TRAVELER-13(019)
「ちょっと! 話し込んでないで早く水門が直ってるか確認しちゃってよ! 私おなか空いちゃった」
「という事なんで、とりあえず作業を進めて下さい。むしろバルドルなんかモンスターが出てくるのを楽しみにしているくらいですから」
「斬りたいね。僕の生き甲斐だもの」
「へえ、バルドルって生き物なのか」
「むうっ!」
修理工たちは慌てて残った仕事に取り掛かり、シークは川の向こう岸からの襲撃を、ビアンカは作業員たちの直ぐ横で周囲を見張り始めた。
人や動物の血の匂いはモンスターを引付け易い。
「シーク、私の視線の先が見える?」
「えっと……あ、暗いけど何かいるね」
「キラーウルフだと思うの。午前中のような作戦でいいかな。私が妨害するからシークが攻撃しちゃって」
「分かった」
キラーウルフと聞いて修理工の3人は肩をビクッとさせる。昼過ぎに襲われたばかりなのだから無理もない。シークは安心させる言葉を幾つか掛け、作業を続けるように言ってキラーウルフの襲撃に備えた。
一方、別の焦りを感じていたのはバルドルだ。
「シーク、魔法だけで倒しちゃ駄目だからね! 僕の事をよく思いやっておくれよ! 」
バルドルの訴えに、シークの肩が僅かに下がる。
「バルドル。俺はね、親にとっても高い授業料を払ってもらって魔法の勉強をしたんだ。つまり魔法使いなんだ。これから払った授業料の元を取らなきゃいけない」
「横暴だ! 僕という立派な聖剣を持っていながら……! 君の僕を思いやる気持ちはお金に負けてしまったのかい? ああ、人ってば欲望に弱いんだから!」
「魔法使いに剣を振れと強いる君の欲望もたいしたものだよ、バルドル」
シークは魔法を使うのではなく、バルドルを構え直してビアンカの攻撃を待っている。何だかんだ言っても、シークは魔法よりバルドルを優先しているのだ。
「今度は私が……ちょっとは出来るところを見せなくちゃ!」
修理工たちを諫め、仕方なく戦うという素振りを見せていたビアンカも、いざモンスターに対峙すると気迫に満ちていた。
他人に見られている状況において、剣術をまともに習っていない魔法使いに劣っているとは思われたくないのだ。
ビアンカは勢い良く宙へと飛び上がり、そして3体のキラーウルフへと真上から槍を突き刺す。
「うおー凄い、ビアンカあんな技使えるんだ」
「わぁ、シーク駄目だ! ビアンカに任せたら」
「え? 何、まずいことでも」
「僕の今日の楽しみがなくなってしまう!」
バルドルは、本日最後の戦闘が他……この場合、バルドルのいう「他」とはビアンカが持つ槍のことなのだが、バルドル自身ではない「物」によって終わってしまう事に焦りを訴える。
バルドルを構えていたシークは、腕の力をしっかりと弱めた。
「ねえ、バルドル。君は本気なのだと思うけれど、本気だった俺は時々君の言葉に力が抜けてしまうんだ」
* * * * * * * * *
「いやあ助かった! 本当に有難う、命の恩人だ」
3時間が経ち、シーク達は水門の開閉の検査まで付き合い、修理工たちを管理所の前まで送り届けた。
「本当に有難う。そして、本当に済まなかった」
「無事に終わって良かったです。次回は……町かお勤め先に予め護衛の手配をしてもらった方が良いと思います」
「そうだな、交渉するよう社長に頼んでおくよ。本当に色々有難う」
頭を深々と下げる3人に、シークとビアンカは苦笑いを浮かべている。そんなに恐縮されるほどの事をしたつもりはなかったからだ。
「それより、先に引き受けたバスター達の情報は何かありますか? 名前とか、連絡先とか」
シークは念のため、逃げた4人のバスターが救援要請などを出しているかを確認した。だがどうやらそういったものは何も出ていないらしい。
「嘘でしょ? 最低……応援を呼びに行ったわけでもなく、本当に逃げたのね。管理外の依頼だから、あのまま誰にも知られず黙っていられると思ったのかも、許せないわ」
「その、同じバスターとして、放り投げて逃げる奴らがいるのは許せません。報告しておきたいんです」
「名前、か。今年卒業した新人バスターって事と……そうだ、赤髪のソードの少年は『ミリット』と呼ばれていた」
「ミリット! ミリット・リター! 赤髪のソードでミリットならアイツしかいないわ!」
修理工が思い出した名前を聞き、反応を示したのはビアンカだった。どうやらビアンカはミリットという名前に心当たりがあるらしい。
「ビアンカ、知ってるの?」
「同じクラスだったボンクラソードよ! 私をいっつも目の敵にしてた奴! その仲間も大体想像がつくわ。留年で私やシークより4年も多くかかって、今年ようやく卒業。先生にもあれだけ忠告されていたのに」
「そんなに時間を掛けるならバスターになるのを諦めた方がいい気がするけど、今更後には退けないってことか」
「私、あいつに文句言ってくる。シーク、管理所にもこの件を伝えて。ついでにクエストの報酬も貰っといて! また明日! じゃあね!」
「え? ちょっと!」
ビアンカは怒り心頭な様子でどこかへと駆けていく。残されたシーク達はそれを呆然としたまま見送り、そして苦笑いしながら顔を見合わせた。
「あの子、猪突猛進型なんで……でも、結構強いみたいだし、あの性格だし、むしろ相手が心配なくらいだから大丈夫です。じゃあ、俺は失礼しますね」
「あ、おい! 護衛してくれた分の金を払っていない!」
修理工の男は慌ててポケットからお札を数枚取り出すと、シークの手に乗せて握らせた。
「最初に言っていた通りの金だ、受け取ってくれ。この金を浮かせて儲けにする事は出来ねえ」
「いやいや、貰い過ぎです! ほんの何時間かでモンスターを数体倒しただけなのに。こんなに頂けません!」
修理工たちは返そうとしても受け取らない。シークは悩んだ結果、「倒したモンスターのクエスト報酬の相場分だけ」と言って1万ゴールドを受け取り、残りを強引に返した。
「この『自称魔法使い』の少年は、近年稀に見るほどのお人好しだからね。他に探そうにもそうはいない。おじさん達は幸運だったよ」
「近年って、300年誰にも会ってないのに何が分かるのさ」
「おや? 『自称魔法使い』ってところは否定しないんだね、ソードとしての自覚が生まれて何よりだ」
「『自称聖剣』さん、どうも」
シークとバルドルのやりとりに笑いをこらえる事が出来ず、修理工たちはひとしきり笑う。改めて礼を言い、そしてこの件の報告は自分達でやると言って管理所の中へと消えて行った。
時刻はもう19時。そろそろ職員も帰ってしまうだろうと、シークも急いで報酬を受け取る為に2階の窓口へと駆け上がった。
「さっき貰った報酬と合わせると2人で山分けしても3万ゴールドくらいある……こんなにお金持ちになってどうしよう」
「それは大変だ、早く使ってしまわなくちゃ」
「どうして?」
「君は一瞬、魔術書を買うまであと幾ら貯めなきゃいけないかを考えた」
「正解」
「とすると、お金が貯まれば僕は用済みになってしまう。それは困るから薬草を買えるだけ買ってみてはどうかな」
悲しそうな声で捨てられることを心配するバルドルに、シークは悩む素振りを見せた。思わせぶりな言葉の1つでも言ってやろうかと考えたが、それは流石に可哀想だと思い直してバルドルの言葉を否定する。
「魔術書は欲しいよ、本音はね。持っていれば術の効果は格段に上がる。でもそれは君を手放す理由にはならないよ」
「本当かい? 剣なんて使わなくたって戦えるのが魔法使いじゃないか」
「そうだね、魔法使いは魔法に集中してこそ魔力を最大限に発揮できる。後方に構えて戦局を判断する事を得意とする」
「後方に構えていて、それでも君はロングソードを必要とするのかい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます