TRAVELER-08(014)


「こちらこそ、お願いしたいよ。じゃあ明日……ここの前に8時でいいかな」


「良かった! じゃあパーティー登録しておこうね!」


 シークとビアンカは笑顔で握手をする。いや、シークの方は気恥ずかしそうだ。


 パーティー登録にあぶれた者同士、そして仲間の大切さを今日1日で痛感した者同士。出会ってすぐだが、互いの気持ちはよく分かる。良いコンビになれそうだ。


「私、本当はパーティー抜けが始まる頃に、抜けた人を誘って本格的に仕事が出来たらいいなって思ってたの」


「そうか。実際に戦ってみて分かる不一致もあるだろうね」


「うん。それに……」


「それに?」


「……ううん、何でもない。なんだか安心して一緒に戦えそうだなって思ったの」


 頼りにしてくれるビアンカの言葉は有難いが、シークには心配事があった。


 シークはまだ剣術自体に慣れていない。戦いとなればバルドルの指示通りに動くことになる。剣が喋りだせば驚くだろうし、聖剣目当てでシークがおまけになるのはいい気がしない。


 魔法使いだと名乗り損ねた事も気がかりだった。ビアンカは魔法使いを誘う気がなかったかもしれない。


「あっ。そういえば」


 ビアンカと別れた後、シークはバルドルがパーティーを組むことに前向きかどうかを確認していなかったと気づいた。


「なあ、ビアンカとパーティーを組むことにしたけど、どうかな? なんて訊くのは今更かな」


「そうだね。でも僕としては歓迎。旅に慣れていない君には仲間が必要だ」


「それもそうだけど、問題は君が喋るという事だよ。なにより、ビアンカは俺の事を魔法使いだと思ってない節がある」


「早めに解決しておくに限るね。君の職業を今すぐ剣術士に変えておけば裏切る心配はないし、早速明日、僕からおはようビアンカと声をかけようか」


「やめてくれ。でも君の意見を尊重して、明日のうちに片づけておくことにするよ」


 シークは明日の朝に少し時間を取って貰い、バルドルの紹介をすることに決めた。


 ところで、他にも問題はある。これから一度村に戻るか、このまま宿に泊まるかだ。


 6000ゴールドはシークにとって大金だ。このお金を実家に持って帰れば、どれだけ喜ばれるかは想像に容易い。


 しかし外はもう暗くなり始めていて、シークが実家に帰る頃には辺りも真っ暗だ。夕飯の連絡も入れていない。


 疲れた体で2時間歩いて帰り、明日の朝6時前に起き、8時前までに管理所までやってくるのはまだいい。学校に通っていた時はそうだったからだ。


 しかしそれからクエストを受注し、命がけの戦いを行えるだろうか。シークは万全で挑める自信がなかった。


「格安のホテルに泊まろうと思うんだけど、いいよね」


「僕は道端でもどこでも関係ないから、どうぞご自由に。あ、でも汚い所はなるべく避けたいかな」


「バルドルは貨幣価値って理解してる?」


「300年も経てば物価も変わっているから何とも言えないけれど、パンの値段と比べるという方法は、割と昔からあるね」


「じゃあ、100ゴールドのパンから比べて、素泊まり3000ゴールドってどう? 格安とは書いてあるんだけど」


 そう言って1軒の安いホテルを指さすシークに、バルドルはどこにあるか分からない首を振って、やれやれとため息をついた。


「シーク、ここはこの町で一番便利な1等地だよ。そりゃあ3000ゴールドって値段は安いけれど、安さだけを求めるなら少し外れがいいんじゃないかい」


「3000ゴールドだから安い、けれど最安値とは限らない。更には3000ゴールド未満の店よりマシって事にもならないのか」


「そういうこと。シークは僕よりこの町に詳しいと思うけれど、他に宿を知らないのかい?」


「泊まろうなんて思った事が無いから気にもしなかったよ、とりあえず探すしかないね」


 シークとバルドルは町の大通りを外れてホテルを探す。しばらく歩くと路地の角に1軒の古いホテルがあり、シークはそこを訪ねた。


 1泊が2000ゴールド、朝夕の食事つきで3000ゴールド。


 大通りで見かけた素泊まりの宿と同じ値段で食事が出るのなら、シークの懐に優しい。喜んだシークはすぐに1泊をお願いした。


「泊まれたら何でもいいやと思っていたけど、ベッドがあって、シャワーがあって、ちゃんと食事が出て来るなら言う事は無いよ」


「ちょっと古めかしいけれど、全財産6000ゴールドの若者には贅沢だね」


「明日からはもっと稼ぐってば」


 指定された夕食の時間になり、シークはバルドルを背中に掛けたまま食堂へと向かう。


 流石に初日から宿泊施設を使う新人バスターはいないのか、それともここまで安いホテルを選ぶことは無いのか、周りはシークよりも随分と年上の者ばかりだ。


 質より腹を満たすことを重視した麺類中心の食事が出てきても、シークにとってはご馳走。そんなシークがご機嫌で頬張る隣の席では、3人の大人が大きな声で話しながら酒を飲んでいた。


 3人は町の外にある給水場の修理に行くため、護衛を雇うかどうかを悩んでいるようだ。


「でもよ、すぐに俺達の発注を見てくれるとは限らねえよ」


「管理所は若い駆け出しのバスターで溢れてたぜ? 今なら受けてくれる奴がいるかもしれん」


「お前、クエストの報酬額を見て言ってるのか? ウサギみたいなモンスターの巣を潰して3000ゴールドはいいとして、オークだと1体で5000ゴールドくらいだ。 管理所の手数料を考えたら幾らの発注になることか」


「護衛なら最低でもその何体分かは保障してやらねえと、誰も来ねえって訳か。参ったな」


「今回の修理の仕事は町からの報酬も10万ゴールドしかない。部品は支給されるにしても、雇う予算がない」


「作業して1日、検査して1日……俺達の工賃と宿代引いたら、会社に持ち帰る金が無くなっちまう」


 大人たちの話に、シークはしっかりと聞き耳を立てていた。頭の中では「その仕事、お任せください」という一文が幾度も回っている。


 町から値切られた3人の修理工たちは相当に困っている様子だ。


「バルドル。横の席の人達、困ってるみたいだから助けてあげられないかな」


「君自身も、割と困っている部類に入ると思うのだけれど」


「まあ、お金ないし魔術書もないし、そうだけどさ。ビアンカがいいと言ってくれたら」


「君の判断に従うよ、シーク」


「有難う、バルドル」


 この大人たちの予算では、到底バスターなど雇えるはずはない。武器も魔法も護衛も無し。シークはそんな状態で町の外に向かう者を黙っていられる性格ではなかった。


「早めに出て1人は見張り、日が落ちるまで作業して、次の日は一か八かで検査して引き上げる……」


「あ、あの!」


「……なんだい兄ちゃん。何か落としたか」


「あ、いや。そうではなくて、ですね」


 怪訝そうな顔で振り向かれ、シークは一瞬怯む。しかし、何でもないですと引き下がれる空気でもなく、シークは自分を売り込みにかかった。


「えっと、もし護衛が必要であれば……もう1人の仲間が承諾すればですけど、俺達に請け負わせて貰えませんか。2人とも新人なので何でもこなしたいんです」


 シークの申し出に、修理工の3人は顔を見合わせる。問題は護衛の質よりも報酬金だったせいか、あまり喜びは見てとれない。


「兄ちゃん。聞いてたかもしれねーけどよ、今回は護衛代が払えるかどうかってところなんだ。申し出は有難いがタダ働きさせる訳にはいかねえ」


「朝から3人で修理して、検査が終われば引き上げて完了、ですよね」


「まあ、そうだ」


「ここに泊まってるって事は、別の町に戻らなきゃいけないんでしょうか」


「ああ、隣町だ。往来が多い時間ならバスターも歩いているし、普段はその時間を狙って行き来してる」


「時間制限があるのなら、尚更3人でお仕事した方がいいですよね。管理所を通さない依頼を受けてもいいのか、朝に確認の時間は頂きたいんですけど、どうでしょうか。仲間の説得は任せて下さい」

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