TRAVELER-12(018)
「ねえ、誰もいない気がするの、俺だけかな」
「私も。間違いなくあの荷車なのよね?」
「うん。明日に回すとして、あんな不用心に大切な仕事道具を置いたままにするかな。ちょっと見てくる」
「えっ、ちょっと私1人にしないでよ!」
「良かった、僕は置いて行かれないようだ」
2人と1本は恐る恐る荷車へと近づき、そして辺りをうかがう。が、やはり人の気配はなく、どうやら仕事を中断してどこかに行っているようだ。
シークが誰か居ませんか? とやや抑えた声で呼びかける中、ビアンカが何かを発見し、シークを呼び止めた。
「ねえ、シーク。何だか……凄く嫌な予感がするんだけど」
「え? モンスターでも出た?」
「違う。正確に言うと、もう出た後……みたい」
「え?」
ビアンカが右手の人差し指で地面を指すと、そこには血だまりがあった。
点々と血の跡を追うと、その跡は人がギリギリすれ違える程の細い通路を通り、取水堰の向こう岸にある鉄製の小屋へと続いていた。
「うわー、これ、もしかしなくてもモンスターに襲われてるよね? あの護衛達、まさか依頼主を置いて帰ったのか!?」
「守りきれなくて逃げ出した、ってことじゃないかしら」
「え~? だって、この辺で強いモンスターって、せいぜいオークだよ? 同時に4体も5体も出たならともかく、4人パーティーで倒せないなんてある?」
「中には出来の悪い奴もいるわよ。とにかく小屋まで行ったら分かる。シークちょっとノックしてきてよ」
「血の跡見つけたのビアンカじゃないか」
「ゴブリンが巣穴で私を食べるつもりなんて言って、脅かした罰!」
「……それは悪かったってば。誰かいますかー?」
シークが鉄製の扉を軽くノックする。数秒反応が無いため、シークは振り返って両手でジェスチャーをし、誰もいないと告げる。
するとその瞬間、鈍い金属音と共に扉が内側に開き、中から何者がの手が出てきた。
「うわぁお化け! じゃ、ない! 大丈夫ですか!」
「た、助かった……」
中から出てきたのは、シークの申し出を断った修理工の1人だった。
「もしかして、モンスターに襲われました? 護衛の4人はどうしたんですか?」
「仕事が順調に進んで昼休憩していたら、堰の反対側からオークが通路を走って来たんだ。護衛のバスターがすぐに対処してくれたんだけどよ……」
「そしたら狼みたいなモンスターも3体くらい来ちまったんだ。んで新米だからこんなに一度に相手出来ないとか何とか言って……」
「あなた達を置いて逃げた?」
「ああ、狼みたいなモンスターに噛まれて怪我しちまうし、なんとかこの小屋まで逃げて隠れていたんだ」
「うわ~、あいつら情けない……。朝見た限りではソードとガード、マジシャン2人って定番構成だよ? それでオークとキラーウルフが一緒に出たくらいで逃げるなんて」
「とにかく、私が見張ってるからみんな出てきていいわよ。それともそこで今日は泊まるのかしら」
やつれたような男の後ろには、壁に寄り掛かって休んでいる男と、それを心配そうに看病する男がいる。シークは傷によく効く薬草を鞄から取り出して、看病している男へと渡した。
「もうお仕事は終わりですか?」
「あとは装置にカバーを取り付けて、ちゃんと水門が上下に動くかを確認しなきゃいけない。けれど……」
扉のレバーを握ったままの男は、バツが悪そうな顔をして頭を掻く。作業を再開しようにも護衛がいない。そのため作業を再開するどころか、この場所から動く事も出来ないのだ。
それを察したビアンカは、不敵な笑みを作って腕組みをし、困った様子の男たちに言い放った。
「護衛、してあげてもいいわよ」
「ほ、本当か!」
男たちはその言葉を待っていた、というように安堵のため息をつく。が、ビアンカは無意味に不敵な笑みを作り、腕組みをした訳ではなかった。
そう、バスターにとって、いわば護衛は商売だ。決して慈善事業ではない。ビアンカはとてももったいぶった話し方で相手の出方を伺う。
「だけど、シークの好意を踏みにじって別のバスターに鞍替えして、それで今更助かったって顔されてもねえ?」
「いや……まあ、そりゃ、そうなんだが」
「管理所を通さずバスターに依頼をかける事は推奨されてないの。シークは困っているあなた達を見かねて声を掛けたらしいけど、あなた達はそれすら簡単に乗り換えた。仕事って、信頼よね。分かるはず」
「確かにせっかく声を掛けてくれたのに、後から来た方に仕事を渡した。こんな事になるとは思っていなかったといっても、不愉快な思いをさせた事は今日の朝からずっと気になっていた」
ビアンカは裏切られたはずのシークよりも厳しい。実家が商売をしているというから、親の影響もあるのだろう。
「ん~、とりあえずは早く帰れるように作業に戻って下さい、真っ暗になってしまう。それに、ビアンカに相談しないと確定できないと言って、俺も正式には返事していなかったわけだし」
お人好しのシークは自分にも非があったと言ってその場を収めようとする。ビアンカはまるで自分の言い分がおかしいか、もしくは相手を苛めているように思われているのではと、顔をしかめた。
そしてオブラートに包んで話をするのを諦め、思った事を素直に口にした。
「それもそうだけど、要するに護衛料はちゃんと貰いますよってこと! 私は仲間の事を無下にされて、そんな調子よくタダ働きするつもりはありません」
「チンピラだね」
「バルドル、まだ喋っていいとは言ってないよ」
「あ、ごめん。ついね」
バルドルがつい突っ込みを入れてしまったのを、シークが慌てて止める。
しかしその声を聞かれてしまったようで、男は驚いて周囲を見渡した。シークはため息をつくと、男たちへと作業に戻るように促し、バルドルの事を告げた。
喋る剣に対する一般人の反応は、シークの父親を見る限りでは好意的とは言い難い。だから恩人だと思われているうちに喋る剣はモンスターではない、と印象付けたかったのだ。
「えっと、驚かれると思いますけど……この剣は不思議な力が宿っていて、人の言葉を理解して話す事ができるんです」
「け、剣が喋るというのか!」
「そうです。先程ビアンカに『チンピラだね』と言ったのはこの剣なんです。バルドル、喋って良いよ。自己紹介をどうぞ」
シークに促され、バルドルはわざとらしく咳払いをした。
「どうも。自己紹介と言うほどのものでもない、何の変哲もない普通のロングソードだけれど、宜しくね」
「まさか、剣が喋るとは……も、モンス」
予想通りの反応だと思ったのはシークだけではなく、バルドルもそうだった。バルドルはやや憤慨したような声色で、モンスターと言いかけた男の言葉を遮った。
「モンスター呼ばわりとは! あまり不愉快な事を言われたらシーク達はこのまま帰って、君たちも人生の『帰路』についちゃうかもよ。いいのかい?」
「バルドル、何か間違ってる。正しくは人生の岐路に立つ、君たちは今選択を迫られている、っていう言葉だね。帰っちゃうって意味ではないよ」
「へえ、賢くなっちゃった。長生きはするものだね」
「使いどころは間違ってなかったから、惜しかったね」
「人の言葉は難しい。キロ、岐路、帰路、いっぱいあり過ぎる。選択、洗濯……」
「ロングソード語で話すかい?」
「君が理解してくれるならね、シーク」
「え? あるんだ」
剣と当然のように会話をしているシークを、修理工たちは目をまん丸にして見ている。喋る剣からは全く邪悪な気配などしないどころか、どこか無機質にも聞こえる声が、和やかな空気すら作り出しているように思えた。
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