


「おっと、僕が倒すモンスターを横取りはしないでおくれよ」


「早い者勝ち……と言いたいところだけど、その気持ちは分かる。まあ、交代で行こうぜ」


「仕方ないね、シークがそれでいいなら僕はそれで『柄』を打つよ」


「え、俺はゼスタがいっぱい戦いたいなら協力するけど」


「ああ、酷いよシーク! 剣権の侵害だ!」


 シークは母親に賞状を預けながらとぼけてみせる。そして少しだけ悩んだ後、稼いだお金のうち幾らかも渡した。


「まあ、こんなにどうしたの!」


「頑張って稼いできたんだよ。学費分返すくらいのつもりでいたから」


「そんな……あなた悪い事をして稼いだんじゃないわよね」


「町から表彰されるくらい頑張ったって、今説明したはずだけど」


 本当に話を聞いていたのかと疑いつつ、シークはお金の入った封筒を強引に握らせた。


「ほらね、シークは貧乏性なのにこんな所で優しさを発揮するんだ」


「そのうち……お金持ちになるってば」


「僕の見立てだと、1年経っても実用的な魔術書は買えそうにないね」


「シーク、魔術書っていったい幾らするのかしら」


「んー、学校の教材みたいな一番安いものでも6万ゴールドって聞いた。ゴールド等級の魔法使いは500万ゴールドの魔術書を持っていたらしい」


「500万!?」


 シークの母親は500万ゴールドと聞いて衝撃を受けていた。この村では6万ゴールドすら大金で、6万もあれば標準的な家庭の1か月の収入と大差がない。


 シークの両親が必死に貯めた旅立ちの資金も、8万ゴールドが限界だった。勿論、学費が月に2万ゴールドかかったことで、両親が蓄えも満足に出来なかったのはシークもよく分かっていた。


「6万ゴールドの魔術書程度なら、魔力が5%も上がればいい方だよ。君はもっといい魔術書を買った方がいい。せっかく僕がいるのだから、微々たる変化にお金を掛ける必要はないさ」


「魔術書と共生してくれる気になったんだね」


「魔法剣士となれば、魔法にも剣にもそれなりの見栄を張って貰いたいからね」


「シーク、魔法剣士って何だ?」


 ゼスタが初めて聞く言葉に首をかしげる。


 シークの母親も、バスターというもの自体に詳しくない。けれど言葉の雰囲気で何か閃いたようだ。その表情は絶対に当たっているという自信に満ち溢れている。


「分かったわ! 魔法で剣を出すのね? 素敵じゃない、魔法で何でも出せるなんて便利ね」


「わ、わぁ『お母さん』さん! そんな事を言っちゃ駄目だよ! 僕の存在意義がなくなってしまう!」


「魔法で剣を出す、その発想は無かったね、研究の価値はある」


「目の前に頼れる『愛剣』があるというのに、わざわざ魔法を使って剣を出す努力は必要かい?」


「それもそうだね、『相棒』のバルドル」


「僕を棒扱いとは、これはやっぱりシークの魔法使用を警戒すべきかもしれない」


「バルドル、『相棒』というのはとても信頼できる強い味方っていう意味だよ。まあ、調べてはいないけどね」


 バルドルは「なるほど」と言ってホッとし、胸を撫で下ろした。バルドルは時々胸を撫で下ろすことがあるので、おそらくどこかに剣の胸があるはずだ。


 それでもバルドルは一応の予防線を張り、決して手放される事がないようにと『お母さん』とゼスタに対してアピールを欠かさない。


 持ち主のシーク本人だけでなく、その周りにも根回しをしておく必要があると思ったのだろう。


「なあ、シークとバルドルって、いつもそんな調子なのか?」


「ん? まあ大体こんな小競り合いみたいな会話をしてるかな」


「シークと一緒にいると飽きないね。会話していると時々変な事を言いだして面白いんだ」


「バルドルにだけは言われたくないよ」


 シーク達が卒業後から1週間の話をしているうちに、あっという間に時間が経つ。16時になると、シークの弟のチッキーがバタバタと足音を立てながら走って学校から帰ってきた。


 勢いよく玄関の扉が開き、そしてシークがいると分かると目を輝かせて駆け寄る。


「兄ちゃん!」


「おかえり。そしてただいま」


「ただいま! そしておかえりなさい! 兄ちゃんいつ帰って来たの? 今日は泊まる?」


「そのつもりだよ、明日は6時に家を出なきゃいけないけど」


「えー!」


「久しぶり、チッキー。大きくなったな」


「ゼスタくんだ、久しぶり!」


 元気のいい弟が帰ってきた事で、穏やかな時間は終わりを告げる。


 シークはこの1週間の出来事を「時間単位」で聞いてくるチッキーに苦笑いしながらも、本日2回目の説明を出来るだけ細かく話してきかせた。


「ゼスタくんも、兄ちゃんと同じパーティーになったんだ! ねえ、ゼスタくんの武器は喋る?」


「いや、喋らないよ。喋る双剣があれば、バルドルに紹介して貰おうかな」


「喋る双剣かい? 今どこにあるのかは分からないね」


「え? 他にも喋る武器ってあるのか」


「知ってるよ! えっとね、勇者ディーゴと一緒に旅した仲間の人の武器も喋るんだって! 僕ね、喋る鍬を見つけて欲しいってお願いしてる!」


「鍬とは旅をしていないけれどね」


 チッキーはゼスタが知らない事を自慢げに話す。シークは苦笑いしているが、まだ喋る鍬が欲しいというお願いは消えていないようだ。


 喋る鍬が何処にあるかもそうだが、勇者ディーゴの仲間がその後どうしたのかという話はあまり聞かない。ましてやその仲間の武器がどうなったのか、誰も聞いたことがなかった。


 きっと、当時はチッキーのように「何日の何時に何処で何をした、その後何時には何をした」と細かく聞いてくる者がいなかったのだろう。


「300歳のバルドルが知らないんだったら、俺達が探して見つかるかは分かんねーな」


「300歳だと言ったつもりはないのだけれど。そんなに若く見えるかい? どうもね」

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